弐
真吉の人となり
「告白……してもいいかな」
じっとりと重たい空気の立ち込める夜の寄相神社で、私は人型の幸之助に壁ドンするような形で神社の端に追い詰めて呟いた。
私よりも身長があるはずの幸之助は、私の表情に小さくなって耳をぺたんと倒して困ったように見つめてくる。
告白……。そう、告白よ。誰もいない今しか言えないわ。こんなこと。
「あのね」
「は、はい……」
幸之助は何を言われるのかと、どこか怯えているようにも見える。そんな幸之助を前に、私は一人で緊張して一人で心臓を早鐘のように鳴らしていた。
「今泊まってる民宿に夏休みいっぱい使って泊まると、所持金が足りなくなりそうなの~!」
あの後、宿に帰ってから宿の女将さんに話をしてみて、その場合の宿泊料金はいくらになるかを聞いてみた。そしたら大まけにまけてくれたんだけど、それでもやっぱりいいお値段なわけで。最初はこんなに長居するつもりじゃなかったから貯金を全部下ろしたとしてもギリギリ足りない。
こうなるって分かってたら、もっとバイト代残しておいたのにな……なんて、そんなこと言ったってしょうがないんだけど。
じゃあやっぱり帰るなんて、ここにいるって言いだした傍からひっくり返すような事を言えるわけがないし……。
あぁ~、バカだ~……。ちゃんと考えてからああいう事は言わないとダメよね。大学に行くのに親にもたくさん仕送りしてもらっているし、今更こんなことで貸してくれなんて言えないよ……。
一人で落ち込んで深い溜息を吐いて途方に暮れていると、幸之助は目を瞬いてきょとんとした顔をしていた。
「加奈子殿」
「……うん?」
「宿に困っているのでしたら、真吉殿のお屋敷をお使いになりますか?」
「へ?」
私が視線を上げると、至近距離にいる幸之助は平然とした顔でこちらを見ている。
お屋敷……って、私の先祖の黒川真吉さんが使っていたっていうあの家?
「まだ残ってるの?」
「はい。かなり古いので綺麗とは言えませんが……」
「ほんと!? いい! 全然構わないわ!」
なんてラッキーなんだろう! この話に乗らないわけがない!
古民家に憧れもあったし、しかも断片的にしか見なかったあのお屋敷が実際に見れるなんて、こんな貴重な体験絶対出来ない。
私はさっきまでの憂鬱な気分はどこへやら、うきうきとした気持ちで胸がいっぱいになる。
「今泊まってる宿はね、明日いっぱいまで泊めて貰えることになってるの。だから、使わせてもらうのは明後日以降になるんだけど、一回どんな家か見せて欲しいな」
「分かりました。では明日、ご案内します」
幸之助は快く受け入れてくれ、にっこりと笑って頷いた。
とりあえず寝泊まりできる場所を確保出来たことに安堵して、私はホッと胸を撫でおろし壁ドン体制を解いて、その場に座り込り込むと幸之助はそんな私の隣に静かに座った。
「そう言えば、真吉さんのことなんだけど……。聞いてもいいかな?」
「真吉殿のことですか?」
「言いたくなければ無理に聞くつもりはないわ。でも、私のご先祖様のことだからちょっと気になるのよね。断片的には見えたりしたけど……」
幸之助の大切な思い出で、大切な人の事だから誰彼構わず話したりしたくないかもしれない。だから無理強いするつもりはなかった。だけど彼は嫌な顔をすることもなく、快く頷き返してくれた。
「真吉殿は、地位は低いのですが武家に生まれた武士でした」
「あ、やっぱりそうなんだ。最初ここに来た時に瞬間的に真吉さんのことを“見た”の。あと夢にも。刀を持っていたから、そうなのかなって思ってたんだけど……」
「でも、あの方は武士と呼べるような武士ではありませんでした。自分で自分の事を“武士崩れ”と言っていたほどです」
過去を思い出すように、空を見上げながらぽつぽつと幸之助は真吉さんの事を話してくれた。
話を聞いていると、確かに真吉さんは武士と言うよりも博愛者と言う言葉の方が合っているような気がする。
刀を持つのを嫌がり、人を切ることも嫌。身なりも決して綺麗とは言えず、ちょんまげも結わずにザンバラな頭をしていて、無精ひげも蓄えていた。それでもきちんとしなかったのは、自分の身なりを綺麗にするならおヨネさんが綺麗になってほしかったとか、困っている人がいたら気前よくお金をあげたりもしていたらしい。
幸之助の話で、真吉さんの人となりがよく分かった。
自分よりも周りの事ばかり気にかけて、それを自分の喜びとしていた人。
苦労を苦労と言わず、周りに尽くすことが生きがいそのものだった。愚痴一つ零すこともなく、真っすぐ綺麗な心を持った出来た人だ。
固執したプライドを持たない柔和な彼が、武士らしくないからと言う理由でどんなに酷いことを言われても、いつもニコニコ笑って過ごしているなんて、私には出来ないかもしれない。昔は受け容れられなかった多様性を成し得た彼は、ほんとに凄い事をしたと思う。
「でも、真吉さんのことを悪く言う人ばかりじゃなかったんでしょ?」
私がそう聞けば、幸之助は小さく頷いた。
「少なくとも、何人かは真吉殿の仏のような優しさに感謝している方もいらっしゃいました」
「そうだよね……。だって、話を聞く限り、人としては凄く出来た人だと私も思うもの。それを武士らしくないって理由だけで攻撃するのは違うと思うわ」
「あなたもおヨネと同じような事をおっしゃるのですね」
目を細めて心底嬉しそうに微笑む幸之助に、私も何だか笑みがこぼれる。
幸之助が大好きで大切に想っている人達の事だもの。認めてもらえるのは嬉しいよね。そんな彼の姿を見てたら、私も何だか嬉しくなってくる。
「何か、分かるなぁ……」
「?」
「人が喜ぶ姿を見ると、自分の事みたいに嬉しくなっちゃう気持ち」
「……加奈子殿」
相手が喜んだら、もっと喜ばせたくなる。まるで誕生日のプレゼントを考えて、あげる前の気持ちに似ていると言った方がいいのかな。
大人とか子供とか関係なく、目に見えるものだけじゃなくて見えないものでも、何かをあげたりして喜んでくれたらお互い気持ちがあったかくなる。次はどうしたら喜んでもらえるかなって考えるのも楽しくなって、どんどん良いことをしたくなって……。
私はそこまで考えて、ふと思ったことがあった。
「人って……感情表現が上手くないのかもしれない」
「?」
「昔もそうだったのかもしれないけど、今は特に人間関係が希薄してる。隣の人を疑ってばかりで攻撃したり、自分が優位だと思うことで優越感に浸ろうとしてる。大人になればなるほどそう言うのが強くなってって、気付いたら冷めきった世の中になっちゃって……」
辛いことが多くなればなるほどそう言うのが際立ってくるのは、みんな心に余裕がないからだ。そうあることが当たり前なんだと世の中に洗脳されて、心がマヒしてるんじゃないかな。
そう思うと、何とも言えない気持ちになった。
本当の人間関係ってそう言うものじゃないはず……だよね。
「何だかそう言うの、悲しいね……。でも真吉さんだったら、こんな状況でもきっと周りの為に一生懸命になっていつも笑ってるんだろうな」
「そうですね。真吉殿は、そう言う方ですから」
真吉さんは、とても心が豊かな人。私も、そういう人になれるだろうか。
そう思って、私は幸之助と同じように空に浮かぶ半月を見上げた。
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