七
妖狸
「皆が見えるようになったら、たぶん話題性はあると思うのよ。もちろんあやかしとしてって訳じゃなくて一般的には普通の人間って装ってさ……」
その場にいた全員の視線に尻込みしそうになりながらそう言うと、鞍馬は顎に手をやって唸った。
「そりゃあ、見えるようになれるんやったらえいやろうけど……。そんなん無理やろ。出来るんやったらもうやりゆうろうし……」
「そう、だよね……。じゃあ、やこはどうして他の人間には見えるの?」
「私は狐ですし、化けることに関しては狸と競うほど器用だからと言う事と、何より現世に実体があるからですわ」
なるほど……そうか。確かにそう言われればそうよね……。狐と狸の化かし合いは有名だし、どっちも化けることに長けているから頷けるわ。それに実体があるかないかで見えるか見えないかが左右されるんだったら、もう実体がない幸之助は元より鞍馬たちが無理なのも頷ける。幸之助たちは化けるとかそう言うの出来ないものね……。
「え。でも実体があるって……やこはあやかしなんじゃ……」
「はい。あやかしですよ。でも私は転生を繰り返していて、前世の記憶や能力をそのまま引き継ぎ続けているんですよ」
にっこり笑いながらサラッと凄い事言ったよね。どっかの小説みたいなこと言ったよね。まぁ、いいんだけど。
でも、実体がないとダメなのかぁ……。そうなると虎太郎の言う「僕たちを使う」って言うのは名前だけってことになるわよね……。そうなると、やっぱり表向きは一人で全部切り盛りして、皆にはバックで協力してもらう感じの方がいいんだろうなぁ。
「……
私が考え込んでいると、ふと虎太郎が呟いた。
私を含めて皆が虎太郎を振り返ると、彼は胡坐をかいてこちらを見て来る。
「妖狸って?」
「狐と狸の化かし合いをやっていた頃の、妖狐のライバルだよ」
「らいばる……?」
聞き慣れない言葉に幸之助と鞍馬が首を傾げるものだから、私がすかさず「好敵手」と言い換えると二人とも納得したように頷いた。
「妖狐は人間側についたけど、妖狸はあやかし側についてるんだ。ひねくれ者だって話は聞いたことがあるけど、もしかしたら僕たちを普通の人間に見えるような何かを知ってるかもしれない」
「へぇ。じゃあその妖狸に会いに行かなくちゃ」
「加奈子殿。残念ですが妖狸殿は人間とは話をしないと思いますわ。昔酷い目に遭わされた挙句、住処を追いやられてしまってから人間を目の敵にするようになってしまった、と聞いています」
えぇ……? それじゃどっちにしたって意味ないじゃない。妖狐とは正反対ってことなんだもの。
それがほんとだったら妖狐がこれだけ人間に親身で、妖狸は人間嫌いって……二人はライバルを越えていがみ合いの間柄になっちゃってるんじゃないのかしら。
「じゃあ、やっぱりその線は諦めた方がいいかな……」
「鞍馬殿」
私がしょんぼりと肩を落とすと同時に、やこは鞍馬の方へ視線を投げかけた。突然声をかけられた鞍馬は一瞬ビックリしていたけれど、何かを察したみたいに大袈裟なため息を漏らす。
「何じゃ。わしが行けばえいがか?」
「鞍馬殿は何かとあやかしと顔が広いですし、翼も持っていますから妖狸殿の元へ行かれるのもあまり苦労はしないんじゃないかと思いまして……」
「……わしゃあ便利屋か」
そう頭を掻きながらふてぶてしく溜息を吐くけれど、ちらっと私の方を見て「仕方ないねゃ~。ほんま、真吉には逆らえん」と呟いてこの件を快諾してくれた。
鞍馬が私たちの為に動いてくれるなんて凄い感激じゃない? だっていつも鞍馬は何もしないんだもの。
「妖狸殿が何かを知っていると良いですね。私は……私だけじゃなくここにいる者たちは皆、真吉殿や加奈子殿の役に立ちたいと願っていますから」
「幸之助……」
この計画、半ば私の一方的な計画であって彼らは私に巻き込まれるような形になるのに嫌な顔一つしない。それどころか凄く協力を買って出てくれることが私は恵まれているんだなって、つくづく思った。
「皆、ありがとう」
「かまんかまん! これっぱぁなことは何ちゃあ問題ないぜよ」
「そうですよ。みんな加奈子殿の役に立ちたいだけなんですから」
「そうそう。僕たちは凄く義理堅いからさ。心配何ていらないよ」
「えぇ」
皆の言葉に、私は胸がいっぱいになる。
ここまで皆が私の事を助けてくれようとしているなら、私はこの計画を絶対に成功させなくちゃダメだわ。そして彼らだけじゃない。みんなが喜ぶものを提供できる柱にならなきゃ。
「ほいたらまぁ、わしは妖狸のところへでも行って来るわ」
「え? どこにいるのか知ってるの?」
「おお、知っちゅうよ。妖狐が讃岐におるなら妖狸は伊予におる。好敵手なだけあって付かず離れずな場所におって腹の探り合いをしゆう所は、昔と何ちゃあ変わらん」
それを聞く限りだと、それほど妖狐との関係が悪いわけではなさそうだった。それはそうとしても、鞍馬ってほんとにこの辺では顔が広いのかも。長く土佐に住みついていると言うけど、近江を出てからは何処をどんなふうに渡り歩いて来たかなんて聞いたことがないからなぁ……。東京のことも知らないわけじゃなさそうだし、日本全国津々浦々していたのかもしれない。
「じゃあ、鞍馬。宜しくお願いします」
「何じゃお嬢さん。急によそよそしい」
「別によそよそしくなんてないわ。お願いするのは私なんだからお願いしますって言って頭を下げるのは当然でしょ? そもそも私が偉そうに出来る立場じゃないもの」
私がそう言うと鞍馬も「おお……そら、そうやねゃ……」と言って、出掛けて行った。
何であんな拍子抜けしたような顔するかなぁ。
「人間があやかしに頭を下げる事なんてないから、驚いたんだと思いますよ」
私たちの様子を見ていた幸之助がそう言うとニッコリと笑っていた。
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