ゆみりとなつみ その3

 店に入ると順番待ちの列ができていた。昼時の飲食店は混雑するのである。ゆみりは苛立たし気に息をついた。ゆみりは人混みが嫌いである。

 隣のなつみを見ると、カウンターの上に掲げられたメニューを見てそわそわしていた。食べることが最優先のようである。待たされることは気にならないようだった。

 一人だったらすでに帰っていると思う。でも、ゆみりは何とかこらえてみせた。せっかくの、機会である。

 ゆみりは前に向きなおる。客の背中が視界に飛び込んできた。ゆみりは小さいのである。だから、長身のなつみのようにメニューを眺めることはできない。なつみは、もう注文を決めたのだろうか。

 また、帰りたくなった。ゆみりは大きく深呼吸をして気分を落ち着かせる。

 ようやく順番が回ってきた。ゆみりはカウンターに置かれたメニューに目を走らせる。

ゆみりの予想に反して、なつみは決めあぐねているようだった。二人とも一言も発さず時間だけが過ぎて行く。背後の客の視線が痛かった。

ゆみりは他人の目線が嫌いである。だから、半ば投げやりに普通のハンバーガーセットを注文した。早くこの気まずい状況から脱したかったのである。

 すると直後になつみも同じものを注文した。結局自分では決めきれなかったのだろうか。――いや。ゆみりにタイミングを合わせてくれたのかもしれない。

「……ありがとうございます」

 真意は不明だが、一応お礼を言っておいた。

「なにが?」

 何に対する礼なのか、本当にわかっていなさそうだった。気を遣ってくれたというのはゆみりの勘違いだったのかもしれない。

 トレーに乗った商品を受け取り、二階の座席に移動した。ゆみりはなつみと向かい合う形で席に着いた。

「いっただきまーす」

 包み紙を取り去って、なつみはハンバーガーにかぶりついた。ゆみりも小さくいただきますと言って、ポテトを一本口に運んだ。

 なつみの食べるペースは速かった。ハンバーガーを一口かじったら、すぐにポテトを三本追加する。そして、それらをコーラで流し込んだ。ちょっぴり行儀が悪い。

 もう少し味わえばいいのに、とゆみりは思った。せっかくの外食だ。ゆみりは自分のペースでゆっくりと食事を進めた。

 だから、ゆみりがハンバーガーを半分食べきるころには、なつみのトレーは空っぽになっていた。

「ごちそうさまでした」

 満足そうに言って、なつみは椅子に深く座りなおす。

「自分のペースでいいからね。ゆみりちゃん」

「……随分、食べるの速いんですね」

 少し非難がましい口調だった。ゆみりにとって外食の機会は貴重である。それを瞬く間に平らげてしまうなつみはせっかくの食事を無駄にしているようにゆみりには見えたのだ。けれど、そんなゆみりの棘には気づかず、なつみは大きくうなずいた。

「だって料理はアツアツのほうがおいしいもの。せっかくなら、冷めちゃう前のがお得だとあたしは思うんだ」

 ゆみりは手元のハンバーガーを見た。確かに目の前のそれは最初に比べると冷えていて、パンも少し硬くなっているような気がした。なつみにはなつみなりの味わい方があったようである。なつみの言うとおり、ハンバーガーもポテトも最初の一口が一番美味しかったような気もした。

「……それも一つの考え方なのでしょうね」

「でも、家だとよく叱られるんだ。がっつくのはみっともないって」

 なつみの母の言い分も分からなくもない。

「……おいしいのが一番だと思うんだけどなぁ」

 でも、やっぱりゆみりはゆっくりと食事をとりたいと思った。少し味が落ちたって美味しいものは美味しい。それを食べられる時間が長く続いてくれる方がゆみりは嬉しかった。

 食事は少し小説に似ているとゆみりは思った。

 速読というものがある。ゆみりはその技術を持っていないが、身に付けると数十倍の速さで本が読めるようになるらしい。その存在を初めて知った時は、ゆみりも是非体得したいと思ったものである。速く読めるということは、それだけ多くの本を短時間に読破できるということだ。その分多くの世界を目にすることができる。

 けれど、それは同時に一つの世界と向き合う平均時間が激減するということだった。どれほどの良作に巡り会っても、速読すればほんの一瞬で終わってしまう。

 質より量。量より質。どちらの考え方もある程度は正しく、ある程度は間違っているのだろう。ゆみりは後者を選択した。

だから読書量の割に、ゆみりの読書ペースは遅いのである。いろいろな本を読み漁るより、一つ一つとじっくり向き合うほうがゆみりは好きだ。

 食事に関しても同じだった。もちろんなつみの考えも納得はできる。でも、一口をじっくり味わうほうがゆみりの性に合っている。楽しい時間は長い方がいい。

ましてや、今日の食事は一人ではないのだ。早く食べ終わると、それだけ早くこの時間も終わってしまうような気がしたのである。

ゆみりは向かいに座るなつみを見た。面と向かい合うのはなんだか新鮮である。普段の席は横並びだったし、ゲームをした時もカウンターのような形の席に座っていた。

ゆみりは他人と向かい合わせになるのも嫌いである。きっと人間嫌いなのだ。班活動を強制される給食の時間なんかはいつも下を向いている。

――でも。

なつみの前だと、不思議と嫌な気はしなかった。

――そろそろこの子を、友達と呼べそうな気がした。

「あれ? 門脇さん?」

 唐突に、声をかけられた。少女の声音である。

ゆみりは自分が呼ばれているのだとすぐには気がつけなかった。なつみはいつも、ゆみりを下の名で呼ぶからである。名字で呼ばれることはめったにない。

嫌な予感がした。

 ゆみりは声のしたほうへ視線を向ける。それとほぼ同時に、なつみもそちらを見やった。テーブルの傍らに三人の少女が立っていた。

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