case3:Freezing&Burning.4


 湧き上がる歓声。民衆は僕を巨大鮫から町を救った英雄だとたたえる。やれやれ。これで英雄となるのは何度目だろう。強くなりすぎて戦いというものに飽きが出てきた。


 でも、これでいい。何も努力しなくても最強の力を得ることができたんだ、これ以上何かを欲しがれば罰が当たってしまうね。


 ん? さっきのチャラ男だ。何か言いたげだな。


「さっきは悪かったな······。お前じゃ倒せないとか言って」

 おやおやまぁまぁ。見た目に似合わず素直だこと。僕の力を認め握手を求めて手を出している。


「気にしなくていいよ。ただ覚えておくんだね、この世には見た目以上に危険な奴がいるってね」

「ああ······そうだな」


 チャラ男と握手を交わした。嫌な奴でも圧倒的な力の前ではこんなもんかな。さ、仕事のためにHQに戻ろうか。


 さて、巨大鮫も倒したことだし、本来のお仕事に取り掛かるかな。HQの中に戻ってきたわけだけど、皆僕のことに注目している。チャラ男も目を輝かせて見ている。いいとこ見せてやるか。一番手っ取り早いのは容疑者であるグリザリード君に直接聞くことかな。


魔力通信コール


「ガブリールか。どうした」

 グリザリード君は普通に出た。

「あのさ、君、今どこにいるかな」

「キャべイラ合衆国の首都だが」

「やっぱ君もキャベイラにいるんだよね。そうだよね」

「なんだ。何が言いたい」


 急に声色に怒気が孕んだ。ちょーっと怪しいですねこれはね。


「昨日、アカプル付近が徹底的な破壊を受けた後があったんだ。そして次は町を襲うとの脅迫状も。人々は大慌てさ。それで犯人は誰か。魔物か、人間か。それとも」

「俺だっていうのか」


 明らかに苛立っているね。これは黒かな。


「まだそうとは言ってないじゃないか。破壊能力を持っているのが君ぐらいだったから、それで――」

「残念だが違う。俺ではない」

「いやいやいや、そう否定されても困るよ。本当のこと言ってもらわないと、これは僕ら転生人全体に対する評価に関わることなんだよ」


 転生人全体の評価という言葉を聞くと彼は鼻で笑った。何がおかしいのやら。


「俺はもう転生人を辞めた。チート能力もない」

「ははは、何その嘘。いくら自分の容疑を晴らしたいからって強引すぎやしないかい」


 もうこれは確定かな。どうやらグリザリード君は焦りのあまりヤケになってしまったようだ。


「本当さ。俺に万物破壊カタストロフはもうない。今後は転生人時代で稼いだ金で静かに暮らす予定だ。俺はただの民衆に成り下がる」

「いい加減に嘘はやめなよ」

「嘘じゃない。ブレーンに聞けばいい。それとお前、今アカプルにいるんだよな。ならば今すぐ離れた方がいい」


 はぁ? 急に話を逸らしてくるなんて犯人のそれそのままじゃないか。······でも、ブレーンに聞けってことは能力を失ったのは本当なのか?


「その付近に俺がチート能力を失った原因となる奴がいる。ケンジと名乗っていた。ほら、指名手配の」

 

 そんなやつがいたような気がしないでもない。でも指名手配犯なんて僕の前には無力同然なのだから恐れる必要なんかこれっぽっちもない。


「そのケンジの第一犠牲者が俺だ。奴は他人の能力を奪う。奴は今、俺の万物破壊カタストロフを持っている。······ん? ちょっと待て、その町の付近が破壊されていたんだよな。まずい、今すぐ離れろ、奴が――」

「情報提供ありがとうグリザリード君」


 魔力通信コールを切った。もう今回の事件の真相が僕には分かったから。グリザリード君に全部言われちゃ皆にかっこつかない。彼は犯人ではなかった。犯人は、能力奪いのケンジ。


「受付嬢ちゃん。犯人が分かった。犯人はケンジという名の男だ。奴はグリザリードの能力を奪い、破壊をしたんだよ」

「この町に、例のお尋ね者が······」


 僕の推理は凄いね。ケンジによる幾重にも重ねられた罠を全て見抜き、真実にたどり着いたんだ。これで民衆どころか転生人の皆からも称えられてしまうな。


「似顔絵ある?」

「あ、はい。あれです」


 指さす先にはケンジについての紙が貼られていた。ヒントがすぐ近くにあったのに気づかなかった。でもこれで人海戦術でもなんでも洗いざらいに探せば――


「おい、俺こいつ知ってるぞ」

 声を上げたのはチャラ男だった。どうやら昨日、町の裏路地で見かけたらしい。ふふ、どうやらこいつは僕のために役に立ちたくてたまらないらしいな。見間違いかもしれないけど、その場所まで付いていくことにした。


「私も行くー」

「私も私も」


 ミカエルとグリムも付いてきた。なぜかチャラ男は拒否しようとしている。おいおい、女の子が苦手とかチャラ男のふりして実は童貞かこいつ。でもまぁ、本当に危険な奴がいたら危ないからここにいてもらおう。




 例の裏路地に来た。人の気配は全くない。


「で、どこで見たのかな」

「その似顔絵見せてくれるか」

「いいよ」


 似顔絵を見せるとなぜか笑った。うん? なんかこいつ急に雰囲気変わったな。どうした、髪をぐしゃぐしゃしてる。痒いのか?


「俺は確かにこいつの顔を知っている」

「それは分かってるよ」


 チャラ男はポケットから少し湿った布切れを取り出した。顔を拭いている。汗っかきか? あれ、なんか肌の色が変わって······。え、メイクを落としてるのか? なんで?


「こーんな顔だよな」

「っ!!!」


 こいつ、ケンジだ! チャラ男のふりに化けていたんだ。小癪な奴め、僕に犯人だとバレたから処分しに来たんだな。だが僕の圧倒的なチート能力の前にひれ伏せ。


「一対一なら勝てると思ったかな? ここ一帯を凍らせ――」


 あれ、なんで······? とっくに発動させているのに、《Freezing&Burning》が出ない。氷も、炎も!


「どうした。お得意のチート能力使えよ。凍らせたりするやつ使えよ。······こうやるんだっけか?」

「あぁ! 僕の手が!!!」


 嘘だろ、僕の手が凍って······!? そ、そうかこいつは能力を奪うんだった。てことは······え?


「選べ。ここで死ぬか。俺の言う通りにするか。お前のターンは終わったんだ」







「あぁ! 僕の手が!!!」


 目の前にいる転生人の右手が凍りついた。自分の能力だったはずなのに、その能力によって苦しんでいる。


「選べ。ここで死ぬか。俺の言う通りにするか。お前のターンは終わったんだ」

「お前は、お前は一体何なんだよォ! 一体なんでこんなこと!」

「黙れ。人が来ると困る。俺は今すぐでもお前を殺せる」


 アクトはガブリールを壁に追い詰めて威圧。ガブリールは完全に戦意喪失し、半泣き状態だ。


「まず色々剥奪するぞ。地図はあるか」

「地図は、その、独創収納インベントリに」

「なんだそれ。コールってやつと同じ感じか」

「そ、そうです。今出します」


独創収納インベントリ


 ガブリールが手をかざすと、空中に半透明な掲示板のような物が浮き上がる。そこには数々の物の名前が表示されている。地図、金、食料。これがあれば持ち手がかさばらずに済むようだ。地図の項目をタップすると目の前に地図が出現した。


「便利だなそれ」

「これがこの国の地図です······」


 震えた手で差し出す。地図を見るとアクトが今いるこの町の名は『アカプル』という港町で、国名は『キャベイラ合衆国』らしい。


「お金も何でもあげます。なので、命だけは······」

「命乞いか。ならば受け取ろう。ほら出せ」


 所持金の欄には見たこともないほどの0が連なっている。だがガブリールが取り出したのは50,000Gのみ。


「おい、お前所持金いっぱいあるだろ。なんだ5万て」

「ひぃぃ! これ以上は銀行に行かなきゃ降ろせないんですぅ!」

「ふーん、ギャンブルで溶かすのを防ぐため。ってとこか」


 アクトは地図と50,000Gを手に入れた。


「ガブリール、だっけ。俺の事を何なんだよと言ったな。教えてもいいがその代わり死んでもらうぞ」

「そんな······」


 その時、ガブリールを呼ぶ二つの声が近づいてきた。


「ガブリール様!」

「平気!? え、手が凍ってる。なんで」


「ちっ、ガキんちょか」

 ガブリールのお供の少女二人がやって来た。どうやら主人の危機を察したらしい。


「あんたがやったのね」

「絶対に許さない!」

 二人は主人を守るために戦闘態勢につく。


「駄目だ二人共、奴には勝てない。逃げるんだ」

「ガブリール様、いつものチート能力でやっちゃってください」

「駄目なんだ······。僕にもうチート能力はない······」

「「え······?」」

「そいつに《Freezing&Burning》を奪われてしまった······」


 少女二人はアクトの顔を見た。アクトは右手に氷、左手に炎を出して奪ったことが本当だと教えてあげる。


「どうしてそんなことをするの!」

 ミカエルが睨みつける。

「俺はそっちの転生人に用があるんだ。ガキんちょは下がってろ」

 ミカエルの顔の前で炎を出して脅す。だが、彼女たちは退かない。大好きな主人を守るために。


「ガブリール様は奴隷としてこき使われていた私たちを救ってくれた大恩人! ガブリール様を殺すなら私たちも殺せ!」

 グリムはアクトの手に噛み付いた。なんとか振り払うアクト。少女二人は戦闘能力が優れているわけでもないのに果敢に向かってくる。何度弾き飛ばされようが主人を守るために戦う意志を見せる。


「もう辞めてくれ!」

 ガブリールは二人の前に出た。殺されると分かっていながらも涙を流し、前に出る。情けない顔だが、不思議とチート能力にあぐらをかいていた時よりもずっと強く見えた。


「はぁ······。お前はそこの二人の大恩人かもしれないがな。俺には転生人を全員殺すという使命がある」

「なんでそんな······」

「俺がやらなきゃする。俺は全人類を守るために――」

「現実世界が···崩壊······?」

「やべ、口が滑った。これ以上ここにいると余計なこと言っちまいそうだ。······じゃな」


 アクトは地図と50,000Gを持ってその場を去った。



 泣きべそのガブリールが流した涙がその場の冷気で凍り始めた頃、彼は決断した。


「ミカエル、グリム······。僕はもう最強でもなんでもない······。これからは僕の元から離れて――」

「嫌です」

「ええ、嫌です」


「でも僕はただの人だ。価値なんて」

「いいじゃないですか弱くったって」

「ガブリール様なのは変わりません」


 二人は主人を抱きしめる。その場は氷によって冷え切っていたのに、体の内側から温められた気がした。


「こんな僕でもそばにいてくれるかい······?」

「もちろんです」

「死ぬまで、ずっと一緒ですよ」


 転生人ガブリールは再び泣いた。先ほどまで凍るほど冷たかった涙は、これ以上ないほど熱かった。




 Freezing&Burning 終

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

異世界の『悪役』はチートを殺す 狐狸夢中 @kkaktyd2

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ