ゆみりとなつみ その2

図書館の外に出ると、焼けつくような日差しにさらされた。八月の中旬に相応しい陽気である。隣では、なつみがだらしない声を上げてうだっていた。大きく口を開けて、舌まで出している。

 目の前の道路を中年の女性が歩いていく。その手にはリードが握られ、小さな子犬が繋がれていた。この酷暑が辛いのは犬も同じようで、息遣いが荒い。だらりと舌を出して体温調節している。

 再び隣を見る。

 ――そっくりである。

「どうしたの?」

 ゆみりの視線に気づいて、なつみが訊いてきた。黒々とした瞳がゆみりを見下ろしている。

そう言えば、初めて会った時にも犬に似た印象を受けた記憶がある。その時は何となくそう感じただけだったが、今ならその理由が少しわかる気がした。

なつみは人懐っこいのだ。それは誰に対してもそうである。見ず知らずのおばさんに絡まれても嫌な顔一つしないし、迷子の女の子がいれば、すぐに力になろうとする。その姿は人間に慣れ親しんだ犬の姿に似てなくもない。

ともすれば、馴れ馴れしいとも言えるなつみの態度を、当初ゆみりは嫌悪していた。無関係の他人にいきなり声をかけて読書の邪魔をするような子なのである。第一印象は最悪だった。

けれど、今では一緒に食事をすることにも抵抗はなかった。不思議なものである。初めて会った時と、なつみは大して変わっていないというのに。単にゆみりが慣れただけなのだろうか。それとも――。

「あなたは、犬にそっくりです」

 思ったままのことを言ってやった。でも、別段悪い意味のつもりはなかった。どう解釈されるかはわからないが。

「いぬ? ……嬉しいような、なんか馬鹿にされたような」

 案の定、なつみは困惑した。炎天下の中、なつみは考え込んでしまった。

「深い意味はないですから。早く行きましょう」

 ゆみりが袖を引いて催促する。ぼうっとつっ立っていたら、熱中症になってしまいそうだった。ほとんどの時間を屋内で過ごすゆみりにとって、この暑さは耐え難い。

 ゆみりに急かされ、なつみも歩き出した。汗を拭いつつも、まだ犬のことを気にしているみたいだった。あれだけうだっていた割に、なつみはあまり暑さに頓着しないようだった。

 小学生の小遣いは少ない。千円札を持っているのはたまたまである。なつみの所持金はきっとそれより少ないとゆみりは思った。だから、店の選択はすべてなつみに任せることにした。

 食事に誘ったのはなつみである。だから、既に予定は立てているのかとゆみりは少し期待していたが、今の今までなつみは何も考えていなかったらしい。暑さに辟易していたゆみりはがっくり肩を落とした。でも、責める気は起きなかった。この子に計画性は似合わないとゆみりは思う。

「ゆみりちゃん、あそこでもいい?」

 なつみが指さしたのは全国チェーンのファストフード店だった。ああいうお店は数えるほどしか行ったことがない。けれど、ゆみりも別にハンバーガーやフライドポテトが嫌いなわけではなかった。それにこの猛暑だ。早く屋内に避難したかった。ゆみりはすぐに承諾した。

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