第37話 光封じの手錠。
アルブスカストロ国は、1年中春のような気温だ。だが、その日は猛暑だった。
日陰のないガリアンの監獄の前で、門番を勤めるクアロとシヤンは項垂れる。
黒い上着などとうに脱ぎ捨て、シャツの腕をまくり、暑さに耐えていた。
「あちーなおい」
「今年一番の暑さね。25度くらい?」
「20度越えたら異常だろーおいー」
しゃがみこんで呻くシヤンは、館に目をやる。
「今日もルアンの奴、ゼアスさんのところにいるのかよ。部屋もらってもゼアスさんの部屋に入り浸ってなにしてるんだよー」
「さぁね。ルアンの考えてることが、全部わかったら天才よ」
クアロはネクタイを緩めながら、言葉を返した。
「ルアンがガリアンに入ったら、もっと活躍できると思ったのによー。ルアンはこもりっきりだし、ボスの休みの日なんて一日中門番やらされたしよー。今だって焼き肉にされそうだしよー」
シヤンが汗を流しながらも、愚痴を漏らす。
ルアン達の誕生日が過ぎると、ラアンとレアンの誕生日が立て続けに来た。
レアンの誕生日は、ガリアンの館で盛大に行われた。とはいっても、ガリアンのメンバーが勝手にレアンの誕生日会と称し、酒を浴びるように飲んだだけ。
未成年のしたっぱは全員、門番をやらされた。当然、クアロとシヤンのことだ。
「ルアン、家でやったボスの誕生日会でうたた寝したらしいわよ」
「まじかよ、ルアンの奴は怖いもの知らずだなおい」
「メイドウに泣きつかれたのよね。ルアンってば、寝ながら刃物を握ってたんだって。夜は遅くまで作業しているみたいだから、ちゃんと寝かしてくれって。私が言ったら、控えめにしているみたいだけど……本当に倒れかねないわね」
数週間、ルアンは黙々となにかの作業をしている。睡眠時間を削りながら、時には食事も忘れるほど。
メイドウは見かねてクアロに泣きついたが、その効果があったかは疑わしい。
メイドウから逃げるようにクアロの部屋に泊まりに来たルアンに早く寝るように言っても、朝起きればルアンは刃物を握っていた。
「ルアンは一体何してるんだよ」
「だから、私達にわかるわけないでしょ」
ルアンに問うも、完成してから教えるの一点張り。かれこれ、数週間、ルアンは一人でことを進めている。
「ゼアスさんはわかっているのかな」
「多分……だから門番じゃなくて、部屋で作業をやらせてあげてるんじゃない?」
今月は毎日のようにルアンはゼアスチャンの部屋にいる。門番の仕事も除外して作業を許しているゼアスチャンならば、知っているかもしれない。
太陽の熱を受けながら、クアロもシヤンも、ゼアスチャンの部屋を見上げた。
◇◆◆◆◇
ゼアスチャン・コルテットは、ルアンが何をしているのか、正直知らない。
しかし、ルアンがそばにいるだけで、幸せだった。
毎日のようにルアンを近くから見ることができ、喜びを感じる日々を送っている。
決して、表情には出していない。喜びを噛み締める反応はせず、ただ冷静な面を貼り付けたまま、自分の仕事をする。
その合間に、ルアンを見つめた。
短い茶髪のルアンは、今日は半袖のシャツ姿。翡翠の眼差しは、いつも通りの強さがある。
集中している横顔に、見惚れてしまう。
――ああ、その眼差しを私に向けていただけないだろう。
――そして、私を罵ってほしい。
――この私を捩じ伏せながら。
初めてルアンに命令された時に感じた興奮を思い出し、ゾクリと痺れが走った。
「煩い、変態。何も考えるな」
「……はい。申し訳ありません」
唐突にルアンが口を開いて、吐き捨てる。ゼアスチャンの心の声は、ただ漏れも当然。
そんな冷たい言葉も、ゼアスチャンは興奮を感じたが、ルアンの邪魔をしないように堪えることにした。
数時間後、ルアンが背伸びをする。
「やっと出来たぁ……」
「完成したのですか? 漸く面会時に使用するという……手錠を」
ゼアスチャンが歩み寄れば、ルアンの手元には一つの手錠がある。一見、普通だ。ルアンのことだから、何かが違うはず。
「クアロ達が来てから見せる。それより前に渡した監獄内の改装案だけど、予算の見積もりは出しました?」
「はい、予算は十分です。しかし、ルアン様。決行するには、やはりレアン様の許可が必要です」
「ゼアスチャンさんは、私が父上を納得できない、とでも言いたいのですか?」
「いえ、滅相もございません」
ゼアスチャンは、身を引いて俯く。自信ありげなその様に、胸が高鳴った。
早くその自信の理由を見たい。待ち遠しいと思いながら、ゼアスチャンは待った。
シフトが終わると、クアロもシヤンも涼むために駆け込んだ。
「ルアン!! ずりーよ、お前だけ部屋の中で冷たいジュース飲みやがって!」
「たかが気温25度でだらしない。あたしの前世では、30度なんて普通だったわ」
「なんだそりゃ地獄だな!? ゼンセってどこだ!?」
文句を言うシヤンに、ルアンが冷たいジュースを手渡す。クアロにも渡した。
当然の優しさに、ゼアスチャンはまた胸を高鳴らせる。
「作業を捗っているの? ルー」
「うん、完了した」
「えっ、ほんと?」
あっさりとルアンから返事が来て、クアロは呆気にとられた。
「ゼアスさんで試す。来なさい」
軽やかにコーヒーテーブルの上に立つと、ルアンはニヤリと不敵な笑みを向けて、人差し指で招く。
――ついに!
高鳴る胸を押さえ、ゼアスチャンはルアンの元に跪く。
「何を試すのよ? 手錠なんかで」
「ギアでも壊せない手錠なのか、それ?」
クアロとシヤンは見学できるように、ソファーに並んで座った。
「ギアで壊せるよ、普通の手錠だもの」
ルアンは言いながら、ゼアスチャンの両手首に手錠をつけて鍵をかける。
手錠と言うより、手枷と呼ぶ方が相応しい10センチという長さ。重さは約1キロ。一番軽い手錠だ。
ルアンはその鍵を、ゼアスチャンの口に突っ込む。手を繋がれたゼアスチャンは、鍵を加えたまま固まる。
「それで、どうするの?」
ゼアスチャンを見てから、クアロは訊いた。
「ディフェシオを使う」
「ん? それって、光を出させないギアよね?」
「ギアと手錠で、どうすんだよ?」
クアロは身を乗り出し、シヤンは首を傾げる。
すると、ルアンがほくそえんだ。
指先で手錠を上げようとするため、ゼアスチャンはそれに従い手を上げる。
左右の手錠に、紋様が彫られていることに、クアロとシヤンは気付いた。
「あり? ギアの紋様かよそれ」
「ディフェシオの紋様じゃない」
「おいおい、紋様を掘っただけじゃ、ギアは発動しねーだろ」
「てか、よく掘ったわね」
「うん、死ぬかと思った。防のギアだから丁寧に書いたの。もう二度と頑張りたくない」
そう言ってルアンは、彫刻刀を投げ捨てた。絶対に二度目は作らないと決心している。
――ルアン様が、時間をかけて仕上げた手錠が、初めて私に使われているのか。
――なんたる幸せ。
表情を変えないまま、ゼアスチャンは幸せを噛み締めた。
「ギアは勿論、ペンで書いただけじゃ発動しない」
ルアンは言いながら、両手をゼアスチャンの手錠に当てる。
そして、光を放つ。彫られた溝に、光はマグマのようにどろりと流れ込む。
「ギアの発動に必要なのは、掠れないほどの光で、紋様を描く。ただそれだけでいい。紋様の形を光で作れれば、発動する」
手錠に彫られた紋様は、白く輝く。
「え、嘘、でしょ……本当に、物に紋様を刻むだけで、ギアを使えちゃうの?」
「ま、まじかよ? 宙に描くだけじゃないのかよ?」
信じられず、クアロとシヤンは身を乗り出した。更なる反応を期待して、ルアンは笑みを深めると、ゼアスチャンにそれを向ける。
「試しに、ギアを使ってみて。ゼアスさん」
「……はい。ルアン様」
ゼアスチャンはまた内心で幸せに悶えた。
――ギアを使用した道具を作り出すなんて、流石ルアン様。
――そして、初めて私に使用していただけるなんて。
――光栄です。
言われた通り、ギアを使おうと人差し指を立てる。
ルアンはそこで、付け加えた。
「あ、そうそう。成功率は90%くらいで、失敗したら、爆発して腕が吹っ飛ぶかもしれないから!」
「えっ」
衝撃的なことを言われ、ゼアスチャンは言葉を失う。
ルアンは笑顔だ。それもとびっきり楽しそうに輝いたものだ。まるで、爆発を期待しているようにも思えた。
――否、ルアン様のことだ。成功するから、私に試した。
――あくまで可能性の話。
――いや、しかし、万が一の時が起きた場合、両手を失ったら。
――ルアン様のお役に立てなくなる。
――いや、ルアン様の成功を信じなくては。
――だが、ルアン様が失敗をすると言ったら、失敗するのかもしれない。
――ルアン様のためなら、両手を犠牲にすることも躊躇してはいけない。
――だが、やはり!
――ルアン様のために、この両手はまだ必要なはず!
――しかし、今はルアン様の命令に従わなくては。
自分の危機に直面しても、ゼアスチャンは表情には出さなかった。それでも内心では激しい動揺をしながらも、葛藤をする。
そのゼアスチャンの葛藤も、ルアンには筒抜けで、極めて楽しんでいた。
「や、やめてあげなさい!」
クアロが割って入る。
「そんな危険なことをゼアスさんにやらせるんじゃない!」
「はぁい」
あっさりとルアンはやめた。そして、ゼアスチャンにくわえさせた鍵をとると、手錠を外す。
「じゃあ、ベアにやろう」
「早く見せてくれよ」
「早く早く」
クアロとシヤンが急かして、ルアンに続く。
ポツリ、とゼアスチャンは、部屋に置き去りにされた。
しかし、ルアンのギアの道具の効果を見逃してはいけないと、部屋を飛び出して監獄へ向かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます