約束のあやかし堂
「最近の、なんつうたか、このす……す……」
「スマホ?」
「そう、その“すまほ”? こいつぁこんまいくせにえらい賢いねゃ。なんで指で触るだけでその面がチョロチョロ動きよるんじゃ?」
作業する私の後ろから、手元を覗き込んで感心したような鞍馬の声が降って来る。まぁ、確かにスマホをこうしてマジマジと見るのは鞍馬初めてだったけ。
いや……虎太郎とやこを除いて、ここにいる全員がそうだわ。現に、皆が顔を突き合わせて私の手元を見ているんだもの。
ちょっと……やり辛い……。
翌日。妖狐とてんこちゃん、やんこちゃんを見送ってから、机に向かって私が進めていたのは元々私が書き溜めていた企画書と、クラウドファンディングの作業。
それに興味を持って鞍馬と幸之助がそれを見ている状況だった。
幸之助は猫の姿で私の傍らに座ってじっとスマホを見ているんだけど……。
時々スマホの画面に動く広告が出てきたり何か気になることがあると、その小さなふわふわの手でタシッと邪魔をして来る。その度に「あ、すみません」って言うのに、やっぱり動くものに反応してしまうのは……猫としての性と言うべきか。
スマホに馴染んでいるやこは私の隣で姿勢よく正座でお茶を飲んでいるし、虎太郎は私の後ろの柱に寄りかかって本を読んでいた。
それはともかく、一年でどれだけお金が集まるか分からないし、どれだけの人がこの企画に関心を持ってくれるかも分からない。だから少しでも魅力ある物を用意したいじゃない? たぶん、この仁淀川町は通りかかりに見かけることはあっても、立ち寄ったことがある人はほとんどいないんじゃないかと思うのよね。だからセールスポイントになるものを探しているんだけど……。
「この場所の魅力って何かしら。自然、水、それからお茶と……あとは神社よね」
「確かにそれはここの魅力の一つかもしれません。でも、言ってしまえばそれはどこにでもある魅力でもありますわ」
私の言葉に、やこがそう言うと「確かに」と唸ってしまう。
自然や水なんかはどこでも言えることだわ。じゃあ、ここにしかない物って言ったら何があるのかしら……。
私が頭を抱えて悩んでいると、その様子を見ていた虎太郎が持っていた本を閉じて声をかけてきた。
「それさ、加奈子が作ればいいんじゃん?」
「私が?」
虎太郎を振り返ると、彼は持っていた本を横に置いて両手を後ろ頭に組んで首を傾げてこちらを見て来る。
「計画では、この家を改築して店を開くんだろ? 店主は加奈子なんだから、加奈子自身がこの町のウリになればいいんじゃないかな。この辺境地で店を開こうと思っても、これと言ってこの集落には“立ち寄ってみよう”と思う要素は今はないわけだし、言ってしまえばかなりの危ない勝負だよね。でもここに勝負したいんだし、そこに加奈子の人情だったり、義理だったりさ。人は人情に厚かったり温かみのある場所によく集まるっていうじゃん?」
うん。確かにそれはそう。
この山奥に時間や労力をかけてまでも行きたいって思えるものがないと、誰も来てくれない。でも、それを私が作るなんて、出来るかしら……。
「でも、それだけじゃすぐ飽きられちゃうんじゃないかしら……」
人情や義理はもちろんだけど、山奥にある人気のパン屋とか飲食店とかそう言うところが無いわけじゃない。だけどそれじゃ二番煎じだし他に何か一つでもここにしかないような要素を加えたいのよね……。
「じゃあ……僕らを使うとか」
「虎太郎たちを使うって……?」
「ほら、人間ってさ、ちょっと怖かったり、御利益があるって分かったらさ……」
その言葉に、私は「あっ」と声を上げた。
確かに怖いとか御利益とか、そう言うものに人って興味をそそられるわよね。しかも御利益に関してはそれが実現したなんて言おうものなら、それにあやかりたい人が続々と増えて来る可能性はあるはずだわ。今はネット社会だもの。誰かがそれをネットに書き込めば……。
「そうね! それ凄くいい案だと思うわ!」
私は私の中の店のビジョンが少しずつ固まってきた事に嬉しくなった。
やっぱり一人で考えるより、他の人の意見も聞きながらの方がまとまりやすい。
「ただ、御利益って言っても……。そもそ寄相神社は国指定重要無形民俗文化財として土佐の最古の神楽が奉納されているわけでしょ? それ以外に御利益って何かある? 私にとっては縁結びだったけれど……」
「なら縁結びってことにしちゃったらいいんじゃないの?」
「そんな適当な……。幸之助、何かある?」
虎太郎の適当な発言に頷けるわけもなく、私は幸之助に振ると幸之助は小首を傾げてみせた。その顔は、特にないと言いたげね……。
「私はこの仁淀川町の土地神としているので、御利益と言うのは特には……。でも、誰かが願った事が叶ったとしたら、それはその神社にとっての御利益として成り立つんじゃないでしょうか。さらにそれが多くの人たちにとって同じような事で叶ったとなれば、それはそこの神社にとっての御利益になると思います」
幸之助のその言葉には頷けるだけの説得力があった。
確かに、自分が願った事が叶えばそれはその人にとっての御利益になる気がする。
そもそも、神社って色々な事に対応している物だものね。特に「この事についてのご縁が強いですよ!」って言うのは後付けされたものとも考えられるし。
「じゃあ、幸之助は寄相神社の御神体なわけでしょ? この土地の土地神で村全体の平穏を願っていて、人々の無事を願っているわけだから……」
「縁結び……」
幸之助にちなんだ御利益を考えていると、彼の呟きに私は目を瞬く。
「御神体とは言え、この御利益に関しては何とも言い難いところですが、寄相神社はあなたと……黒川の血と再び引き合わせて下さった場所です。だからやはり縁結びが妥当かと……」
「……そっか」
幸之助がそう言うならそうなんだわ。
そう言われてふと、私は幸之助が前に持たせてくれたお守りを思い出した。いつもポケットに入れて持ち歩くようにしていたから、私はそれを取り出す。中に丸くて固い物が入っているんだよね。
「ねぇ、ところでこのお守りの中は何なの?」
「小石ですよ」
「小石?」
「初めてあなたが寄相神社に入った時、最初に踏みしめた小石です」
それを聞いて、幸之助はそれを見ていたんだなと思うと驚いた。
神社の中にある小石だから清らかなものではあるんだろうけど、小石だっていうのも驚きだった。でも、確かに私と幸之助の最初の記念でもあるわよね。
「ところで、この家の改築と言うのは、どのようにするつもりですか?」
幸之助がふいに、私の企画書の一部の上に手を置いてそう訊ねてくる。
「それなんだけど、改築と言うより増築にした方がいいかなと思ってるの。景観を損なわない造りの小さい部屋をもう一つ、この下座敷の傍の庭に造れないかなって。ここならなかえを通って炊事場が近いし、お惣菜とか作ってもすぐに持ってこれると思うのよね」
「確かにそうですね」
「店の名前は考えてあるんですか?」
ふと、やこがそう訊ねてきたことに、私は一度首をひねった。
色々考えてみてはいたんだけど……さっき虎太郎が言った「自分たちを利用すれば」の言葉に一個閃いたことがあったのよね。
「……約束の、あやかし堂」
「?」
「約束って言うのは、幸之助と真吉さんとの間に結ばれた約束の意味を込めてるの。その約束は、結果的に私によって果たされるでしょ? だから、ここに来れば願掛けもきっと叶うよって意味にもなるような気がするの。それからあやかし堂って言うのはさっき虎太郎が、自分たちを使えばって言っていたあの言葉で閃いたって言うか。ちょっと怖い感じだけど優しい感じもする名前かなって思って」
あやかしって謳うくらいだから、やこみたいに幸之助たちの姿も他の人に見えるようになればいいのにな……。もちろん、人を驚かす為じゃなくて喜んでもらうためにだけど。二人とも容姿端麗だし、人懐っこいからウケる気がするんだけどなぁ……。
「約束のあやかし堂か。悪くないねゃ」
それまで黙って話を聞いていた鞍馬がふいにそう呟く。
あ。そう言えば鞍馬もいたっけ。もし他の人に見えるように出来たら、鞍馬には呼子になってもらっても面白いかもなぁ……。
「ねぇ。皆は他の人間に見えるようにはなれないのかな」
私が思った事をそう呟くと、全員が一斉にこちらを振り返ってきた。その様子に私は思わずたじろいでしまう。
そ、そんなに驚くような事、言ったかしら……。
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