ゆみりとゲーム その5
「待ってください」
「ん?」
「終わらせる必要ないじゃないですか。そのゲームソフトで遊ぶんじゃないんですか?」
だから、ゆみりも何事もなかったかのようにふるまうことにした。なつみは不思議そうに首をかしげる。
「これは一人用だよ」
――知らなかった。ゆみりは内容にしか興味がなかったのだ。
固まってしまったゆみりの顔を、なつみが覗き込んでくる。
「な、なんですか?」
「……もしかして、やってみたかったの?」
図星を突かれた。なんか悔しい。
「そ、そんなわけないじゃないですか」
必死に取り繕う。
「ただ、一人用なんて珍しいと思っただけですよ」
「そうかな? ざらだと思うけど」
「いえ、最近のRPGは複数のプレイヤーで協力するのが普通だと聞いています」
「おー、さすがゆみりちゃん。情報が広いねぇ」
「クラスの子の話を小耳にはさんだだけです。興味があるわけじゃないです」
「確かに、協力プレイをするソフトもたくさんあるよ。でも、それと同じくらい一人用のソフトも売り出されてるんだよ」
「……そうなのですか?」
なつみは机に肘をついて、あさっての方向を見た。そして、ほう、とわざとらしく一つため息を吐いた。
「ゆみりちゃんも、一人になりたい時ってない?」
唐突な質問だった。ゆみりは小首をかしげる。
ゆみりは大概の時間を一人で過ごしている。家では望まずとも一人。学校でも実質一人のようなもの。今も、本当なら一人のはずだった。だから、一人になることを意識的に願ったことはほとんどないかもしれない。
むしろ、孤独は嫌いかもしれなかった。そうでなければ、図書館など訪れず、自宅でじっとしていればいいのだ。小説の世界がなければ、ゆみりはとても孤独に耐えられそうにない。
けれど、同時にいたずらな慣れ合いを避ける節もゆみりにはある。合わせるのは面倒だ。ゆみりは周囲の流れに身を任せられないのである。
一人にはなりたくはない。けれど、適当な誰かと時間を過ごすことは嫌。ゆみりはだんだん自分でも本心が分からなくなってきてしまった。
「……ある……ような、気もしなくもないです」
回りくどい言い方になってしまった。内心の迷いがそのまま形になったみたいだった。
「えっと……今の、結局どっち?」
案の定、うまく伝わらなかったみたいだった。なつみは困ったように苦笑いしている。
「あります」
ゆみりは簡潔に訂正した。そうだよね、となつみの口角がくっと上がる。困惑が消えた。
「ゲームも同じなんだよ。身近な友達や、ネットなんかで繋がったどっかの人と一緒に遊ぶのも楽しい」
でもね、となつみは話を続ける。
「他人を意識しないで、自分のペースで進めたり、自分だけで関門を突破するのも、これはこれで楽しいんだ」
「……少しはわかる気がします」
でしょ? となつみは手を叩く。
「だからね、あたしたちは、一人の時も、一緒の時も、自由に選べるべきなのよ。協力プレイのソフトばかりだったら、一人の時間が作れなくなっちゃうじゃない? だから、こういう一人用のゲームソフトもまだまだ人気があるんだ」
ゲーム機から取り出したカセットを、なつみはアピールするように振ってみせた。
あたし、思うんだ――となつみが言った。
「友達って不可欠なものになっちゃいけないんだって。いなくても困りはしない、でも、いてくれたら嬉しい、そんな風に感じられる人を友達って呼ぶんじゃないかなって」
最後に、なつみはにっこり笑ってみせた。
ゆみりは――何も答えられなかった。
友達。その単語の語義をゆみりも何度か考えてみたことがある。けれど、明確な解が得られたことは、一度としてなかった。
ただ一つ、絶対の自信をもって言えるのは、学校で使われる「友達」は誤用であるということだった。ある辞書によると、友達とは互いに心を許しあって、対等に交わっている人、もしくは、一緒に遊んだりしゃべったりする親しい人のことだそうだ。そうであるなら、同室に詰め込まれた人間が、瞬く間に友達になるなどありえない話だ。
だが、否定的な意見は議論の進展に貢献しないとゆみりは知っていた。それでいて、自分自身の考えは持ち合わせていなかった。他人から提示される意見を、あれも違う、これも違うと退け続けるゆみりは、その言葉の真意の片鱗すら目にしたことはない。
けれど、目の前で微笑むなつみは、彼女なりの答えをすでに手に入れているみたいだった。
いなくても困らなくて、いたら嬉しい人。
なつみの意見をゆみりは何度か反芻してみる。間違いだとは言い切れない気がした。少なくとも学校の「友達」よりかは数倍もましだ。
でも、疑問もある。
いなくても困らないとは、どうでもいいということではないのか。どうでもいいからこそ、いなくとも困らないのである。そして、どうでもよければ、いても嬉しくなどない。
やっぱり、どこか不完全だ。ゆみりは勝手にそう結論付けた。
第一、なつみの言う友達の定義を満たす人間なんて存在するのだろうか。
いなくても困らず、いたら嬉しい人。
意地の悪いなぞなぞみたいだった。少なくともゆみりの生きる世界になつみの言う友達は存在しそうにない。
結局、私には友達がいないということなのだろうと、ゆみりは一人妙に納得してしまった。
「何か反応してよ、ゆみりちゃん。言いっぱなしは恥ずかしいよー」
なつみの猛烈な抗議に、ゆみりは我に返る。
「そ、そうですね。あなたの考えにも一理あるんじゃないでしょうか」
心にもないお世辞を勢いに任せて言ってしまった。本当は間違っていると思う。だけど、なつみはそんなことには少しも気が付かず、でしょ、でしょとさらに同意を求めて来る。
「それじゃ、改めて――」
なつみはバッグからほかのカセットを取り出し、手早くゲーム機に挿入した。
「ゲームしよ。あたし、ソロプレイも好きだけど、誰かと一緒に遊べるのも嬉しい」
今のは、ゆみりを友達として認めているというメッセージなのだろう。なつみの考えに従えばそうなるはずだ。
では、ゆみりにとってのなつみは――。
何なのだろう。
ゆみりにはよくわからなかった。
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