私が高三から将棋部に入ったわけ

@tk123

第1話

 高校三年の春、私は将棋部に入りました。



 根っからの将棋好きではありません。それだったら、高一からやってます。



「あんた、高三から部活に入るってどういうつもりしてんのよ、ねえ、受験生でしょ?」 母は怒りました。娘を思って、怒ってくれました。「しかも、将棋部って。どうせ入るんなら料理部とかにしなさいよ、女子力上がりそうな。そんなんだから、あんたはいつまで経っても彼氏ができないのよ」



 黙ってて。母の言葉を思い出しながら、私は心の中で毒づきます。



 目をつむって、木箱に手を入れ、将棋のコマを触る。うち、一つを摘む。この大きさ、厚み、飛車か角でしょう。目を開けます。はい、正解です。



 私が将棋部に入ったのは、将棋が好きだからです。



 というと、多くの人が誤解してくれるんですが、違うんです。私、将棋のルール、まったく知りませんし。



 私が好きなのは、将棋そのもの。駒です。駒が好きなんです。あの形といい厚みといい、たまんないんです。



 高二の冬の、授業中でした。となりの席のさくらが、消しゴムならぬ将棋駒を落としてくれたのは。それを拾ったとき、何……この感触、と鳥肌が立ったんです。恥ずかしながら、私、将棋に触れたことがそれまでありませんでした。



 さくらは、将棋部の部長。あのとき、授業中に床に落とした駒は、前日の部活で木箱にしまい忘れたものだったらしいです。



 下の学年に、ひかるという女の子がいます。彼女も将棋部。


 


 ひかるは嗅覚が鋭いんです。ちょっとした匂いにも敏感で。そんなひかるは、将棋の匂いがたまんない。ただの木材と違って、人の汗がほどよく染み込んでるんだとか。



 私は今日も部室へ向かいます。廊下を歩きながら、すでにわくわくが止まりません。



「だって、駒にたくさん触れるから」



 私は声に出して言います。



 すると、



「うそだね」



 ふりかえったら、そこにいたのは、ひかる。私は虚を突かれたように、どきっとします。



「駒にたくさん触れるから、わくわくしてるんじゃないでしょう」



「……な、なんで」



「将棋部に入ったのだって、駒の感触が理由じゃないでしょう」



 ひかるが「歩」のように、じりじり歩み寄ってきます。



 私は一歩も動けず。



 ひかるは私の真ん前へ、……「王手」です。



 ひかるの推理を聞きました。当たってました。「詰み」です。ほんと、ひかるの嗅覚には脱帽です。私は顔を赤くしてしまいました。



 ……そうです。私が高三から将棋部に入ったのには、別の理由があるんです。



「あ、二人とも。おつかれ」



 私とひかるが部室に入ると、先に来ていた部長のさくらが、笑顔でそう言いました。その笑顔を見て、私の胸は熱くなります。



 高三のクラス替えで、私はさくらと離れてしまいました。そんなさくらと、なるべく一緒にいたくて、たったそれだけの理由で、私は将棋部に入ってしまったんです。



「ねえ、触ってみ。この香車。市販のだけど、硬くて気持ちいいよ。感触フェチなんだよね?」



 さくらが私に手を差し出してきます。その手のひらには香車が乗っています。部室には、女の子だけの将棋部にふさわしい、甘くて、いい香りが漂っています。



「駒専門の感触フェチだよ、私は。では、触らせていただこう……」



と、私はすました顔で、その香車の駒に触ってみる。そして、どきどきしながらさりげなく、さくらの手のひらの感触を確かめてみる。

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