1-1 幽霊の住む家に住むそうです。

世間から幽霊の住む家が恐れられてからしばらく経った頃。門扉の前に立つ人影が二つ、何かを話しながら家の中を見ている。


「本当にこの物件に住むんですか?」


背の低い太った男が隣に立って中を覗いているスウェットとジーンズ、髪の毛を雑にセットしたのか寝癖なのか少し跳ねている男に言った。


問いかけた男はこの幽霊の住む家を貸し出している不動産屋でこの道14年の大ベテランだ。

が、そんな彼でも貸し出しが決まらなかった家はこの一軒だけなのだ。

何としても貸し出したいと思ってなにかないかと考えていた時、隣で庭の草や木を見て邪魔だなぁと呟いている男がやってきた。

男は安くて広くい一軒家を探している。いい物件があればここに電話してほしいとだけ伝え、自身の電話番号と名前の書いた紙を渡し店を出ていってしまった。

不動産屋はチャンスだと思ったがそれでも貸し出せるか不安な状態だった。一家全員が殺された殺人事件の起きた物件なんていくら安くても借りたいと思わないだろう。ちなみに家賃はなんと光熱費込み、インターネット回線あり、敷金礼金無しでなんと35,000円。この辺りの家賃相場は6万円〜7万円だが、もちろん光熱費は別途で支払わなければならない。

だが、この物件だけは地域の人達も何とかしたいと、せめて人がいれば怖くはないと考え、必要なお金を皆で出し合っているのだ。

そんなこんなで幽霊の住む家が35,000円という破格の安さになったのだが、いくら安くてもポルターガイスト的なものが永遠続くと思うと夜も眠れないと借り手が見つからなかったのに、今回の男が借りてくれるのかという疑問はあったが、安ければいいという言葉を信じて不動産屋は渡された紙に書いてある電話番号を備え付けの電話機のボタンを押した。


そして今日、内見をしたいと男が言ったので来たのだが、男は幽霊の住む家を知らないかのようにこれで4万円を切るのかと驚いていた。


「あの寺島様、ご紹介をしておいてなんですが、この家は昔一家全員が殺された事故物件なのです。ポルターガイスト現象もほぼ毎日起こっています。もし寺島様の身に何かあってもこちらと致しましても責任を負いかねますが」


不動産屋は隣の男、寺島の顔を覗き込み少し不安そうに言ったが、寺島はそんなのはどうでもいいから早く中を見せてくれと言い、門の取っ手に手を付けた。

不動産屋は聞こえないように溜息をつき、取っ手に手をかけた。

ギィと少し甲高い音がし、門扉がゆっくり開いていく。男は開ききると促されるより先に中に入り今度は玄関も開けろと言わんばかりに急ぎ足で玄関の前に立った。

不動産屋は呆れと何故そこまでして急ぎたがるのか疑問に思い、とりあえず玄関を開け、居間へと案内した。

居間には少し埃っぽい白いソファが置かれてあり、寺島はドカッと腰を下ろした。

不動産屋はソファと机を挟んだ前の小さめのまる椅子に座り、書類を広げ始めた。


「まずひとつお聞きしますが、幽霊などについてトラウマなどはございませんか?」


不動産屋は書類を整理しながら寺島に問いかけた。寺島は無いと一言答え、本当にこの家が家賃35,000円なのかと再度念押しかのように聞いてきたが、不動産屋はそれをスルーし、次の質問へ移った。


「お家賃についてなのですが、まず条件として、3ヶ月間この家に住んでいただきます。こちらにも記載してあります通りもしも3ヶ月未満で退去された場合、3ヶ月間分の家賃、光熱費など全てをお支払いいただきます」


この言葉に寺島は少し暗い顔をしたが、少し考えたあと、元の顔色に戻った。


「3ヶ月間住んで頂いたあと、この家はあなたの持ち物になります。つまり持ち家ですね。それについても事前にお渡しした資料に記載がされているので目を通していただけていますよね?」


恐る恐るというか見ていないだろうなと不動産屋は思いつつ顔を上げると、少し自慢げな顔で頷く寺島と目が合った。


「ちなみに固定資産税や家にかかる諸々の諸費用は全て地域が出してくださいますので、実質的なところ、寺島様の出費は毎日の食費や月々の携帯代など、のみになります。ちなみに、何故地域がそこまで協力的なのかというのは、ここへ来る途中にも説明した通りの事故物件で何度も取り壊しに失敗し、最近では何やら恐ろしい怪物を見たという情報もあるので、取り壊さないのであれば誰かに住んでもらいたいという地域からの提案のためです」


そう、この幽霊の住む家は地域の組合などが先程不動産屋が言った理由で全て補ってくれるのだ。まぁ、住人が家の壁などを壊した場合は自己負担になるのだが、それ以外は全て地域が出してくれる。こんなに好条件はないがなにせ噂が噂を呼び、また証拠写真なども流出しているので、この家には誰も住みたがらない。まぁだからこそここまで地域がしてくれるのだ。

少し話しつかれたのは不動産屋は持ってきた手さげの袋を開け、中から紙コップと水筒を取り出し、水筒の蓋を開け傾け紙コップへ緑茶を注ぎ、寺島の前に差し出し、自分も頂きますと小さく言い勢いよく全て飲み干した。

そしてまた書類へ目を落とし話を再開した。


「ともかく色々な情報などでこの家が物凄くやばい状況なのはわかっていただけるかと思います。もし入居されるのであれば、いつ入居か教えていただけましたら電気などのライフラインの確立と気持ちばかりではありますが、お包み致しますので…」


お包み致しますのでの言葉に寺島はパァっと顔が明るくなり、それはお金ですよね!?と身を乗り出して聞いた。不動産屋は少し引き気味にそ、そうですねと答えると寺島は小さくガッツポーズをしてまたソファに腰をかけて言った。


「今すぐ住みます。内見はもういいです」


寺島はさっさと書類に署名をし、んーと伸びをした。


✱✱✱✱✱✱


不動産屋は寺島に書いてもらった書類を片付けながら、どうしてここに住むことを決めたのか聞いた。まぁ紹介したのは自分だし、決めてくれたのは嬉しいが、そこが妙に引っかかった。単に安いだけでこの事故物件に住む人がいるのかと。

以前にも寺島同様、安ければ安いほどいいという考えの男が来た。男は少し悩んだが、安いのにこんなに広いという所が気に入り引っ越してきたそうだが、夜な夜なおこるポルターガイスト現象、終いには幽霊を見たと言って一週間で引き払い、条件を満たせなかったがために、多大なる損失をしてしまったのだ。

だから不動産屋は今回も無理だろうなと思ったが、一応住もうと思った理由を聞いた。

すると寺島はさも当然のように安いからというとこれから買い物に行きたいから家の鍵を渡してくれと言いながら自身の荷物の中から財布を取り出した。

不動産屋は急いで書類をまとめ鞄に入れ、寺島に家の鍵を渡し、3ヶ月間住み続けてくださいねと頭を下げ、帰って行った。

肩の荷がおりたかのように見えるその後ろ姿を見ながら寺島は


「安さだけじゃ住まない」


と言って、自身も靴を履き玄関を出て家の鍵を閉め近くのスーパーへ歩を進めるのだった。

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幽霊の住む家で暮らし始めました。 @kamay

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