第36話 香水と花束と鍵。
メイドウからのプレゼントは正装だ。毎年、ルアンとロアンに着させる。
今年は緑を基調にしたものだ。
ロアンは緑の襟なしベストとチェック柄のズボン。深緑色の背広を着て、頭にはシルクハットを被った。
ルアンはウィッグのツインテールと、小さなリボンつきハット。エメラルドグリーンに煌めくドレスを身に纏う。
「お二人とも、お人形のようで愛らしいですわ! 特にルアン様!」
「流石わたくしの子ね!」
「ふふ、お黙りなさい、お客様」
悶えていたメイドウは、ナルシストなリリアンナと火花を散らす。
二人が並んでいれば、愛くるしい双子だ。しかし、照れて俯くロアンと違い、ルアンは冷めた目で目の前に並ぶご馳走を見据えた。
――毎年食べきれないくせに。
機会がある度に、シェフ達には作りすぎるなと釘をさしていた。だが、その度に、ダーレオク家のシェフは「作らせろ!」と逆ギレをしていた。全力で腕を振るう機会を逃したくないらしい。
今年はまだこじんまりのため、ましだと言い聞かせ、ルアンは文句を言わないことにした。
誕生日を祝う歌。願いを込めて火を消すバースデイケーキ。使用人達が飾り付けた部屋。
幼稚で、くすぐったく、そして心地が悪い。早く過ぎないだろうかと思いながら、ルアンはロアンのために堪える。
「ほら、ルアン! オレとロアンで選んだプレゼント!」
ケーキをつついていれば、ずっとそわそわしていたシヤンがプレゼントを差し出した。
メイドウは、普段通りのシヤンに苦情を向けるようあさに横目で見る。
そんなメイドウを一瞥しながら、ルアンは受け取った。
ルアンの掌に収まるほどの小さな箱を開ければ、ピンク色の液体が入った小瓶。
「……これ、香水?」
念のため、ルアンが問うと、それを聞いたクアロ、ラアン、メイドウ、リリアンナがビクリと反応した。
そして一番離れた椅子に座るレアンも、ピクリと眉を動かす。
「おねえちゃん、はながすきでしょ? いつもはなをみつけたら、においかいでるから」
「それ、甘くていい香りだから、喜ぶと思ってな! どうだ? どうだ?」
大人の反応に微塵も気付かず、ロアンもシヤンも、無邪気な笑顔でルアンの感想を待つ。
ルアンは手に取り、蓋を外して匂いを確認した。甘さを強調した花の香り。例えるなら、サクランボに近い甘さだ。
「うん、いい匂い。気に入った」
にこ、と気に入ったことを笑みで伝えるが、ルアンは一つ聞きたいことがある。
「き、貴様! 俺の妹に香水をやるなんて! 意味がわかっててやってるなら、表に出ろ!!」
怒りに震えるラアンが代わりに、問い詰めた。
「ボ、ボスの前で、大胆不敵過ぎる!」
クアロは、レアンを窺う。奥のテーブルで頬杖をついたまま、レアンはその場を動かない。
「は? なんのことだよ?」
「?」
ラアンを見上げて、シヤンもロアンも、首を傾げる。
一同はずっこけてしまいそうになった。シヤン達は、異性に香水をあげることに込められた意味を知らない。
「他の異性の匂いをつけるな」という独占欲。大抵が、恋人に贈るものだ。
浮気をするなという忠告や、「お前は俺のもの」と示す時に多く使われる。
「あのね、シヤン」
「ま、まぁ……いいじゃない。別にっ……ぷっ、あははっ!」
クアロが今後のためにも教えようとしたが、ルアンが止めた。堪えきれず、ルアンはお腹を抱えて笑う。
誕生日会でルアンが声を上げて笑ったのは、初めてのことで、レアンまで目を丸めた。
「別に悪い意味がないから、今後も異性に香水をプレゼントしなさい。ロアンもね」
「こらっ、やめなさいっ!」
シヤンとロアンが、今後も同じ失敗をするよう仕向けるルアン。クアロは止めに入る。
「常識のねー野郎だ、全く。……ルアン、これは俺からだ。お前が知らないだろうギアを年の数だけ書いといたぞ」
たった六ページの本を、ラアンが差し出す。
ルアンが監獄や面会システムの件で忙しそうなため、ラアンは分かりやすく紙に記してまとめたのだ。いつでも、学べるように。
「ギアの本? ありがとう、お兄さん」
「くっ……こ、これぐらい、どうってことない」
ルアンににこりと笑みを向けられ、ラアンは腕を組んでそっぽを向く。動揺を隠しきれていない。
「わからないことがあれば、いつでも、聞けよ」
「はぁい」
ルアンの上機嫌な反応に気を良くして、ラアンは鼻を高くした。
ルアンは、次にレアンに目を向ける。リリアンナのことは視界に入れないようにしていたが、誰かが来てリリアンナは声を上げた。
「おかえりなさい、ラビ!」
扉を開けているのは、ゼアスチャン。その足元には、花束を抱えたラビがいた。
小さなラビにはあまりにも大きすぎる花束。しかし、ラビはリリアンナの手助けを拒んだ。
とたとた、と覚束ない足で、ルアンの元へ。
「おたんじょうび、おめでとう。ルアンちゃん」
笑顔でルアンに差し出された花束は、赤い花が26本と、その中に囲まれた白い花が6本。色鮮やかな薔薇だ。
――このためか。
前世の話を聞き、誕生日の回数が知りたがったのは、ルアンの年の数だけの薔薇をプレゼントするため。
「……ありがとう……」
「ふふ」
ルアンは戸惑うが、ラビは誕生日の主役より嬉しそうな笑みを溢す。
赤い薔薇の花言葉は、情熱、そして、あなたを愛しています。
白い薔薇の花言葉は、純潔、無邪気。
花言葉の意味も込めているように思えて、ルアンは悪寒で微かに震えた。
「ルアン様。僭越ながら、私もルアン様のプレゼントを用意致しました。受け取っていただけますか?」
次はゼアスチャンがルアンの前に、跪く。
「何?」
「ルアン様がまだお手にしていない小説を、六冊。そして先日ベアルスを倒してガリアンに入ったお祝いに、もう一冊。計七冊を用意致しました」
「ふぅん」
胸に手を当て頭を下げて、ゼアスチャンは丁寧に告げた。
「つまり、ベアルスを倒してガリアンに入った功績は、誕生日一回分のもの……と言いたいのですね? ゼアスチャンさん」
「えっ……」
見据えたルアンは、冷ややかに言う。ゼアスチャンが目を丸めて停止し、その場は沈黙した。
「……大変、失礼いたしました、ルアン様。ご無礼をお許しください。功績に見合う数の本を、至急手配致します。六十冊でよろしいでしょうか?」
「ふむ、それなら受け取ってあげてもいいです」
「光栄です」
ゼアスチャンは頭を下げると真顔で十倍の本を用意すると言い出し、ルアンも頷いた。
慌てふためくのは、クアロとラアン。
「や、やめてあげなさい! ルー!! 無茶ぶりをするんじゃない!」
「ゼアスチャンさんもルアンの我が儘に、そこまで付き合わなくてもいいんですよ!!」
「いえ、ルアン様のためならば……」
「いいですって!!」
止めてもゼアスチャンは、頭を上げない。
端から見れば、ゼアスチャンはボスの娘にも従順で真面目な男。
「チッ、マゾめ」
そこで一際低い声が放たれた。レアンのものだ。
レアンもルアンと同じく、ゼアスチャンの真顔の下にある興奮や喜びが見えている。
「受け取れ」
レアンは、黒い鍵を見せた。ルアンに取りに来いと言っている。
ルアンは花束をゼアスチャンに押し付けると、椅子から飛び降りて父の元まで駆けた。
「なんの鍵ですか?」
「自分で見付けろ」
首を傾げるルアンに、レアンはそう告げる。
鍵から連想するのは、宝箱。そして部屋。
部屋でルアンは思い出す。かくれんぼの際に、クアロがやたら掃除している部屋があったと言った。
「ガリアンの館に私の部屋を用意してくれたのですね」
「……」
「ご名答、その通りでございます。ルアン様。本も、既にそのお部屋に並べさせていただきました」
あっさりと答えが出すルアンに、ゼアスチャンが代わりに頷く。
レアンからのプレゼントは、ガリアンの館の部屋。
基本、休息のための部屋が多くある。だが幹部だけが各自に部屋を持つ。
部屋を与えられることは、特別なことだ。
「……ありがとうございます、父上」
「せいぜいその部屋にこもって、例の件を考え込むがいい」
「……はい、そうさせていただきます」
冷たい物言いをするレアンに対し、ルアンはニヤリと笑って見せる。
その笑みの意味は察しがついたが、レアンはもうなにも言わなかった。
翌日、リリアンナとラビは発った。だが、当然のように、ルアンは見送りには行かなかった。
ガリアンの館の一階の部屋は、レアンの部屋によく似た改装だ。赤黒い色の壁と、カーペット。
チョコレート色の書斎の机、本棚は天井まで高くあり、ルアンが読み終えた本がぎっしりと詰められていた。七冊だけ、除く。
机の向こう側の壁には暖炉。そして、ソファーやコーヒーテーブルが並んでいる。
そのソファーに、シヤンは飛び込んだ。
「いいよなぁ! こんなでっかい部屋もらえるなんてー。七光りめ」
「バカね。ルアンが監獄の改良をしようとしているんだから、これくらい当然でしょ」
窓を開けたクアロは、風を浴びながらシヤンに言った。
「ルアン様が考案したものが採用されれば、ルアン様は監獄を一任される。実質は、幹部扱いとなるだろう」
続けて、運んできたベアルスの財産を並べながら、ゼアスチャンも言う。
「ルアンすげーじゃん!」とシヤンは、ルアンに笑いかける。
しかしルアンは、ただ一枚の絵を見上げるだけだ。
ゴールドの縁の大きな絵。一度、画家に描かせたことのある家族絵だ。ただし、リリアンナだけはいない。
リリアンナだけを除いて、もう一枚描かせたものだろう。
「ルアン様。お花はどこで飾りますか?」
「は? いらねーよ」
「しかし、ロアン様からのプレゼントである花瓶は……」
「……棚に置いて」
ロアンからのプレゼントは、花瓶だ。ラビが吹き込んだらしい。
自分が花を贈るから、ロアンは花瓶を贈るべきだと。そうすれば、ルアンのそばに飾ってもらえる。
一番気に入らないのは、ラビの何気ない一言。それが、ルアンに閃きを与えた。
本当に何気ない一言だったのか。策略の一言だったのか。目敏いルアンにも、わからない。
――小賢しいガキめ。
――二度と会いたくない。
扉の横の棚の上に置かれた薔薇を一瞥したあと、ルアンはまた家族の絵を見つめた。
――家族と共通点か。
家族の絵の前で、父と兄と同じ仕事をすることになる。しみじみと思いながら、いつまでもルアンは絵を見つめた。
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