バレンタイン・デー7(理月の場合)
「――と言うことでやってきたんは、このジャッジメントデー!」
「 い き な り 何 だ ! ?
ノリが清涼みたいになってんぞ!?」
唐突に名乗りを上げるように宣言する。
――そんな謎のノリに、これまた謎のツッコミを入れる。
……本当に清涼がそんなことを言うのかどうかはわからない。
だが、理月はどこか納得したように次の句を打った。
「別にりょーちゃん先輩の専売特許ってわけでもあるまいに!
……まぁ、おふざけはこのくらいにしとくとして……」
「?
何だ?」
「 き ょ ー う っ は っ ー な ん っ ー ……」
「 や め と け 」
―― 一体彼女はどこへ向かおうとしているのか。
懐かしいジングルを歌い上げようとするのを必死で切り裂いた。
「 ギ リ ギ リ ア ウ ト のところを狙おうとするな!
……わかってる、バレンタイン・デーだから!」
「なんや、ノリ悪いなぁ。
せっかくめでたい日やのに」
「めでたいってのも何か違う気がするけど……。
で、それがどうしたんだ。
わざわざ話を振るってことは、チョコくれるのか?」
「そう言う殊勝な態度は、えーと思うで!
――ほな、おいちゃんからのバレンタイン・プレゼントや!」
どういうノリなんだか……。
――恐らく、照れ隠しなんだろうが。
ガサゴソと自前のバッグを漁り始めた理月を横目に、そんなことを考える。
待つこと数秒。
勢いよく目の前に差し出される、緑の袋。
バレンタイン・デー感が一切ないどころか、日常感の強い、光沢のある外装に原色に近いその色。
どこかしら見覚えのあるパッケージ、そして――。
麦 わ ら 帽 子 の ヒ ゲ の お や じ 。
「 カ ー ○ じ ゃ ね ぇ か ! 」
「 カ ○ ル や け ど ? 」
――と、彼女は大いばりだ。
まさかの…… ま さ か の ! ?
「えぇ……。
別に、市販品がどうとか言うつもりはないけど――……。
チ ョ コ で す ら ね ぇ じ ゃ ね ぇ か ! 」
「 チ ョ コ レ ー ト 会 社 が 作 っ て る か ら セ ー フ 」
「 そ う い う 問 題 じ ゃ ね ぇ よ 。
他にチョコレート作ってる会社なんてたくさんあるだろうが……」
「一応、地元企業やしな!
応援せんとな!!」
「 な ら 普 通 に チ ョ コ 買 っ て 応 援 し ろ よ ! 」
「 ぐ う の 音 も 出 な い 正 論 」
オレの言葉に押し負けた理月。
たはぁー、などと息を吐いた後、また大きく頭を捻った。
「――いやなー……?
一応、買うてんで……?」
「買ったのか。
じゃあ、そっちくれれば良いじゃねぇか」
「―― 受 ○ ー ル で 縁 起 が 良 い っ て 言 う し ! 」
「 受 験 終 わ っ て る か ら な ! ?
それどころか発表すら終わってるし、うちの志望校。
結果も連絡したろ?」
「 せ や な !
……そうは言うてもなぁ、乙女座のセンチメンタリズムなうちに取っては――」
「――理月って乙女座だったか?」
「 バ リ バ リ の 獅 子 座 や!」
「 何 な ん だ よ 、 こ の や り と り ! 」
何 な ん だ よ 、 何 な ん だ !
漫才の様なやりとりを一通りくぐり抜けた後、彼女は大きく溜息を吐いた。
「はぁー…… うちが訊きたいわ!
なんでこんなコマーシャリズム全開の行事にこんなややこしい気持ちになんねん!」
「ややこしい気持ち?」
「べっ、別に、それは良いやろ!」
「いや、わからん。
”そこが問題点”なら、そこが解決しないと先に進まない気がするし」
「 微 妙 に 本 質 見 抜 く ん や め ー や ! 」
ツッコんで訊いて行くと、彼女は観念したようにクッションを叩いた。
その後で、渋々と言った呈で、ぽつりぽつり、語り始めた。
「――はぁー…… わかったわ。
今更、見栄張るんもどうなんかなって、自分でも思うし。
ぶっちゃけ、くっそつまらん話なんやけどな!
ヤマもなければ、オチもない、そんなつまらん話やで!」
「あぁ、別に構わないぞ」
「……そういう変なとこばっか物わかりえぇな、ホンマに――。
ホンッマどうでもえぇことなんやけど!
――うちに、バレンタイン・デーなんて、似合わんな、って思って、な……」
「バレンタイン・デーが、似合わない?」
「その…… 至宝女子の誰と比べても、や。
……こんな女の子っぽい、行事、ホンマ似合わんな、って――」
「そうか――?」
「――そら、そやろ。
自分で、”自分がチョコレートをあげてる姿”が想像できひんもん。
……コントにしかならへんわ。
――そうなってくると、アカンねん。
手作りしようにも、おしゃれな店で買おうにも…… どうしても、なんか、笑われてるみたいな気がして――」
「――んで、ネタに走ったってことか?」
そう問うと、理月は小さく頷いた。
オレはこれ見よがしに頬を掻いてみる。
「まぁた、随分よくわからない考えにはまりこんだもんだなぁ……。
――別に、オレは理月がバレンタインに勤しんでてもおかしいなんて思わないぞ?」
「……そう言うても、うちが
自 分 自 身 に リ ボ ン を ラ ッ ピ ン グ し て プ レ ゼ ン ト
――とか言うたら笑うやろ!」
「……」
―― そ れ は 笑 う 。
あ り 得 な さ す ぎ る か ら 、 な 。
――って言っても、理月の意識的には、それと同じ線上にバレンタインという行事があるのか。
成る程、理解は出来た気がする。
うーん――……。
「ま、無理にとは言えないさ。
色々考えて、悩んだ結果が“これ”なら、それはオレも嬉しいし。
手作りチョコは来年・再来年、作っても良いな、って思った時にでも――……」
「――作った」
「……ん?
――作った?
あるのか――…… どこに?」
降って沸いた話に、オレが問い返す。
彼女は、おずおずとオレの手元を指さした。
――……?
わけがわからなくなって、オレは手元の緑の袋をしげしげと見つめ返す。
と、底に”熱接着”の跡を見つけた。
「あぁ――……」
二度手間なことを――……。
そう、苦笑しながら、逆側から袋を開ける。
オレは少し湿気た、チーズ味の効いたチョコレートをゆっくりと口に運ぶのだった――……。
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