バレンタイン・デー10(凛音の場合) ラスト

 「――はい、どうぞ」


唐突に差し出される、赤と緑と金に彩られたラッピング。

思ったよりも、思った以上に、突然かつ至ってノーマルに。


それが、あまりにも予想外で、別の意味で度肝を抜かれた。


「お、おう…… ありがとう。

 ――何つーか…… 普通なのな」


「……そうですか?

 そうでもない、と思いますけど」


「いや、何て言うか――……。

 も っ と は っ ち ゃ け る か と 思 っ て 」


「  は  っ  ち  ゃ  け  る  っ  て  」


――そう、そうなのだ。


璃音は、何かにつけてイベント事を楽しむタイプだと思っていた。

それこそ、バレンタインなのだから、命を懸けても惜しくないのではないかと。


それが、捻りもなく、どストレートと来た。

“魔球”を予想していたオレはと言うと、ただただ唖然と見逃すことしか出来なかった。


「ん…… ま、そういうのも考えたんですけど。

 ――でーすーけーどー!」


「ん?

 けど?」


「――ま、まぁ、まぁいいじゃないですか!

 開けてみてくださいよ!」

「あ、あぁ……」


乞われて、包みをゆっくりと剥がす。

破ってしまわないように、ゆっくりとじっくりと。


――そして。


「――へぇ。

 チョコレート…… 手作りか」


「はい。

 たくさん練習して、たくさん失敗した、その結果です」


「ふっ――…… そりゃあ、まるで、“璃音自身”みたい、だな」


「えぇ…… そう、ですね。

 たくさん練習して、たくさん失敗した―― その結果の、わたし自身の写し身ですね」


そう言うと、彼女は屈託なく笑った。

恥じているわけではない―― 心から、その結果を誇っているのだ。


もちろん、チョコレートの方も。

プロには遠く及ばない、アマチュアでも上手な人には敵わないかも知れない。


――それでも、これに勝るものはない。

オレ自身も、心からそう思う。


ゆっくりと、そのチョコレートをかじってみる。


「――ん。

 ……うまい」


「本当ですか?」


「あぁ、ホントホント。

 こんなこと、ウソじゃ言わない」


「――そうですか」


頷くと、小さく息を切った。

ホッと、笑みをこぼした。


そんな彼女が、何よりも好ましかった。


そして、彼女は、話を先ほどに帰した。


「――なんで普通なのか、って訊きましたよね?」


「ん…… あぁ、訊いたけど」


言い返すと、彼女は小さく瞳を下げた。

何か遠い場所を見つめるように、また、小さく呟いた。


「――わたしは、ずっとこの日を夢見て来たんですよ」


「え――……?」


「だから―― わたしは、

  今 更 、 新 し く 色 々 考 え る な ん て こ と 

 ――したくなかったんです」


そう、小さく、小さく。


……あぁ、そう言うことか。


――頬を染めて、瞳を落としたままで。


そのまま黙りこくった、暖かく柔らかな空気のままで。


オレは、また―― いつかと同じように、「ありがとう」、と告げるだけだった――……。

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外伝・至宝ガールズ バレンタイン 流水 氷雨 @hisame_rusui

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