気づけば当て馬

くれは

第1話 放課後の当て馬

 因果応報という言葉の意味を考える。今の私を突き動かしているのは、過去に犯した過ちなのだろう。そぅ、それはきっと間違った方向に。



 雲一つない青空。遠くで吹奏楽部の軽やかな演奏が聞こえてくる。運動部は爽やかな汗を流し、文化部は己の作品に情熱を捧げている事だろう。

そんな皆が青春を謳歌している夏の日の体育館裏、私は一人当て馬に勤しんでいた。


「先輩、あの……私に何か?」


 目の前の少女は明らかに怯えている。無理もない。放課後の体育館裏、恋に恋する花の女子高校生。呼び出されたのが異性相手なら胸踊らせるであろう場面だが、残念ながら私は女である。彼女を見据え、生まれつきのつり目を更に吊り上げ、声を張り上げる。


「しらばっくれるんじゃないわよ!あんた1組の健君に色目使ってるんですってね。健君は私のものなんだから勝手に手を出してんじゃないわよ!」


 彼女が色目など使っていない事は重々承知しているし、健君が私に全くもって興味が無い事も百も承知である。だが今はそんな事はどうでもいい。自分に与えられた任務を全うするのみ。私は今日、ふた月にも及ぶ当て馬としての役目を終えようとしている。


「色目なんて…誤解です!私はただ……」

「誤解?じゃあ貴女は健君の事を何とも思っていないのね?」

「それは……」

「ほら!やっぱり健君のこと狙っているんでしょう?迷惑なのよ。いい加減、健君にまとわりつくのは止めてちょうだい!」

「そんな……」


 長く艶やかな黒髪を一つに束ね、大きな瞳を悲しげに揺らしている眉目秀麗な彼女は、1年2組の高橋あかねさん。よく知りもしない先輩の呼び出しに律儀に応え、怯えながらも一人で来た彼女。訳の分からない事を一方的にまくし立てる私に、それでも彼女の態度は先輩に対する敬意を忘れてはいない。彼女のその芯の強さが、彼女の美しさをより引き立てているのだろう。そう、私は彼女の当て馬を勤める中で、彼女に好感を抱くようになっていたのだ。そんな訳でこんな茶番劇から一刻も早く彼女を解放したかった。あかねさん、ごめんなさい。


 

 タイミングよく、お目当ての人物がこちらに駆けてくるのを視界の端に捉えた。彼女の右斜め後方から凄まじい勢いで駆けてくる。彼は2年1組の松本健一君。そう、彼こそが健君その人なのだ。


 健君とあかねさんは陸上部の選手とマネージャーであり、日々部活動に励むなかで次第に惹かれ合ったようだ。そんな事は端から見ても一目瞭然であるのに、一向に二人の関係が進展する気配がない。そこで私の出番である。二人の関係を確たるものにするために、今日ここで勝負をかける。私は二人の恋のキューピッドになるのだ。なんと名誉なことだ。この時ばかりは自分が当て馬である事をこの上なく誇らしく思う。あかねさんに幸あれ!


「目障りなのよ!」


 私はあかねさん目掛けて手を振り上げた。



 ドンッッッ!!!




 一瞬何が起きたのか理解出来なかった。しかしすぐに肘と膝、そして腰に強い痛みが走った。私は健君に思いっきり突き飛ばされていたのだ。衝撃と共に砕けたのは体か心か。これまでの日々が走馬灯さながら頭の中を駆け巡る。


 佐藤まさると藤沢みち子の間に生まれ、蝶よ花よと育てられた幼児期。自分は大層可愛く全てにおいて優秀で、皆に愛されているのだと勘違いも甚だしかった小学生時代。現実を知った中学生時代。自称プロの当て馬となった現在高校2年生の夏。生まれてこの方一度も彼氏が出来た事はなく、人の恋路を陰ながら応援する毎日。私の人生はいったい誰の青春だ。こんな事になったのも全てはあいつのせいだ。


 地獄に落ちろ。




 

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