バレンタイン・デー8(清涼の場合)


 特に何でもないような午後だった。

いつものようにオレの家まで持ち込んだ携帯ゲーム機なぞに目を落としていた清涼だった。


――だったが、唐突に向き返り、神妙に問いかけた。


「……ぶっちゃけて訊いて良いですか?」

「ん?

 あぁ、ぶっちゃけて訊いてくれ」


「――今日、何の日かわかります?」

「今日?

 あぁ、えぇと――……」


「 ふ ん ど し の 日 と か 煮 干 し の 日 と か い ら な い ん で 」


「 先 回 り し て ネ タ 潰 す の や め て く れ る ! ?

  と 言 う か 、 ボ ケ る 前 提 な の も や め て く れ る ! ? 」


「いや、やっぱりボケるつもりだったんじゃないっスか。

 そう言うの良いんで、真面目に、ガチで」


……完全にやりこめられた。


べ、別に正直に言うのが恥ずかしくて昨日から用意してた回答ってわけじゃないんだからっ――……!

――いや、そうなのだが。


どうやら珍しく真面目モードなようなので、しようがなくオレもそれに倣うことにする。


「あ、はい。

 ……バレンタイン・デー、ですよね」


「ですよねー……。

 うーん、そうかー…… ここで、


  『 え っ ? 何 の 日 だ っ け ? 』


 とか、全力ですっとぼけるような

  精 神 異 常 系 天 然 ギ ャ ル ゲ 主 人 公 

 だったら、こっちも全力でスルーしようかと思ったんですけどー……」


「 何 気 に ひ で ー な 。

 まぁ、さすがにこんなポピュラーなイベント日を忘れるほどは、朴念仁じゃないつもりだぞ」


「  え  っ  !  !

 ……あっ、あぁ、そうです? そうですか……」


「――  何  そ  の  間  」


そこそこ心外だ。

ある程度は言われてもしょうがないと思うが……。


どうやら、清涼(ソレ以外の女子も、か?)に取って、オレの扱いはそこらへんらしい。


「まぁ、それはうっちゃっといて。

 前波サンも、そう言うの、欲しいです?

 甘いのとか、甘ったるいのとか、スイート的な」


「そりゃまぁ、男だから、出来れば。

 せっかくこういう関係になっちゃったわけだし」


「うーん、そうかぁ、そっかぁ……」

「――用意してないとか、そういう?」


「いや、うーん…… 用意はしてるんですよね。

 まぁ、今日の荷物から察してって感じなんですけど」


「あぁ…… なんか、デカいバッグ背負って来てたな。

  ゲ ー ム 機 本 体 と ゲ ー ミ ン グ モ ニ タ で も 持 っ て き た の か と 思 っ た 」


「  わ  か  る  。

 たまにそういうことしたくなりますよね!

 並んで協力プレイとかする時に!!」


「いや、それは良いんだけど……。

 何持ってきたんだ?」

「あー…… 訊いちゃいます?

 やっぱり訊いちゃいます?」


「そりゃ訊くだろ。

 話進まなさそうだし」

「ま、そうですね!

 そっちから振ってくれる方が、まだ出しやすいですしね!」


そう言って、大きめのデイバッグをモゾモゾと探り出す。

そして、慎重に中身を取り出した。


――やっとのことで本題、のようだ。


だが、取り出された物を見て、オレは目を丸くする。


「……何だこれ」

「――見てわかりません?」


「見てわからないから、訊いてるんだけど」


取り出したるは30cm四方―― いや、八方程の正六面体の紙製の箱に見えた。

オレンジとグリーンで雑にカラーリングされている。

一面にのみ、黒い円の部分があった。


……そう言えば、見覚えがあるような。

朧気な記憶をたぐり寄せてみる――……。


「これは、アレか……?

 コンビニとかの○○○円クジの――……」


「 ざ っ つ ら ー い ! 」


「  な  ん  で  !  ?  

  何 故 に 、 W h y ! ? 」


「いや、普通にやるのも面白くな…… もとい、こっぱずかしいんで!

 名付けて、

  “ バ レ ン タ イ ン 限 定 ガ チ ャ ( 物 理 ) ”」


「  え  ぇ  ~  ……。

  ど の ソ シ ャ ゲ で 負 け た ん だ ? 」


「  言  う  な  !

  訊 く な ! 問 う な ! 

  確 定 以 外 信 じ な い 、 そ う 決 め た ん で す よ ! ! 」


「お、おう、 闇 と 沼 が 深 そ う だ な ……。

 じゃあ、触れないようにするけど…… で、これ、何が入ってるんだ」


「チョコ○ッグのチョコと中身を抜いたものの中に、クジ番が入ってます」


「――いっそ、そのままくれよ……。

 ……ガチャってことはハズレもあるのか」


「うぃっす。

 HN(ハイノーマル)60%、R(レア)30%、SR(スーパーレア)10%――…… です、大体」


「 キ ツ い な 、 お い ! ? 」


「10連なんで10回引いてもらえますよ!

 大体SR1枚くらい出ますよ!

  確 率 的 に は な ! ! 」


「 某 か の 怨 嗟 を 感 じ る 。

 ちなみに、提供されるアイテムは?」


「HNはブ○ックサ○ダー、Rはチロ○チョ○です」


「  何  で  !  ?

 RよりHNのブラッ○サン○ーのが高いじゃねぇか!」


「キャッチフレーズが『一目で義理とわかるチョコだから』なので、HNかなって。

 ちなみに、チ○ル○ョコはちょっと良いのを選んで箱買いしてきました。

 こいつらは引いた分だけ差し上げますよ!!」


「……つまり、最悪の場合、ブラッ○○ンダー10個か……。

 SRは?」


「一応ちゃんとしたバレンタインチョコを見繕いました。

 ナウなヤングなギャルがワンサカいるファッショナブルなティーンズの店で!」


「 無 理 に 死 語 使 わ な く て い い ぞ 」


十連ガチャか……。


オレ自身も多少はスマフォのゲームをやらないでもなかったが、正直レア運と言うヤツはないように思う。

最悪の想定でショックを受けない程度に息を整える。


「――んじゃまぁ、運試しと行くか……」

「へい。

 チャキチャキ引いてくだしゃんせ」


「――R。

 チ○ルだな……」

「 幸 先 良 い な ! 」


「そうかぁ?

 ……HN」

「2ー」


「――HN、HN、R、HN、R、HN」

「……8。

  暗 雲 が 立 ち こ め て 参 り ま し た ! 」


「……HN」

「9」


 う ん 、 知 っ て た !


当たりって本当に入ってるんだろうか。

と言うのは、多分ギャンブルに負ける人間はみんな同じことを考えるんだろうな。

物欲センサーなるものがあると聞いた。


――つまり、心を無にするのか?


だが、今更1回のチャンスで取り戻せるとも思えない。

……しょうがないからRとHNの味に想いを馳せることにする。


「……来ましたね、来ちゃいましたね、ラスチャンです。

 ――先輩の神引きなら行ける!

 アタイ、信じてる!!」


「――行くぞ……!!

 ――っ!!」


「dkmnwktk」


「……お?」


最後のチョ○○ッグのカプセルから出てきた紙。

開封して、それを凝視してみる。


――が、何もなかった。


今まで中央に堂々とデカ文字で書かれていた部分に、何も書かれていない。


……ハズレ?

それとも、書きミスか……?


そう思って、紙を作成者に向けようとした瞬間。


「あれっ……。

 物凄い小文字で端っこに何か書いてるな――。

 えぇと――…… SSR」


「――っ!!」


――SSR。


SSRと言うと、諸説あるが、スーパースーパーレアとかダブルスーパーレアとかそういう意味のレアリティなはずだ。

……つまり、SRの上。


「SSRあったのか?

 説明には無かったけど…… そういや、SRは10%”くらい”って言ってたな。

 その上にSSRが1%だか2%だか入ってたってことか」


「――そーですよ!!1%ですよ!!

  な ん で 最 後 の 最 後 で そ れ を 引 く ん で す か ね ! ? ( 半 ギ レ )

 せめて最初の方で引いてくれたら心構えも出来たとゆーのに!!

 どんなレア運だ!! ネタ神なんですか!?」


「  な  ん  で  キ  レ  ら  れ  た  」


「 照 れ 隠 し で す よ 、 く そ う ! 」


「そうか。

 ――その反応を見る限り、一番良い物が入ってそうだな」


「  ド  S  か  !」


カーペットの上で一通りもんどりうって、奇声を上げる。

ニマニマとそんな様子を眺めていた。


やっとのことで恥辱(?)の底から這いだしてきた彼女が、またやっとのことで口を開き始めた。


「はー……。

 ――しょうがない、しょうがないんだ―― これは試練なんだ……。

 ……じゃあ、はい、これ、どうぞ。」


「どうもありがとう」


「――じゃあ、アタシは帰りますんで!!」

「えっ、ちょっ……!」


「返品お断り!

 苦情、クレーム、ノーリターンで!!

 それじゃあ、また!!

   サ  ラ  バ  !  !  」

「おーい……」


――出て行ってしまった。


ビックリするほど全速力で、居間から転げ落ちるように。

出て行った先を呆然と見つめると、家の扉は当然のように開けっ放しだった。


立ち去った部屋には、くじ引き箱はおろか、それを入れていたデイバッグ。

命の次の次の次、くらいに大事なんじゃないかと思われる、携帯型ゲーム機も起きっぱなしになっていた。

……さすがに、スマフォくらいは咄嗟に掴み上げていったようだが。


「……。

 ――とりあえず、R3個にHN6個ももらっておくか……」


清涼の余りの慌てっぷりに、逆に冷静になってしまったオレは、デイバッグの中から市販チョコ各種を数通りに貰い受けた。


そして、開封されていない包みに立ちはだかる。

どうやら手作りらしい、そのラッピングをゆっくりとほどいていく。


「――なるほど」


オレは、小さく笑みをこぼした。


手作りチョコ―― くらいとは言うまいが、大仰に過ぎるほど慌てふためくことはないのに。


そう思っていたが…… その、本当の理由は、ラッピングをほどいてすぐに正体を現した。


――そこには、『Love Letter』と書かれた、達筆の便せんが鎮座していた――……。

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