ゆみりと迷子 その10

 いつもの席に戻ると、すぐさまゆみりは本を開いた。なつみも少し遅れて隣に座る。

 ひよりたちは残った時間で一緒に館内を回るようだった。親子の時間を邪魔しては悪いので、なつみたちはいつもの場所に戻ることにしたのだ。

ちらりと隣に視線を遣ると、既にゆみりは物語の中だった。真剣な顔つきで紙面と向き合っている。

 その姿に、なつみは声を掛けるのを躊躇した。邪魔をすればきっと怒るだろう。出会ってから半月くらいだけど、ゆみりの性格は大体わかっていた。

 でも、言うなら今しかないと思った。明日では、既に遅いような気がした。

「……ゆみりちゃん」

 恐る恐る話しかける。不機嫌そうにゆみりは仏頂面を向けてきた。やっぱり怒ってる。

「……なんですか?」

「あ、邪魔してごめんね」

「別にいいです。どうしたんですか」

「あの……さっきは一緒に謝ってくれてありがとう」

 ゆみりの眼が驚いたように少し見開いた、ような気がした。でも、ゆみりが何を思ったのか、なつみにはわからなかった。ゆみりは再び視線を紙面に戻した。

「私はただ事実を述べたまでです。感謝されるいわれはありません」

 そっぽを向いたままで、ゆみりは淡々とそう言った。やはり、早く読書に戻りたいのかもしれない。けれど、なつみはさらに言葉を重ねる。

「そっか。――でも、あたしは嬉しかったよ」

「そう……ですか」

 ゆみりの頬にほんのり赤みがさした。それでなつみは気が付いた。

怒ってなどいない。この子は照れているのである。こちらに視線を遣らないのはおそらく照れ隠しなのだ。なんだかもう少しからかってみたくなった。

「待ち人の放送も、あたしのことを心配してくれたの?」

 更に頬が染まることを期待してなつみが言う。けれど、今度はすぐに顔を向けてきた。

「そんなことはないです。あれは単にひよりさんを呼び出すためにやりました」

「あう、……そうなの?」

 面と向かって言ってきたのだ。今の発言に嘘はないのだろう。なつみは少し残念に思う。

「……あなたは放送されても、あまり気にしないタイプだと思いましたので」

 迷子案内のことだろう。確かになつみは気に留めないタイプだと思っていた。実際には違ったわけだが。

「あ、一応気にしてくれたんだ?」

「まあ、一応」

「ありがと。――でも、やっぱりあれって恥ずかしいね」

 なつみは苦笑して見せた。

「そうでしたか。それは――」

 申し訳なかったですとゆみりは言った。

 今度はなつみが驚く番だった。なんとなくだけどゆみりは、謝らないと思っていた。初めて出会った時のことを思い出す。いきなりきっつい目つきで睨まれたあの日。けれど、今のゆみりは心なしか目線が穏やかになったような気もする。

――少しは友達になれたのかな。なつみはこっそりとそう思った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る