第13話 恋 1

「和樹があんなに嬉しそうな笑顔で女の子と話すなんて‥。」


 美久は心臓が身体の中で移動しているのじゃないかと思うくらいに脈打つ自分に驚きながら近くのコンビニに飛び込むように入った。

 今、和樹に会いたくなかった。


 5月5日の和樹の20歳の誕生日にふさわしい手作りケーキの材料を買うために街に出てあらかた買い物を済ませた美久は和樹を見た後、ショックでコンビニの中でしばらく立ち尽くしていた。


 和樹の誕生日と美久の誕生日は1か月違いで6月6日が美久の誕生日だった。


 もしかしたら自分の誕生日のプレゼントを買うために女友達に相談していたのかもしれない。

 もしかしたら従姉妹かもしれない。

 もしかしたら母親のピアノ教室の生徒さんかもしれない。

「だけど、あんな笑顔をするなんて!まるで恋をしているような顔‥。」

と美久は自分以外に向けられた和樹の極上の笑顔にショックを受けていた。


 そんなことくらいで激しく嫉妬する自分にも驚いていた。

 小学2年生の時に出会ってからいつも美久を1番に思っている和樹しか知らない。

 いつも照れ臭そうに美久を見てくれていた気がする。

 和樹は小学校も中学校も私立に通っていたので美久の知らない和樹の顔があるのはわかっている。

 自分には不釣り合いな良い家庭の人だともわかっている。

 和樹は中学生になってから背がどんどんと伸びて高校生になった頃には180㎝ほどになり、元々可愛らしかった顔は芸能人と間違われるほどの顔立ちになり街を歩けば振り返る人もいるほどに目立っていた。


 見た目も釣り合わないと思っていた。

 美久の自尊心の低さは、切れ長の目をした整った顔を自分で認知出来ず和樹の家柄、見た目、素直な性格をどんどんと上へと押し上げ、自分を蔑んだ。


 美久と和樹は顔立ちが少し似ていて、兄妹に間違われることもあったが、嬉しいのは中学生までだった。


 高校生になった頃は本当の兄妹のように見られるのは不満だった。

 カップルではなく兄妹に見えるという事は2人はカップルとして釣り合っていないということ、自分は和樹の相手として不釣合いなのだと思ってしまうのだ。


 子どもの頃は何か楽しいことがある度に簡単に結婚すると言っては喜んでいたけれど、成長するにつれて2人とも言わなくなった。


 美久は自分と同じで和樹も照れ臭いだけだと思い込んでいたが、不安も少しずつ膨らんでいた。

 高校生になるとピアノ練習時間も増えるのに和樹が吹奏楽部に入ってしまい、なかなか会う機会も減っていったからだ。


 美久は小学4年生で母親が亡くなってから家事を覚え中学生になる頃には妹と一通りの家事をこなして父親を安心させていた。

 大学も地元の大学に行くのは家計上仕方のないことだと思い父親に相談したこともなかった。


 年の近い妹がいること、片親であることが美久の行動を自然と縛り付けた。


 和樹が東京へ行くことは当然だと思っていたし、それだけの出費も近藤家には大した事ではないと分かっていた。


 そして、ピアノの演奏に関して言えばレベルが違い過ぎた。

 東京から和樹の家に毎月呼ばれてくる一流の先生らしき人に習うために一回30分のレッスンで1万円いると言われて美久は諦めたが和樹も和樹の姉も毎月そのレッスンを受けていた。


 その先生の交通費も上乗せされるレッスン料は結局1人1万5千円を払うのだった。


 和樹の母親の沢山いる生徒たちや近隣のピアノ教室の生徒たちにとって、そのレッスンを受けることが出来るのは大変名誉なことらしく申し込みは殺到していた。


 和樹から「結構上手く弾けて褒められた。」とか

「全然ダメだった。」と聞くことは別世界のことのように感じられた。


 あんなに上手な演奏のどこを直されるのか想像も出来ないことだった。


 もし同じ大学に通えていたら2人は恋人同士のような関係になれていたのかもしれないと後悔してしまう。


 美久にとって和樹は距離が出来てしまったからなのか、手の届かない憧れの存在になってしまった。


 それでも、いつも和樹から美久へ声をかけてもらえていた。


 和樹が東京に行く時に美久に昌孝大叔父の墓に一緒に参った。

「休みになったら帰って来るからお互いに頑張ろうね。いつも俺は美久のこと応援してるから。」

と言った。

 美久は「うん、ありがとう。私も和樹のことを応援してる。」そう答えたが、少しガッカリした。


 もしかしたら小学生の頃にした約束を思い出して何か美久にとって嬉しいような言葉が聞けるのではないかと期待していた。


「和樹が好き」

そんな言葉が頭の中にずっと浮かんだままに生活をしている。

 和樹は自分と同じ気持ちではないという疑念を持ちながら‥。


 ゴールデンウィーク中にある和樹の誕生日には近藤家での食事に誘われるのが恒例のことだった。


 今年はまだ声が掛かっていない。

「和樹から明日帰るよ。」とLINEがあっただけだった。

 去年は1ヶ月先の美久の誕生日も一緒に近藤家でお祝いしてもらった。

 和樹はその時に美久に東京で買った誕生日プレゼントを贈った。

 小さな金色の音符の付いた細くて軽く手首にフィットするピアノを弾く時に邪魔にならないことを考えられたブレスレットだった。


 18Kと小さな金具に印があり、きっと学生が買うには高い物だろうと思いはしたが和樹が買うにはさほどの金額ではないかもしれない。 

 高価な物を贈られた特別感もあり嬉しくてずっと手首に付けたまま生活している。


 一方、美久は中学生になってからはいつも和樹の誕生日にはケーキを作って持って行った。


 どんなプレゼントを買っても和樹にふさわしいと思えないし、有名ブランドの品物なんてわからないからだ。


一通りの家事がこなせる美久にとってケーキを作ることなら自信があった。


 近藤家の人たちは美久の手作りケーキを心から喜んでくれていると思いたかった。



 美久がコンビニの中に立ったまま動けないでいると、中年女性のコンビニの店員さんが

「大丈夫ですか?」と声を掛けてきた。

「あ、すみません!」

驚いた美久は慌てて、詫びを言いコンビニを飛び出して丁度来た帰りのバスに飛び乗った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ゲシュタルト崩壊の小宇宙 <美しいということ> バーバラ・C @babarara

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ