ゆみりとなつみ その12

魔法により、新しい自分に生まれ変わった少女は家庭環境の悪化に悩まされていた。憂慮すべき要素が取り去られたことで、両親はともに己が欲のままに生きるような人格になってしまったのである。少女は自分の決断を悔いた。だけど、やり直すことは叶わなかった。既に魔法使いは少女の街を去っており、その消息はつかめないのだった。万が一、見つけられたとしても、魔法を解いてもらうことはできないのだろう。一度変えたものは元に戻らないのだから。それに、両親の心の変化は魔法による直接の影響ではないのだから、そんなことは最初から無意味なのかもしれなかった。

 だから、自分の力で状況を打開する以外、少女に道は残されていなかった。少女は懸命に両親の仲を取り持つように立ち回った。元々二人は仲良しだったのだ。ならば、その良好な関係を再び構築することは十分に可能だと少女は信じた。

一度変えたものは元には戻らない。それは事実なのかもしれないけれど、だったら、以前よりももっとずっと良い状態にしてしまえばいいのだ。それは決して戻るなどと言う行為ではないはずだ。

少女が積極的に働きかけるようになると、心なしか両親のふるまいも少し良好なものになったように少女には感じられた。まだまだ時間は必要だが、いつの日か幸せな家庭を作り上げられそうだ。少女がそう思ったところで物語は終わっていた。

少女の働きかけなんかで険悪な両親の仲に回復の兆しが見えた理由をゆみりは考えていた。あまりにも短絡的な気がしたのだ。欲深く変貌してしまった彼らに娘の言葉などそう簡単に届くものであろうか。ゆみりは強く疑問に感じていた。

ゆみりは物語の冒頭に戻り、全体を少し俯瞰してみることにした。すると、両親の心の動きについて、ゆみりなりの考えが一つ得られた。

物語冒頭の少女は身体が弱く、家が貧乏なこともありひどく消極的なのであった。家に引きこもり、親に保護され続けるだけの日々。少女に主体性と言えるものは皆無だった。

だが、物語の後半では元気な身体を手に入れ、少女は家の手伝いができるようになる。それも手伝ってか、家の暮らし向きはどんどん良くなっていったのだ。

そして、物語の末尾では、両親に自ら積極的に意見をぶつけるようにもなる。恐らく両親はこの時娘の成長を強く実感したのではないだろうか。そして、それと同時に以前の円満な家庭の断片を思い出したのかもしれない。ゆみりはそんな風に考えてみた。

このように考えてみると、結局少女は魔法によって救われたのだと言えた。少女が主体性を持てるようになったのは、魔法により強い身体を手に入れ、自分に自信が持てるようになったからである。両親の仲の悪化は魔法による弊害かもしれないが、少女は同じその魔法のおかげでさらに前へ進めるようになったのである。

少女は自分の決断を悔いていたし、物語の最後でもまだ後悔しているのかもしれない。だけど、魔法による変身は、少女にとって幸福な決断だったのではないだろうか。

主観的な価値は時折誤った結論を導いてしまう。少女の抱く後悔の感情は不適切なものと言わざるを得なかった。

だけど、ゆみりだって他人のことは言えない。

少女が決断を後悔する場面を読んだとき、ゆみりも、なつみとの出会いを後悔しそうになった。物語の少女が自分と重なって見えてしまったのだ。ゆみりはそれを完全に否定できなかった。

後悔などしていないと必死に言い張ってみても、その声がどこまで自分に届いているのか、ゆみり自身にもはっきりしなかった。

あの時、本当は以前の自分に戻りたいと思っていたのかもしれない。友達など必要ないと本気で信じていた過去の自分に。

だけど、後悔などは主観的な価値判断に過ぎない。主観は必ずしも物事の本質的な価値を反映しないのだ。それはただの思い込みである。物語を通じて、ゆみりはそう思い知った。

だから、ゆみりは後悔に苛まれる自分を執拗に責めるのはやめた。あの時のゆみりは、なつみとの出会いを悪いものだと思い込んでしまったに過ぎないのだ。事実を正しくとらえれば、後からつまらぬ偏見は十分に覆せる。無事あの子と仲直りをして、後悔の感情は誤りであったと証明してみせるのだ。

――そして。

ゆみりの向けた視線の先に。

なつみは――いた。

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