第8話 憂鬱な出社

 

 芥生は大した怪我もなく、すぐに退院出来たが、上司から一週間の休みを命じられた。

 理由は芥生に詳しい話を聞こうとマスコミが連日、市役所に押し寄せているからだ。


 ここ10年なかった魔物による人身被害は今一番ホットな話題で、毎日、テレビのワイドショーや報道番組で放送されている。もし、その話題の張本人である芥生が市役所にのこのこと出社してくればハイエナのようなマスコミの餌食になり騒ぎになるのは目に見えていた。

 

 そうなれば市役所も混乱して他の職員にまで業務に支障をきたす可能性がある。それを危惧した上司が世間の熱が冷めるまで芥生に休暇を与えたのだった。


 そして今日、一週間の休暇を終えた芥生が市役所に出社してきた。


「はあ……」


 憂鬱そうな顔で芥生は市役所の前までくると思わずため息をつく。そしてスーツの内ポケットから退職届と書かれた封筒を出すとそれを見ながら再度ため息とつく。


「はあ…… 25年か…… 長いようであっという間だったな」


 芥生はこの一週間、色々と考えた結果、人外対策課をやめる決意をした。彼は元々この仕事に関して年齢的な限界を感じていた。その矢先の事故だ。これをキッカケにやめる意思を固める事ができた。


 (若い時の俺ならあんな事にはならなかったはずだ……)


 そう思いながら市役所の中に入りトボトボと歩いていると後ろから由美の声が聞こえた。


「シゲさん!」


 芥生が後ろを振り向くと由美が走って近づいてきた。


「おう、由美、ってかお前、相変わらずその格好で出社してんのか?」


 由美はジャンパーにジーンズとそれにスニーカーといったカジュアルな格好だった。

 背は170センチと女性にしては高く髪型がショートカットな上にほとんど化粧もしていなせいか遠くから見ると一瞬、男性に見える。

 

 しかし、近くで見るとモデルのような素晴らしいスタイルをした美しい顔の女性だとわかる。


「当たり前でしょ、シゲさんこそなんでスーツなんて着てんの? 魔物が出たらすぐ出動しなきゃいけないのよ。出勤途中に魔物が出たらそんな格好じゃ戦えないわよ」


「まあ、それはそうだが、公務員としての立場もあるだろう……」


「そんな気にしてんの? 考え方が古いわね〜」


「そりゃまあなぁ、こちとらおっさんだからよ」


 芥生がおどけた顔で言うと由美はクスリともせず「あっそ」と一言いうとさっさと行ってしまった。


「全く、少しは先輩に愛想よくしろよな」


 由美の後ろ姿を見てポツリと呟く芥生の表情は少し寂しそうだった。


(あいつと仕事するのもあと少しだな……)


 25年前、理由は未だにわからないが日本に突如、多くの魔物があちこちで出現しはじめた。魔物は傍若無人に暴れまわり多くの人間を食い殺す。だが、魔物が出現すると同時に人間の中に魔法を使える者達が現れた。その者達は何故、自分が突然、魔法を使えるようになったのかはわからなかったが、魔法を駆使して魔物を駆除していく。

 

 そして魔法を使える者が年々増えていくと政府は魔法使いの人数や個々の能力を把握するため、実態調査を始める。その結果、魔法使いの子供は生まれながらにして魔法が使えるという事がわかった。


また、その子供の魔法能力は通常の魔法使いよりも強い魔法を使えた。


 それを知った日本政府は魔法専門学校を設立し子供たちをその学校に集め魔法の訓練を実施する事となった。


 由美はその魔法専門学校を次席で卒業した成績優秀者らしい。そのせいかプライドが高く自分にも他人にも厳しい性格のため、人によっては傲慢という印象を持たれる事が多い。


 芥生も最初は美人だが生意気な新人が入社してきたと思った。だが、一緒に仕事をしていくうちに根は優しくとても素直な性格をしている事がわかった。

 

 そのうち芥生は由美と仕事をするのが楽しくなっていた。そして、由美と一緒に仕事をするのもあと少しだと思うとさみしい気持ちが沸き起こった。


 だが、その感情を振り払うように芥生は首を左右に振った。


(もう、決めたんだ。後戻りはしないぞ。今、辞めないとまた同じ悲劇が繰り返される……)


 芥生は上司のいる部屋に向かう。そして扉の前に立つとノックをして中に入った。


「課長、失礼します」

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こちら柏市役所総務部人外対策課 黒咲 @kawa2

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