思い馳せる.壱
両親にも了承を受け、学業に励みながらも私は目標に向けての準備をコツコツと始めた。バイトもして出来る限り節約して、移動販売車の資金を何とか蓄えるようにしたし、移住するための引っ越し資金も貯めなきゃいけない。
今回の事を了承してくれた両親には出来るだけ頼りたくないから、自分に出来ることは自分でやろうと思ってる。もちろん、無理をしない範囲でね。無理をすると結局中途半端になってしまうし、あまり根を詰めたように頑張るとやこや虎太郎が心配するから、そうしないためにも3人で時々出掛けたりもする。
この日は気晴らしを兼ねて足を延ばし関東の古都、鎌倉に来ていた。
平安時代に源頼朝が活躍した土地。神社仏閣が多くて凄く癒されるのよね。海も近いし、気晴らしには凄く最適な場所だと思う。
私たちは鎌倉の駅を出てすぐの小町通に立ち寄る。有名な食べ歩き街道でいつも人でごった返してるんだけど、ここに寄らなきゃ始まらない。
小町通りを入って左側には、イカやタコ、トウモロコシなんかを練り込んだあつあつのかまぼこを串に刺して食べられるかまぼこ屋さんがある。ここで食べるイカのかまぼこが私のお気に入りだった。
「加奈子、それ美味しい?」
「うん。美味しいよ」
「……」
やこと虎太郎の分も買ってみたけど、虎太郎は自分の分はぺろっと平らげて私の手元にあるイカのかまぼこをチラチラと見て来る。その様子を見て思わず笑ってしまった。
「な、何??」
「ううん、何でもない」
……何これ。デジャヴ?
今の虎太郎の様子は鞍馬を思い出した。彼も似たような感じだったわ。
何か懐かしい。
「あげたいところだけど……イカは食べられないでしょ?」
「えぇ~……」
興味はあるのよね。でも一応あやかしとは言え犬ってなるとイカは食べさせちゃいけないんじゃないかしら。生じゃないからいいのかもしれないけど……。
心底残念だったのだろう。虎太郎は耳も尻尾も今まで見たことがないほどぺたんとして、肩を落として酷く落ち込み、やこはそんな虎太郎を見てくすくすと笑った。
「美味しいものには目がありませんのね」
「そりゃあそうよね。私も美味しいもの好きだもの」
「私もです」
とても上品に口元を隠しながら食べるやこを見て、私は「あっ」と声を上げた。
「ねぇやこ。おいなりさん好き?」
「え? はい」
「じゃああの店行こう! はんなり稲荷が有名で美味しいの!」
私はやこの手を取り、何度もテレビで取り上げられた、はんなり稲荷の小さな店舗に向かう。
はんなり稲荷の店舗はあるのだけど、食べ歩きの為にある小さい店があるんだ。いつも行列が出来るんだけど、この日は数人並んでるくらい。
私はいつも買う定番のしらす入り厚焼き玉子を三つと、しらす稲荷二つとごぼう稲荷を一つ買い二人に手渡した。
「はい。虎太郎、これなら食べても大丈夫だから」
「やった!」
食べてよし、と言う言葉に耳をピンと立てて卵焼きとしらす稲荷を受け取る姿は、本当に子供みたい。
「はい。やこも」
「ありがとうございます」
割りばしに刺した厚焼き玉子はほんのり甘くて、しらすが混ぜ込んで焼かれていて上品な味付け。
手に持ちやすい細長く包まれたはんなり稲荷は、美味しく味付けされたあげの部分が裏表逆にしてご飯を包んであって、湘南で獲れたしらすの混ぜ込んであるしらす稲荷と甘酸っぱく味付けされたごぼうの入ったごぼう稲荷がある。
カップに入ったちらし寿司もあるんだけど、私はもっぱらお稲荷さんと卵焼き。
食べ歩きの醍醐味はここでなら人目を気にせず出来るからいいわ。
「加奈子殿は、食べ歩きもお好きなんですね」
「そうね。私、鎌倉に来るとまずはいつもここで腹ごしらえするの。小町通を出たら食べ歩きできる場所はなくなるし、飲食店も少なくなっちゃうもの」
「私、鎌倉には何度も来ていますが、こうやって食べ歩きするのは初めてです」
やこはしらす稲荷を手に持ったまま恥ずかしそうに微笑む。
そうか。そう言えばやこ達はあやかしだし、色んな所に行ってはいるんだろうけどこう言う風に歩いたりすることは、確かになさそうよね。
そうと分かれば……。
「帰りにはお土産買って帰ろうね。鎌倉コロッケも美味しいし、麦田餅も美味しいのよ。あ、それからね、この先にある
「ふふ。加奈子殿ったら、食べ物ばかりですわ」
あ、あはは……。確かに。
何度も来て色々食べてる内に、そう言う事にも詳しくなったのよね。でも、本当にどれも美味しいものばかりなんだもの。
「江ノ電の極楽寺から少し奥まった場所にある、星ノ井さんてお店の食パンも美味しいの。食べ歩き用に手のひらサイズの山形食パンも売ってるのよ。明日の朝はそこのパンにしようかな」
「楽しみですわ」
よし! 今日は思い切り楽しもう!
今日のコースは鶴岡八幡宮からスタートして宝戒寺、杉本寺、浄明寺、報国寺に行こうかな。報国寺では奥の竹林で温かいお抹茶と落雁を頂いて一息つこう。その後は駅まで戻ってきて江ノ電に乗って極楽寺で降りたら、街道を散歩しながら星ノ井でパンを買って息抜。
二人にしたら神社仏閣はそんなに興味ないかもしれないけれど、それでも二人は嫌な顔一つせず私に付き合ってくれる。それに、私が知らないような話を聞かせてくれたりもしたっけ。
一人で巡るのもいいけれど、こうして誰かと一緒に行くのもいいなと思えた一日だった。それと、この場に幸之助や鞍馬もいたら楽しかっただろうなって……。
「加奈子殿? どうされましたか?」
そろそろ陽が傾きかけようとする海辺で星ノ井で買った食パンを抱えてぼんやり座っていた私に、やこが声をかけて隣に腰を下ろしてくる。
虎太郎はと言うと、まだ体力が残っているみたいで犬の姿で波と戯れてさっきから浜辺で駆け回っていた。
「うん。何となく……、幸之助もここにいたらもっと楽しかったんだろうなって思って」
「……」
別に隠す事でもないし、やこだって知ってるだろうから私は素直に自分の気持ちを吐露する。
「幸之助はずっと寄相神社で過ごしてきて、外の世界を知らないでしょ? 彼はあの場所を守る神様になったから、あまり遠くまで行けないのは分かっているんだけど、こういう世界も見せてあげたいなって思ったの」
私は緩やかに流れる風を受けながら海を見つめたままそう呟くと、やこも同じように海に目を向けた。
「……そうですね」
「神様は、辞められないものね」
私は笑いながらそう言うと、やこは何とも言えない顔を浮かべていた。
神様が自由に辞められるなら、もしかしたら今頃世界中で大騒ぎになってしまってるかもしれない。
そう思うと我ながらバカな発言だなぁって感じてしまった。
「よし! 来れないのはしょうがないから、お土産にしよう」
「お土産?」
「そう。この海をお土産にするの」
「え……? どうやって……」
「コレよ」
そう言って私はカバンからスマホを取り出してニコッと笑う。
直接触れたり見たりは出来ないけど、今できるのは写真にこの風景を収めて、お土産にすることは出来るもの。
私はそう思いながらパンの入った紙袋を横に置いて立ち上がると、夕日で煌めく海に向かってシャッターを切った。
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