ゆみりとなつみ その1

 食事はつまらない。現実に引き戻される上に一人ぼっちだからである。

 母親と一緒に食卓を囲えるのは週に一度くらいだ。それも朝餉の時だけである。誰もいない部屋で食事する際には、いつもゆみりは本をお供にする。行儀が悪いが、誰の眼もないのだから別にかまわないと思う。

学校に行けば、大して交流もないクラスメートと無理やり顔を突き合わせ、給食を食べる羽目になる。クラスメートであろうと気の置けない相手はただの他人だ。赤の他人が周りに何人いようと孤独であることに変わりはない。だからこそ、ゆみりは物語の世界へ逃避したくなる。けれど、人の眼のある教室ではそれを許すものはいない。給食の時間は特にゆみりが嫌いな時間だった。おまけに栄養バランスしか考慮されていないような飯はやっぱりまずいのである。楽しい食事はほとんど記憶にない。――だけど。

読みかけの本を机に置いて、ゆみりは腕時計に目にやった。正午前である。午前中から図書館に来ることはあまりなかった。普段は昼飯をとってからここに向かう。母親が出勤前に昼飯を作っておいてくれるのである。だから、ゆみりが隣町の図書館に着くころにはだいたい十二時を回っているのだ。

ちょっと早く着きすぎたかな、とゆみりは思う。知らぬうちに楽しみにしていたのかもしれない。それは決して悪いことではないのだろうけれど、なぜか少し恥ずかしかった。

まだ、時間はありそうだった。ゆみりは再び物語の世界に戻ろうとして、

「ゆみりちゃーん」

 小声で名を呼ばれた。声のしたほうを向くと、なつみが手を振って歩いてくる。すっかり館内のマナーは覚えたようである。

「待たせちゃったかな?」

 正直に言えば、三十分は待っていた。けれど、それは単にゆみりが速かっただけだ。待ち合わせは正午ぴったりだったのである。文句をつけるいわれはなかった。

「大丈夫です。本、読んでましたから」

 本を手に取って、ゆみりは立ち上がった。

「あ……。それじゃ、待たせちゃったんだね」

 なつみの顔に不安そうな影が差した。人の顔色を気にかけるのはこの子の癖だ。半月一緒にいれば、ゆみりにもそれはわかった。

「私は怒ったりしてませんから。むしろ、読書の時間が確保できてよかったです」

「そ、そうかな?」

 なつみは半笑いになる。

「そうです。ですから、早くお店に行きましょう」

 さっさとゆみりは歩き出す。慌ててなつみはその背中を追った。

 なつみから昼食の誘いがあったのは昨日のことである。帰り際に突然言い出したのだ。ただの思い付きなんだろうと思う。けれど、ゆみりはすぐに返事ができなかった。一緒に食事をするなら外食になるだろう。そのためにお小遣いを母にねだるのは気が引けたのだ。ゆみりの家の暮らし向きは

でも、ゆみりの昼はいつも一人なのである。心の片隅では誰かと一緒にいてみたい気持ちもあった。さすがにゆみりも、なつみを赤の他人とみなすことはなくなっていた。

今朝になってようやく、図書館で知り合った女の子と昼飯を食べたいとお母さんに伝えた。その申し出は意外だったようで、お母さんは少し驚いているみたいだった。けれど、すぐに気前よく千円札を渡してくれた。こんなにたくさん要らないと返そうとしたけれど、お母さんはそれを受け付けなかった。

結局お札はしぶしぶ財布に入れた。それじゃ、今日の昼ご飯はいいのね、と母が訊いてきたので、ゆみりはうなずいた。母は少し残念そうな顔を見せながらもどこか嬉しそうに見えた。けれど、お母さんが何を思っていたのか、ゆみりにはよくわからなかった。

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