ゆみりとなつみ その4

「門脇さんもお出かけ?」

 少女の一人が、座っているゆみりの視線の高さに合わせてきた。馴れ馴れしい笑顔を振りまいてくる。ゆみりの表情が渋くなる。

少女の名などゆみりは知らない。けれど、顔にはうっすら見覚えがある。――間違いない。この子たちはゆみりのクラスメートだ。わざわざ隣町まで遊びに来たのだろう。そして、偶然ゆみりたちと出くわしてしまったのだ。

別の少女は、向かいに座るなつみに絡みだしていた。初対面だろうに、いきなりため口をきいている。なつみはあまり気にならないのだろうが、無遠慮なその様子は傍から見てるだけでも不快だった。

「門脇さん、中学生のお友達がいたんだね」

 少女の一人が言う。長身のなつみを勘違いしたのだろう。すぐになつみが訂正に入った。

「あたしも六年だよ。だから、たぶんみんなと一緒」

「え! そうなの? ごめんねー。まちがえちゃった!」

 クラスメートたちはいっせいに笑い出す。姦しいことこの上ない。どうして大きな声を出さずにいられないのだろう。ゆみりには全く理解できない。

「すっごく大人っぽかったから勘違いしちゃったよー。あ、そういえば名前なんて言うの?」

 今更ながらに、少女たちはなつみに名を尋ねた。最初にすべきことだとゆみりは思う。

「豊崎。豊崎なつみ」

「なつみちゃんっていうんだー」

少女たちはまたゲラゲラと笑った。何がおかしいというのだろう。なんだか人の名前を馬鹿にしているように感じられて無性に腹が立つ。

「なつみちゃん、ちょっと立ってみて」

 少女たちに言われるままに、なつみは席を立った。すらりと伸びた体躯は少女たちの中で頭一つ抜けている。

「背たかーい! スタイルいい! モデルさんみたい」

「も、もでる?」

 なつみはいきなり妙なポーズをとった。モデル、という言葉に合わせたのだろう。ポーズの杜撰さから、本当はモデルの話になど興味がないとよくわかった。

 他人の事情もわきまえず、少女たちはただ自分が言いたいことだけをひたすら喋り捲る。

 ――我慢の限界だった。

 ゆみりはがたりと大きな音をさせて立ち上がった。周りの喧騒が一瞬で身を潜めた。その場にいた全員がゆみりのほうを見た。全員の視線を受け流し、そのままゆみりは階段を下りて行った。

 店を出ると、相変わらず日光が痛いくらいに照り付けていた。だけど、今のゆみりにとっては大した問題ではなかった。それほどにゆみりの身体は怒りで煮えたぎっていたのだ。

 普段なら口すらも利かないような奴らだった。現にゆみりは名前すらも覚えてはいない。それが――なぜ今日に限って出くわし、いつもなら見向きもしないゆみりに声をかけてきたのだろう。話したってまともな会話も成立しないというのに。

 おかげで食事の時間は急遽終わりを迎えてしまった。実際に終止符を打ったのはゆみりだったが、あの子たちが来た時点でゆみりの空間はすでに台無しになっていた。

あの図々しい笑顔。無遠慮な笑い声。少女たちの起こす一つ一つの動作がゆみりの神経を逆なでした。

――せっかく。

二人で食べる昼食だったのに。

「ゆみりちゃーん」

 呼び声にゆみりは足を止める。振り返ると、息を切らしてなつみが走ってくるところだった。いきなり店を飛び出したゆみりを追いかけてきてくれたのだろう。

 ゆみりは黙ったままでなつみを見ていた。ちょっと悪いことをしたかもしれない。場を壊した張本人はあのクラスメートたちだ。でも、ゆみりにも少し責任はあるのかもしれなかった。

 それに、少女たちに絡まれてなつみも困っているように見えた。当たり前だ。あれほどペースを崩される相手もいないだろう。それも含めて謝ったほうがいいかもしれない。ゆみりはそう思った。

「やっと、追いついた。ねぇ、ゆみりちゃん――」

 息が切れてるなつみはつっかえながら話し出した。全力で走ってきたのだろう。わざわざ引き留めに来てくれたのだと思うと、ゆみりは少し嬉しかった。

「あ、あの……」

 ごめんなさい、とゆみりが言おうとしたとき。

「――どうしてあんな態度をとったの?」

 なつみは怒っていた。口調もいつになく強かった。ゆみりはその気迫に一瞬ひるむ。そして、なつみの発言の違和感に気が付く。――怒りの矛先がゆみりに向いていた。

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