ゆみりと迷子 その9
「あ! ゆみりちゃーん。……と、誰?」
片手を振って、なつみが階段を下りてくる。なつみの声を聞いて、ひよりもこちらを見た。
「お母さん!」
ひよりが駆けだすのと、母親が娘に駆け寄るのは同時だった。母は階段の真下で娘を抱きしめた。
「ごめんね……ひより。お母さん、約束破っちゃった」
絞り出すような声でひよりの母が言った。母の胸元で娘はしきりに首を振った。
「いいんだよ……。ちゃんと会えて、よかった」
ゆみりも席を立ち、二人の元へ向かう。そこに悄然とした顔のなつみがやってきた。
「ゆみりちゃん。ひよりちゃんのお母さんと会ってたんだね」
「ええ。あなたと別れて一時間後くらいでした」
ゆみりはことの顛末をなつみに教えた。
「……それじゃ、お母さんを探す必要はなかったんだね。あそこで待ってればよかったんだ」
ますますなつみの表情が曇った。
「迷子扱いは嫌だというのは、私の勘違いでした。すぐに放送する手もあったんです」
なつみが弱くため息を吐くと、ひよりたちがこちらへ歩いてきた。
「ひよりを見つけていただき、ありがとうございました」
そう言って、ひよりの母はゆみりたちに向けて頭を下げた。ゆみりは会釈し、それを返事とした。
母に倣ってひよりもぺこりとお辞儀する。少女はすっかり泣き止んでいた。
「ありがとうございました。なつみさん。……お母さんに会えるまで一緒にいてくれて」
少女の言葉には本物の感謝が感じられた。二階で出会ったひよりは気丈に見えたが、やっぱり心細かったのだろう。なつみの存在が心強かったのだとゆみりは思う。
――けれど。
「そんなことない!」
突如発せられたなつみの声は、ひよりの感謝を拒絶した。なつみの顔は真っ赤だった。
「結局あたしは余計なことしかしてない。あたしが何もしなければ、ひよりちゃんもすぐにお母さんに会えたんだよ? ――あたし、ただの役立たずだよ……」
なつみはぽろぽろと泣きだした。ゆみりは何と声をかけるべきかわからない。人づきあいの薄いゆみりにとっては、初めて立ち会う状況だった。
でも、なつみが悪いわけではないとはわかる。ゆみりだって、ひよりをその場にとどめようとはしなかったのだ。
――だから、ゆみりは深く頭を下げた。
「ひよりさんと会った時、私がその場に引き留めればよかったんです。だから、悪いのはこの子じゃないです。……ごめんなさい」
なつみにかける言葉が見つからないゆみりは、一緒に泥をかぶることにした。けれど、これが正しい対応なのかどうか、ゆみりにはよくわからなかった。
「……この子はただ、ひよりさんの力になってあげたかっただけです」
「……ゆみりちゃん」
涙声で、なつみがぽつりと言った。
「顔、あげてください」
ひよりの母が取り乱したようにそう言った。
「お二人がひよりと会っていなければ、きっと私たちはまだ再会できてないと思います」
そうですよ、とひよりが続く。
「それに、なつみさんとたくさんお話しできて、私楽しかったです。だから、泣かないでください。……謝ったりなんてしないでください」
ひよりは幼子を相手にするように、なつみの手を取った。なつみの口から、高い声が絞りでた。
「ありがとう……。ひよりちゃん」
なつみはやっとのことでそう言った。
やっぱりひよりは大人びているとゆみりは思った。これでは、どちらが年下だかわからなかった。
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