バレンタイン・デー9(小夏の場合)

 ――さて、約束通りの当日。


彼女を自宅に招き入れ、キッチンへ通した。

その後、1時間2時間ほど暇をつぶしていてくれ、と頼まれて、自室に引っ込んだ。

気もそぞろに、手近にあった読み潰したコミックスなどを流し読みしていた。


――そして、やっとその時が来る。


満を持して食卓に腰掛けるオレの前に、恭しく料理が差し出される。

料亭さながらに黒漆の膳に乗せられた、6品ほどの料理達だ。


一つ普通とは違っていることがあり―― そのほとんどが、茶系統の色で彩られていることだった。

とは言え、ほとんどの部分は和風の色彩を残していた。


「へぇ~…… なんかスゴいな――。

 バレンタイン用に、わざわざ考えたのか?」


「はいっ!

 名付けて、“バレンタイン・チョコ御膳”、です!」


――“チョコ御膳”。

なるほど、確かにネーミング通りの代物だ。


……ぶっちゃけた所感を述べれば、これにチョコ味は合うのか、と思うものが散見されるが。

それでも、うんうんと頭を悩ましながら、この料理たちを創作した小夏の顔を思い浮かべると、自然と笑みがこぼれた。


「いろいろ頑張ってくれたんだな…… ありがとうな」


「はいっ!

 どういたしまして、です!

 ――それじゃあ、召し上がってみてください~!」


「あぁ、いただきます」


そう宣言して、箸を握る。


……形だけとは言え、こんなにしっかりとした和食然とした物を食すのは久しぶり―― いや、初めてに近いかも知れない。

――マナーとか、あるのだろうか。

とは言え、横で今か今かと待ち続ける少女にそれを問われる心配はないようだ。


とりあえず、目に付いた汁椀をすくい上げた。

淡いチョコレート色に、白のハート型の物が浮いている。

汁椀とは言ったが、見た目に反して、暖かいものではなく、冷えたものだった。


「これは…… 味噌汁、じゃないよな。

 お吸い物か?」


「そうですねぇ~、お味噌汁ではないですぅ。

 お吸い物、と言うのもやっぱり違うとは思いますけどー……」


「――ふむ」


まぁ、何せ“バレンタイン・チョコ御膳”、だ。

舌の覚悟はしておいた方が良さそうだ。


そう考えてから、オレはそのままに汁を啜る。


「……甘っ!

 えっ、甘っ……?

 これは、アレか…… アレだな、あんみつに似てる!」


「はいっ、正解ですぅ!

 ココア風味あんみつ風―― 名付けて、”チョコすい”です!」


――ほほぉ。


なるほど、確かにココアの風味もある。

白いハートをかじってみると、これはホワイトチョコレートだった。


「へぇ~……  意外と合うもんだな、おいしいよ」


「ありがとうございますぅ~!

 それでは、では、次の品をどうぞ」


「あぁ……」


と、次から次に口に運ぶ。


ドライカレーよろしくにレーズンの炊き込みご飯(?)にチョコレートパウダーをかけた物。


人参やジャガイモを甘く煮て、各種チョコレートでコーティングした物。


シロップに浸けた菜物にチョコレートを絡めた、“チョコひたし”。


果ては、チョコをかけた“おこし”等、種々様々だった。


――そして、最後の一品だった。


何故か、彼女の方から最後に食べてくれとせがんできた物なのだが……。

正直、その思惑がわからない。


他の手も知恵もかかっていそうな料理に比べれば、ある意味で普通。

チョコレートのソースが掛かっている以外は、特段、珍しい料理ではないように思う。


……?


とりあえず、と、彼女の説明を待つ。


「えぇと…… これが最後だけど――?」


「は、はいっ……!」


「これは…… 天ぷら、だよな?」


「は、はい、そう、ですね!

 そうです―― “白身魚”の天ぷら、ですね……!」


――白身魚の?


……ふむ。

これまたチョコレートとは縁がなさそうな具材ではある。

ある、が、それほどもったい付ける程だろうか?


そんな風にいぶかしんで彼女を見つめると、チラリチラリと視線を外した。


――何かあるのだろうか。


「??

 ……それじゃあ、いただきます」


「は、はいぃ……」


ゆっくりとチョコレートソース掛けの“白身魚の天ぷら”を口に運ぶ。

ザクッと言うまだ揚げ立ての食感を残して、じわりと味覚が広がる。


――何という魚だったかな。


多分、何度も食べたことはある魚だ。

それも、だいたいは天ぷらで食べたような気がする。


なるほど、味自体が淡泊なので、チョコレートと合わないわけではない。

……しかし、感想はそのくらい。


???


何故、小夏は、締めにコレを持ってきたのだろう。

疑問は広がるばかりだった。

広がるものの、口には出さないまま、完食。


「――ごちそうさまでした」


「おっ、おそまつさまでしたっ!」


「いや、色々ビックリしたけど、おいしかった。

 料理ってスゴいモンなんだなって、改めて思ったよ」

「そ、それほどの、ことは!」


「――で、だ」

「はいぃ?」


オレの心からの言葉に照れしきる。

そんな彼女に、最後の疑問をぶつけた。


「――最後の、”白身魚の天ぷら”には、何か意味があるのか?」


「そ、それはっ、そのぉ……」


何故か、ここに来て言い淀む。


――?

何だろう。


最後の品だって、決してまずかったわけじゃない、うまかった。


ただ、普通に考えれば天ぷらは最後に食べる物ではないと思う。

それなら、最後に食べてくれと頼んだ彼女に意図があるはずなのだが……。


当の彼女は、恥ずかしがったまま、プルプルと身体を震わせていた。


――いた、が、数十秒後。


「 バ 、 バ レ ン タ イ ン 、 だ か ら っ ――

 ですぅ――――……!!」


「ぇ……」


そう、叫んだ。


――叫んだそのままで、その場から逃げ去ってしまう。


取り残されたオレは、ただ、その後ろ姿を見送った……。


「  え  ぇ  ――  ……  ?  」


全く、“理由”と“意味”に当たりをつけられないまま、オレはただ、声を上げるだけだった――……。

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