春_さくら



 あれから、ばたばたで葬儀や学校での集会、彼女との別れを惜しむものがどんどんと僕らの前を流れて行って、気力のない僕らはその流れに乗るしかなかった。

 冬休みが過ぎて、春休みが過ぎて、僕らは3年に上がった。みんな進学で同じクラスになって、昼休みは毎日屋上で過ごす。たまに喫茶店に行って、さくらさんに顔を見せに行ったり、淡々と時間が流れていくのを見ている。



 僕の後悔は彼女を失ったあの日から変わらない。

 ずっと、僕の心を蝕んでいる。

 彼女の言った『いなくなってやっとわかる』って言葉を、痛感しながら生きている。彼女の開けた穴は大きすぎた。誰にも埋めることはできない。


「ねぇ野中。あんた、一生立ち直れないんじゃない?」

 時間が空いては塞ぐ僕を見て彩子さんが言った。

「そうかもね」

 はは、と笑うと彼女は隣に来て僕に話し始めた。さくらさんとの思い出。楽しかったこと、面白かったこと、驚いたこと。僕には新鮮な話もあって、聞いているだけで満足だった。彼女が残していった足跡を感じることができた。

「自分のこと、許せてないの?」

 彼女の問いに、僕は首を縦に振った。

「さくらちゃんさ、ハルとなら未来を考えられる気がするって言ってたよ」

「そっか」

「未来はないって言いきってたようなさくらちゃんにそんな想像させられるあんたはすごいんだよ?」

 声が震えて、泣きそうになっているのがわかった。思い出して悲しくなるのに、僕を励ますためにそうしてくれてる。

 でも僕は、そんな優しい彩子さんのことまで巻き込んで、結局救えなくて傷つけた。さくらちゃんだけへの後悔じゃない。

 彩子さんが僕に向きなおり、僕の腕を掴んだ。自然と彼女の目を見る形になった。逃げないで、と言われているようだった。

「あんたがあの時さくらちゃんを見つけてなかったら、私は話せないままだった・・・友達にすらなれなくて、ずっと追いかけてただけで終わりだった。私だったら、あんなに笑顔にできなかった、思い出を作ってあげられなかった・・・自分を褒めてあげなよ、褒めて褒めて嫌になるくらいに・・・私はさくらちゃんじゃないけど、それでも、ありがとう・・・ありがとー・・・」

 涙でいっぱいいっぱいになった彩子さんは僕の手に手紙を掴ませて「これ、あの子の忘れ物」と言い残して学校に入って行った。

 手の中に丸まってしまったものを広げると、”遺言的なもの”と書いてあった。

 この字は・・・。

 中には”ハルへ”から始まる手紙があった。





結局こうなってしまってごめん

ハルはこんなに短い間で私をたくさん笑わせてくれた

ハルが悪いんじゃない

あの時、私はハルに頑張ってって言ったけど、こうならないつもりはなかったんだ

最後にはこうなるってわかってた

でもあの時のハルはすごく真っすぐで、一緒に過ごしてみるのも悪くないかもなって思ったんだ


楽しかったよ

屋上の淵に立った時、それまでずっと笑えてなかったし、感情なんてないようなものだった

こんな手紙書くとも思わなかった

少しでもここにいたいって思うなんて、全部ハルのせいだ

ハルの心に大きい傷をつけてしまうかもしれない

でも知っててほしい

ハルは、すぐにでも死ぬつもりだった人間の命をここまで伸ばしたってこと

暗い気持ちで死なないようにしてくれたってこと

1人の人間を幸せにしたってこと

私の命は重いんだから

そう簡単に幸せにできるものじゃないんだからね


本当に楽しかった

もう精一杯生きた

限界まで生きた

だから、もう終わり

私の中の幸せは全部ハルがくれたもの


元気でね、春太





 紙に涙が落ちてインクが滲んだ。やっぱり名前、わかってたんじゃないか。


 足に力が入らなくて、どさっと膝から崩れ落ちる。

「春になったら桜を見ようと言ったのは君なのに。君との約束が・・・何よりも嬉しかったのに」

 屋上から見る桜はとても綺麗で、ここまで花びらが舞い散ってくる。桃色に包まれて、君を思い出してしまう。

「君の生まれた日にはこんなにも美しく咲いていたのに。君を見送ることはできなかった」

 涙が落ちていって、濡れた顔に花びらが付く。




「君の季節はこんなにも綺麗で美しくて・・・」

 涙がとまらない。






fin.




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春になったら君の隣で桜を見たい。 立花 零 @017ringo

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