第12話 インディアンの太鼓 2
たまたま、和樹がサッカークラブの試合の日で美久が1人で昌孝大叔父の家に行った時だった。
ピアノの発表会に出たくないとか、ピアノをやめたいことを母親に言えないとか、そんな愚痴を昌孝にこぼした。
すると昌孝大叔父は美久に
「僕はピアノが上手くなるとっておきの方法を知っている。どうだい?知りたいかな?」
と小さな声でまるで秘密の話をするように言った。
美久は知りたいと思った。
「上手くなれるの?知りたい!上手くなれるならピアノを続けてもいいし。」
2人は地下室へ降りてピアノに向かって並んで座った。
昌孝は美久に優しく話を始めた。
美久は期待に胸を膨らませ昌孝を見つめ話に耳を傾けた。
「いろいろな音楽を良く聴いてごらん。
実は音楽のリズムは隣り同士の音は決して同じ強さにはならないんだ。
機械の音は同じだけれど、人が奏でる音楽は決して隣り同士では同じにならない。
とても大切なことだ。」
「どうして隣りだと同じ強さにならないの?」
美久は昌孝の言っていることが不思議だった。
「何故かと言うとね。
音楽は心臓の音から出来ているからだ。
心臓の音はドックン、ドックン、と鳴っているのを知っているかな?ドッ、とクン、で音が2つあるだろう?
ちょっと今は3つの音、三拍子は横へ置いといておくれ。
本当は三拍子も隣り同士音の強さは違うんだが説明がややこしくなってしまうから、美久ちゃんが大きくなってからにしよう。
今日は2つの音の話だ。
心臓は生まれてからずっと死ぬまで動くだろう?
その間、人はずっと2種類の音の羅列を聴き続けるんだよ。
それが生きていると言うことだ。
生きている限りずっと2つの音の大きさの違うドックンを体の中で聴いているんだ。自分ではわからないけれど聴いて生きているんだよ。
強さの違う2つの音の羅列は心地いいんだ。
規則正しくドックン、ドックン、ドックン、ドックン、
音が揺らぎながらずっと続いている。
大昔、人は自分の鼓動以外にはなかなか綺麗な音の羅列を聴くことは少なかった。
そして、人の文明が発達していない時代、世界が静かで厳しい大自然と人々が戦いながら生きていた時代、自分の鼓動や人の鼓動を感じながら生きていたと思うんだよ。
人は皆、鼓動というリズムを持って生まれるんだ。
そして、そのリズムを誰かが物を叩いて再現する。
それは鼓動の再現、音の遊びだった。
音楽の誕生だ。
当然、鼓動の再現は、ドッ、クン、ドッ、クン、
強い、弱い、強い、弱い
あるいはね、
弱い、強い、弱い、強い、
どちらでもいいけれど、音の変化の羅列に違いない。
心地良い音の羅列を神聖なモノと感じた人もいたに違いない。
さて、インディアンの踊りは4拍子だね。
4拍子は、鼓動の再現の遊びから生まれたのかもしれない。
いや、もしかしたら走り過ぎて心臓が壊れそうな時に4拍子が偶然に出来たのかもしれない。
どのみち鼓動なんだ。
規則正しい音の羅列
①強い②弱い③中くらいに強い④弱い、を延々と繰り返す。人は音の羅列を聴いて安心するんだ。
けれど現代の音楽は音一つではなくたくさんの音で出来ているからややこしく感じるかもしれない。
でもたくさん音があってもその曲にとっては心臓は一つなんだ。
インディアンの踊りの左手の4小節目の
ウン、タン、タン、タンは本当に太鼓の音だろうか?
もしかしたら人の鼓動かもしれないよ。
皆、この曲のインディアンは激しく踊っているはずだ。
例えばだ。雨に降って欲しくて踊っているとする。その時は雨が降らなくて困っているんだ。自分たちの飲水がないのかもしれない。森の食べ物や動物が水不足で減ってしまったのかもしれない。
命を守るために踊っている。
自分たちの鼓動が聴こえるくらい激しく踊って祈っているんだ。
4拍子を当てはめてごらん。
ウンは強い
タンは弱い
次のタンは中くらいに強い
最後は弱い。」
「え?でもおじさん、ウンはお休みだよ。」
「あー、そうか、そうだな。ところが音の羅列を崩してはいけないんだよ。ウンがあっても心の中では強いんだ。心で強さを感じるんだよ。」
「心の中で強いって思いながら弾けばいいの?」
「ああ、いい考えじやないか。それは美久ちゃんの自由だ、だっていつだって自分のやり方は自分で決めてもいいって決まっている。」
「今から僕が弾くからね、音の隣り同士を良く聴いて目でしっかり僕の手を見て覚えて手の動きを覚えて帰る。そして家でどんなだったか思い出すんだよ。」
そう言って昌孝は美久に弾いて聴かせた。
「どうかな?左手の隣同士の音の強さの違いはわかったかな?」
「‥‥。」
「そうか‥。それじゃ今度はゆっくりと弾いてみるよ。」
昌孝はもう一度ゆっくりと弾いてくれた。
「どう?」
「わかった!」
「それじゃ、もう一度、速く弾いてみるよ。」
昌孝は1分にも満たないこの曲を力強くリズミカルに弾いてみせた。
「速くても音の違いがわかったかな?」
「うん、わかった!」
「今度は右手だけをゆっくり弾くよ。隣同士の音の強さの違いを良く聴いておくんだよ。」
昌孝は美久にわかりやすいように、大袈裟に隣り同士の音の強さを変えて弾いた。
「どうだい?音の強さの違いが聴こえたかい?」
「うん、聴こえた!」
「そうか、実は今のは強い、弱いだけで大袈裟に弾いたんだ。
わかるなら今度は4拍子の、強、弱、中強、弱、で弾いてみるからね。」
昌孝は右手だけを力強くリズミカルに、今度は小さな声で1、2、3、4、とカウントしながら弾いてみせた。
昌孝が「どうだい?」と聴こうとした瞬間に美久が言った。
「わかった!おじさん、こうやって考えながらするなら私にもできると思う!」
美久はいつもより大きな声で言った。
「そうか、わかったか。それじゃ最後にもう一つ。
1番大切なことだ。
絶対に忘れてはいけない。
実は隣り同士の音はどんな単位でもいいんだよ。
音符でなくてもいい。
例えば1小節同士、楽譜の1段同士。」
「どういうこと?」
「人は揺らぎの羅列を心地良く感じるんだ。
小さな揺らぎから大きな揺らぎまで全てを天才達は無意識にやってのける。本人達は知らないことだ。
例えばこの曲の右手で説明すると、
1小節の中ではラが強い、ミが弱い、次のミは中くらいに強い、最後のミは弱い。これは当然のことだ。
次のは大きな揺らぎを作る場合だよ。
1小節目「ラミミミ」強い
2小節目「ラミミミ」弱い
3小節目「ミミファミレド」強い
4小節目「ラーーーウン」弱い
こういう風に小節ごとに揺らぎを作り出せれば、そうだな、天才みたいに弾けるかもしれない。
でも感じるだけでバレるような弾き方をしてはダメだ。笑われる。」
「笑われるの?」
「ああ、そうさ、笑われる。だから誰にもバレちゃいけない。和樹にも。山崎先生にも。そして今日のこの話は秘密だよ。いい?」
「わかった。秘密にするし、笑われないようにする。」
美久は初めて早くピアノを弾きたいと思った。
そして和樹の家から自分の家まで走って帰ってピアノに向かったのだった。
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