バレンタイン・デー5(閑の場合)
部屋中の窓という窓に暗幕が張られていた。
とは言え、100%の遮光と言うわけではなく、一条二条と光の線は差し込んでいる。
しかし、身近な光は目の前のテーブルに置かれた小さな揺らめく光―― いわゆる、テーブルランタンと言うヤツだけだった。
そして、それを企図した人物は、と言うと――……。
どうやら、カマーエプロンと言うらしい、黒のベスト一体式エプロンを纏って、シェーカーを振るっていた。
……一体何が始まると言うのか。
「はい、どうぞ。
召し上がれ」
と、怯えふためくオレの前に、一つ、二つ、と、次から次にグラスを差し出す。
仄かな芳しい香りが鼻をくすぐった。
「――これは…… まさか、カクテル?」
「だとしたら、未来のために練習とでもしておきますか?」
言って、ニコリと笑顔。
――どこまで本気なのやら。
ココア色のそれをしげしげと見つめてみる。
「――とまぁ、そうもいきませんので、ノンアルコールのカクテル風に仕上げました。
要は、チョコレートドリンクの延長線と思ってもらえれば」
「なんだ、驚いた……。
しかし、上手いもんだなぁ」
はぁー、と、感嘆の息を漏らしながら、思わず呟く。
そもそもチョコレートのカクテルがあることも知らないし、ノンアルコールでそれを再現する閑の手腕にも驚いた。
もう一度、その中身を吟味する。
「そして、色々あるもんだなぁ……。
これは生クリームで、何だ―― コーヒー?」
「はい、コーヒーのカクテル…… 風、ですね。
コーヒーとチョコレートドリンクを半分に割っています」
説明されたそれを手に取り、口に運ぶ。
ほろ苦い甘さが下の上に広がっていく。
「へぇ~―― 意外と甘くないんだな。
カクテル風って言うのもあって、大人向けというか」
「こういうバレンタインも悪くはないでしょう?」
「――だ、な。
……ムーディーすぎてドギマギしちまうけど」
「それはそれで、しめたもの…… ですね。
ある意味では思惑通りと言ったところです」
妖艶に笑みを返すその余裕に、オレは苦笑するほかなかった。
照れ隠しに喉を潤すと、また次の杯が差し出される。
今度のは黄色の液体の上にチョコレート色のアイスが浮かんでいた。
「……これは?」
「オレンジジュースとソーダのチョコフロート、カクテル風です。
――オレンジキュラソーを少し利かせましたので、もしかしたら酔っぱらってしまうかもしれませんね?」
「はは……」
――どうやら、冗談ではないらしい。
全く、もう――……。
「――そうなったら、責任もって介抱してくれよな……?」
「 は い 、 そ れ は も う 」
苦笑しながら、オレたちはゆっくりと杯を飲み干した――……。
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