ゆみりとゲーム その6
「あ、そういえばさ」
ゲームのスイッチを入れながら、なつみが言った。
「さっきどうして、あたしのやってるのがRPGだってわかったの?」
ゆみりは憔悴した。言われてみれば当たり前の疑問である。ゆみりは一度もなつみのゲーム画面を覗いてはいない。ゲーム未経験であることに加え、興味もないはずのゆみりがファンファーレのみでゲームの種類を判定などできるはずがないのだ。
ゲームへの関心がばれてしまう。そっけない態度をとり続けた手前、それは無性に恥ずかしかった。
「……ひ、一人でも楽しめるのなんてRPGくらいしかないと思ったんですっ」
「へ?」
なつみが不思議そうな表情を見せる。
「あなたが寂しそうに背中丸めてゲームしてるから、RPGくらいしかできるものはないと言ったんですっ」
「それはおかしいよ、ゆみりちゃん」
「何がです?」
ゆみりはむきになってなつみを睨んだ。
「ついさっきまで、RPGは皆でやるものだって、ゆみりちゃんは思ってたんでしょ?」
「あっ」
自ら墓穴を掘ってしまった。頭がひどく混乱している。なつみは口許に手を当ててくすくすと笑っている。お見通しなのだろう。ゆみりは顔が熱くなるのをひしひしと感じた。
「まあ、いいや。ここでしつこくなっちゃうのがあたしの悪いところだよね」
最後にもう一度ゆみりに笑いかけて、なつみはゲームの画面に視線を戻した。煮え切らないものがあったが、ひとまずゆみりもなつみの流れに合わせることにした。
なつみの動作をまねて、ゆみりも機械のスイッチをオンにした。軽快な効果音と共に、ゲーム機のロゴが画面に表示された。その後、いくつかの選択肢が表示されているメニュー画面に切り替わった。
「どれを選ぶんですか?」
「ちょっと待っててね。今呼び出すから」
どうやらゆみりが持っているゲーム機にカセットは入っていないようだった。なつみのゲーム機が親機となり、子機であるゆみりのゲーム機にゲームデータをアップロードする仕組みのようだった。
しばらくすると、ゲームタイトルとキャラクターアイコンがメニュー画面に現れた。これを選択すればゲーム開始ということになるのだろう。
だがその前にゆみりは、表示されたキャラクターアイコンに目が留まった。
へんちくりんだった。トロッコのようなものに乗ったそいつは犬のような、鼠のような、よくわからない風貌であり、口が妙に大きかった。見るからに低能そうで、トロッコなど操れそうにない。
おまけに可愛くない。ゆみりはこっそりそう思った。
ゲームを開始すると、華やかに修飾されたゲームタイトルの文字と、デモンストレーション映像が流れだした。様々な形態の四輪車が森林や洞窟、宇宙空間などを爆走している。そしてどの乗り物も、アイコンで見たような、どこかいびつなキャラクターたちが操縦しているみたいだった。何もかもが滅茶苦茶である。
「さあ、ゆみりちゃん、どのキャラにする?」
なつみはすでにやる気満々のようであった。言い出しっぺなので当然と言えば当然である。けれど、ゆみりはすでに気乗りがしなかった。
「……これは、何をしたいゲームなんですか?」
「レーシングゲームだよ。ルールは簡単。一番が勝ち!」
なつみはぐっとこぶしを握った。かなり力が入っている。勝負事は嫌いではないのだろう。
対してゆみりは競争という概念が嫌いだった。ほとんど勝てた試しがないからである。特に順位が確定するものは輪をかけて嫌悪していた。運動会の徒競走などは最悪である。もちろん運動音痴のゆみりは万年最下位であった。運動会の徒競走などその日限りでその場限りの催しものだが、実際に負けてみるといつも悔しかった。
ゲームは運動とは無縁だが、やり慣れていない点は同じである。勝機はゼロに等しい。ゆみりはそっとゲーム機をなつみに返した。
「あれ、やっぱりやらないの?」
「競争は嫌いなんです。一番に興味なんかありません」
精一杯の強がりだった。勝てないからやりたくないなどとは口が裂けても言いたくない。
すると、唐突になつみは声を上げて笑い出した。
「あたしの言い方が良くなかったね。一番が勝ちなのは事実だけど、変にこだわるようなところじゃないんだよ」
「勝ちは重要ではないと?」
「うん、別に負けたって楽しいものは楽しいしね」
よく、わからない。
百歩譲って勝ちが重要でないとしても、負けを良しとする理由がゆみりには見当たらなかった。何事であれ、負ければ悔しいし不快だ。不快な気持ちが良いもののはずはない。
負けたって楽しいとなつみは言うが、敗北と楽しさが共存する瞬間などありえるのだろうか。ゆみりに友達はいない。だから、勝負を挑まれること自体が稀有なのだけれど、負けたら悔しいことはゆみりもよくわかっている。
悔しい、でも楽しい。そんなのって――。
「矛盾していると思います」とゆみりは言った。
「それならなおさら一緒にやろうよ」
再びなつみは青いゲーム機を差し出す。
「遊んでみないとわからないこともあると思うよ」
ゲーム画面では、珍妙なキャラクターたちが変わらずサーキットレースを繰り広げている。こんなことの何が楽しいのだろう。ゆみりは不安に思う。
それにさ、となつみがさらに語り掛けてくる。
「負けるのが嫌なら、何度も挑戦すればいいんだよ。現実と違ってゲームはいくらでもやり直せるんだもの。百回負けたって、百一回目で勝てば、それはあたしたちの勝利だよ。……まあ、こういうことお母さんの前で言うと怒られるんだけどね。やり直せるのが当然だなんて思っちゃダメだって」
なつみは照れたように苦笑して頭を掻いた。その拍子に後ろに垂れた髪の束がひらりと揺れた。
実際の勝負は一回きりである。負ければ次はない。だから、現実をゲームのような感覚で受け止めてはならない。なつみのお母さんが怒るのもそれが理由だろう。その言い分はゆみりにもよくわかった。
でも、なつみの考え方にも少なからず魅力を感じずにはいられなかった。何度負けても、最後に勝てれば、それでよい。調子のいい話だが、たまにならそういう風に考えるのも悪くないと思う。
「分かりました。今日だけはあなたの考えに同意します。やりましょう、ゲーム」
ゆみりはゆっくりと、差し出されたゲーム機を手に取った。
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