バレンタイン・デー6(和癒の場合)

 「……センセイ、センセイ」

「――ん?

 どうした、和癒」


「えぇと…… 作って来たんだ」

「作ってきた?

 ――何を」


和癒の“わかりきった”言葉に、そらとぼけて水を向けてやる。

すると、ひとしきり照れしきった後で、おずおずと紙袋を差し出した。


祖父仕込みの型の良い正座から差し出される“それ”は、まるで客人が畏まって差し出す様だった。

だが、その外見が、予想したものとは随分違って、オレは面食らう。


「――和菓子の立心堂の紙袋?」


「う、うん。

 新商品! ――の予定!」

「あ、あぁ…… そうなのか」


差し障りのない受け答えをしつつも、オレの心は落胆で溢れていた。


そっかぁ、和菓子屋の娘だもんなぁ…… しょうがないよなぁ……。


そんな風に思ってみても、後の祭り。

既にチョコの口になってしまったものを、どう戻そうか躍起になっていた。


「とりあえず、開けてみて!

 ――自信作!」

「自信作?

 立心堂の?」


「ううん、ボクのっ!」


――“ボクの”?


……そうか、和癒が作ったのか。


和癒の手作りで、店の新商品になる予定で、その試食役がオレ。

――となれば、話は別だ。


こんなに光栄なことはない、な。

そう、思い直して、封を切る。


「じゃあ、開けるぞ」

「うん、どーぞっ!」


現れたのは、桐だか竹だかの箱に並べられた三色の球体。

……実際には、白に包まれた三色の球体、だが。


白い大福餅に包まれた、茶色・黒・白の各2個入り。

――中身までは見通せないが、時期的にも、苺大福、というヤツか?


とは言え、それならわざわざ新商品と銘打つこともない。


「苺大福っぽい感じだけど…… 新商品、ってことは、秘密があるんだな?」


「うん、うん!

 すっごくがんばって考えたよ!」

「……ふむ」


相当な自信作らしい。


見た感じは餡子……? と白餡……?

ともう一つは何かわからないが…… カフェオレ大福なるものが存在するらしいので、それかな、と思わなくもないが。


「さぁ、どうぞ、めしあがれ!

 出来れば、一口で食べて欲しいな!」


「一口で……?

 まぁ、食べれない大きさじゃないか。

 んじゃ、まずは黒いのを――」


指で摘んで、口へと運ぶ。

打ち粉の片栗粉がハラハラと舞った。


「――!

 っ…… これは……」

「……」


「これ――  チ ョ コ レ ー ト ! ? 」


――そう。


大福餅の内側に見えた黒色の物体―― それは、完全にチョコレートだった。

砂糖は控えめの、ビターチョコレートだ。

しかも、内側に隠されていたのは苺ではなく、ほろ苦いオレンジピールだった。


…… し て や ら れ た 。


「――やったぁ!

 大成功…… だよねっ!」


「あぁ―― 完敗だ。

 全部、悟らせまいとしてやってたことなんだな?」

「うん、うんっ!」


はは…… まったく。


――ってことは。


「……他のも、チョコレートなのか?」


「そーだよー!

 食べてみて、みて!」


そう急かされて口に運ぶ。


――なるほど。


白いのはホワイトチョコレート、茶色のはミルクチョコレートだ。

中身も苺とキウイフルーツで違っていた。


……よくもまぁ、考えたものだ。

感心よりも、その執念への畏敬が先に来る。


「――ど、どうかな?」


「……ん。

 美味しい。

  控 え 目 に 言 っ て 、 最 高 に 美 味 し い 」


「 や っ た ~ ~ ~ ~ ! ! 

 がんばった甲斐があったよ!!」


「これ、外側の皮も別に作ってるのか?」


「ん?

 うん、そーだよ。

 大福餅とー、求肥とー、白玉メイン!」

「すげぇな……」


――ぶっちゃけ、どれがどれかわからないけど。


それでも、感触の違いは素人にもわかった。

食感はもちろん、指で触った時、舌に乗った時。


――そういうことまで考えられているのだろう。


果報者、だな……。


「……それで、これは、本当に店で出すのか?」


「ん?

 んー…… どうしようかな?

 ボクはセンセイのために作ったから、どっちでもいんだけど―― 味見してもらったお父さんやお母さんは出したいみたい?」


「ふぅん……。

 ――じゃあ、立心堂の主人夫婦には悪いな」


「え?

 どういうこと!?」


「 チ ョ コ レ ー ト の 旬 は 、 今 日 で 終 わ り だ ぞ 」


そう、勝ち誇って言ってやると、和癒は目を白黒させた。


一呼吸置いたその先で、「あっ……」と手を打って見せた――……。

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