其の9

「うるさいっ!!」貴家は以前仏御前が妓王に投げつけたブロンズ製の置物を力一杯岬に投げつけた。「もうっ…いまが一番大事な時に気ぃ散らすな殺すぞてめえ馬鹿っ!!」そして妓王と仏御前の殺し合いに我武者羅に視線を戻して「ええ糞っ!!もう妓王の瀬戸際の試合って、勝てる見こみ絶対あるっ!!れっきとした武道の試合。警察来るはずないっ!!もうひあああああああああっく……武道の試合で死ぬことってある!!わざわざ警察止めに来ない!!亀山君の自慰っ猥褻って…カメラの死角になってて映ってなくこの全員合意の上だから猥褻行為には当たらないですって…ああああっもう!!竃山君…妓王が勝てる見込みはあるかねえええええええーーーーーーーーーーっ!!」

 そんな貴家の言葉など聞く耳持たず、彼はたた一心不乱に妓王VS仏御前に没頭しきって、ひたすら(妓王が勝ったならもうこの世界ってほんにいぃすてきぃ~♡)なる念仏を唱えながら血まみれの己が股にダーツを刺し続けていた。

「系のせいだ!!系のせいだ!系のせいだ!!」何かにハッと気づいたように岬がけたたましく意味不明の言葉を捲し立てた。「よ、世の中絶対やっちゃいけないことがあるぞお!!いまやっとわかった!そ、それが妓王系と仏御前系の性的対決だあああっ!!それだけは絶対やっちゃいけない、視覚的に問題ありすぎぃ!問題ありすぎぃ!問題ありすぎぃ!!とにかく問題ありすぎぃ!!だから、警察は系に動いたっ!!!警察は系に動いた!!警察は系に動いたっ!!系に!!」

 その時外からドアを激しく叩く音がしたので、貴家も岬も凍り付いたように竦み上がった。

 ドアはなおも激しく叩き続けられて、だんだんと叩き方に乱暴さが増してしまいには壊れんばかりの大音響になった。

「警察だっ!!貴家親麿呂さんはいるか?こら開けなさいっ!!」

 その声を聞いた途端貴家は目にも止まらぬ早技で脱ぎ捨てていたズボンをはいて、大きく深呼吸すると落ち着き払った様子でドアを半開きに開けた。

「おや…、これはこれは警察の皆様方お揃いで…。近くで何やら事件でもありましたのかな?何分と我が社はただいま取り込みの状態ですもので、まったく外の気配には気付かなかったのでありますが…、もし我々にできることがあれば何なりと協力は惜しみませんぞ!!」

 刑事は鋭い目を彼に向けたまま顔色ひとつ変えずに言った。

「…貴家親麿呂さんというのは、あなたかね?」

 一瞬貴家の頬がピクリと引き攣ったが、なおも余裕の笑いを浮かべて言った。「そうです、そうですとも!貴家親麿呂というのはこの私のことで…、まあ端的に言って害のない善良な市民の代表でも申しますかな…、それだけに実に飽きの来る退屈な日々を送っているわけでありますが。むしろそれこそが善良な市民の市民たる所以と申し上げたいわけでしてな、ははは…私その市民の務めとして警察にいかなる協力も惜しまないものですぞ!」

 刑事はイライラしたように彼の言葉を遮って、封筒から一枚の紙を取り出しその紙を彼の目の前に大きく広げて差し出した。

「貴家親麿呂さん、裁判所から逮捕状が出ています…。いいですか。9月14日12時45分、あなたを元恋人森川真琴さん殺害の容疑で通常逮捕します」

「あ………あ……あ……あうああっ!!」貴家は驚愕に目を大きく見開いて、膝からゆっくりと頽れていった。刑事が彼の手首に手錠を掛け、残りの警官は一斉に室内になだれ込んで来た。

「あっ!!あっ!!何をしているんだお前たち!!や、やめなさい!!やめないかっ!」警官たちは、妓王と仏御前の喧嘩というか…、既に死に掛けて血まみれの妓王を一方的に仏御前が叩きのめしている光景を見て腰を抜かすほど驚嘆し直ぐさま仏御前を取り押さえに掛かった。彼女の軽い腰の一降りで幾人もの警官が弾き飛ばされたが、歯を食い縛ってその腰にむしゃぶりつき30人ほどの警官が必死で山乗りになってやっとのことで天野響子を押さえ込んだのであった。

「はあはあ…ひいひい…9月14日1259分、天野響子さんだね、あなたもまた森川真琴さん殺害の共犯容疑で、はあはあ…通常逮捕します!ふう…」

「わぷぷぷぷぷぷっ!!…邪魔すんなぁ…!!妓王がもう少しで勝つところぉ……妓王が勝つ世界っすてきぃ!!邪魔すんなぁぷぷぷぷっわぷぷぷぷぷっ…!!」

「お、お、おい……お、お前……。な、な、な、何てことをやってるんだ!!」刑事のひとりが、下半身を丸出しのまま180度股を開き、血だらけの自分の股にダーツとスタンガンを交互に突き立てている亀山周一を見て目玉をひん剥いて腰を抜かし、彼を力一杯蹴飛ばしてその自瀆行為を中断させた。「お…、お前も、重要参考人として署まで同行して貰おうか、こ…このっ!!」刑事は周一の首根っこを摘まんで持ち上げ、犬でもしょっ引くようにして部屋から引きずり出した。

 貴家親麿呂と天野響子は逮捕され、そして加川稚絵は病院に搬送され、周一、岬、塚本の3名は警察署に一晩留置されて取り調べを受けいやというほど説教されたが、はなはだ反社会的であり道徳的には絶対許されざるべきものではあるけれども、どうも犯罪には該当しないようであるだろうということで、渋々ではあるが翌日には身柄の拘束を解かれたのだった。

 警察署を出た後、周一は一緒に拘留を解かれた岬、塚本と署の傍のファストフードショップに寄ってしばらく次の仕事の打ち合わせ等をし、何か力強く肯きながら彼等と別れた。その後彼はどうも奇妙な疑念に取り憑かれた様子で、急ぎ足で図書館に行き小一時間ばかり真剣な表情でいろいろと調べ物をしていたが、その疑念はますます深まったらしく、しきりに首を傾げながら図書館を後にした。そして取りも直さず稚絵の入院している病院へと向かったのだった。

 病室の前まで来ると、インタビューでも行われていたのであろうか、TV局や新聞、雑誌などのマスコミ関係者が入れ違いにゾロゾロと出てくるところであった。彼等の後ろ姿に首を傾げながら病室に入ってみると、昨日搬送された時点では血まみれの殆ど死んだ肉の塊だったはずが、驚異的な回復力のなせる業であろうか、ベッドの上に両脚を投げ出して点滴を腕に刺したままの状態でノートパソコンをいじっている妓王の姿が目に飛び込んできた。

「周一見て…、ネットはもう大炎上よ!」妓王がそっと周一に差し出した画面を覗き込むと、妓王VS仏御前の途中で警察の介入を許して尻切れトンボの結末となってしまったことに対する彼等の会社への鬱憤と詈雑言が嵐の如く吹き荒れていた。周一自身も人生最大の悲願ともいえる本物の妓王と仏御前の殺し合いの結末を遂に見届けることができなかった残念無念至極さはひとかたならぬものがあったので、彼等に餌付けされて妓王系仏御前系の何たるかに目覚めてきたファンたちの鬱憤というのは痛いほど理解できるのだった。

「稚絵、いまこんなこと言うのも何だけどさ。君と天野響子の殺し合いが最後まで行われていたとしたら、君は勝っただろうか?最後までやってたら、君は仏御前に勝ったかな?あの時あの瞬間、勝てる見込みは実際どのくらいあったかい?君は大いに天野響子に勝てる見込みがあったよねえええええええええええええええっ!?」

 稚絵は一瞬目を逸らしたように見えたけれども健気に語った。

「周一…、あの時ネットで中継を観ていた奴等の目には、100%私が負けると映っていただろうし、またわたしの勝利を予測した奴って、恐らく25億人中10人以上はいなかったはずって思う。それでも私は1%足らずの勝利の可能性を信じて、ほぼ100%負けたふうに闘い続けていたんだよ。その1%足らずの勝利の根拠となったのは、身体同士のぶつけ合いを通してひしひしと伝わってくる仏御前の圧倒的な生(なま)の身体に対しての自分の身体の無力感だったわけ。周一、その生(なま)の無力感を支えにしたからこそ私はほぼ死んでいきながらも最後まで希望を失わずに闘い続けることができたの。ねえ…周一にはわかるか?私が瀬戸際で感じたこの勝利への無力感が…」

「むむむむっ…!!」周一は拳を力一杯握りしめて何かに耐えているような唸り声を上げた。「生(なま)の無力感を支えにして…生で伝わってくる圧倒的な相手の身体感覚への勝利を…確信する………それって、あまりにも哲学的な…」そして突然絶叫するのだった。「『なま』ってのがそのキーワードなんだああああああああああああああああああああっ!!」彼は唾をペッペッ!!と吐き散らしながら喚いた。「『なま』ってキーワードなしにその感覚は成立しないっ」「『なま』ってキーワードなしに無力感で強敵への勝利を確信するなんてないっ!!」「『なま』ってキーワードがなかったら、そんなものはただの観念論だ」「『なま』ってキーワードがあるから、そ、そ…それこそが妓王系の、妓王系の妓王系たる所以なんだあ!!」「ああなま、生、なま、なま、いいっ♡なま、いいっ♡ほんにいいっ♡もう無性にすてきいっ♡いいっもうっとってもすてきいいいいいいいいいいい!!」そして疲れ切ったように声を落とした。「と、とにかく、君のその感覚は理解できる…はあ…、もうすっかり理解できるよ………」

「周一、さっき集塵社の本社の人が来て『時おり裏本プレミアム黄金倶楽部』のほうは正式に私が新社長として引き継ぐということに決まったんでよろしくね。あなたにはこれから副社長としてうんと頑張ってもらうから」

「ぼ、ボクが副社長って…!?ぼ、ぼ、ボクはそれこそ今後も妓王VS仏御前戦だけをしつこく続けていきたいんだけど、それやらせてもらえるかな?」

「おいおい、…当然それが『時おり裏本プレミアム黄金倶楽部』の骨幹を成す業務なんだから、また君以上にその任に相応しい人はいないんだから当然お任せするに決まってるじゃないの」

「あっそうそう稚絵。確か塚本君も加川新体制のもとでぜひやっていきたいって言ってた。ほら、彼も来年は卒業なんでできれば正社員として雇って貰いたいって。あと岬先生…あの上から目線の嫌な岬も稚絵が社長であるのであれば協力を惜しまないから、自分の力が必要な時にはいつでもオファーしてくれとか何か言ってた」

「うん、塚本君なら仕事はそこそこできるし何よりも人柄が誠実だから、地道な裏方作業にはピッタリだね。もちろんOKよ。それから周一がいう上から目線の嫌な岬についても、まあ彼は何といっても天才なんだし、性格の難点は抜きにして、これからも頻繁に協力を依頼していくつもりでいるわ。あと貴家についてだけど……それにしても…あの温厚そうな貴家が、殺人事件の犯人として逮捕されるなんてビックリね!!」

「うん、ボクもそれはビックリ!!確か、殺された森川真琴ってコは、貴家が妓王の純度90%といつか言ってた貴家の元恋人で…、その時には経済的な事情で別れたって言ってたけれど、実はそのままずーっと付き合っていて、そして新たに愛人にした天野響子と一緒に、何らかの理由によって殺害したんだよ、きっと…」

「そしてキミが見立てた私のその妓王純度ってのによると、確か…私は79%だったよね?するとそのコのほうが私よりもキレイってことなの?」

「違う、違う…。純度と美人度は似て非なるものだよ。ボク一度貴家のスそのコの画像を見せて貰ったことがあるんだけど、確かに造形的にはそのコのほうが妓王に近いと思う。でも直に顔を合わせた時に伝わってくる雰囲気みたいなものは、君の方が絶対妓王に近いって、貴家も言ってた」

「まあ私もその森川真琴ってコの顔は知らないんだしね…」稚絵は心なしか何かとても気掛かりなことがあると言いたげな様子で言った。「私彼女がどうして殺されたのか。またどんなふうにして殺されたのか。それがとても気になるわ…。周一は警察からその辺りの事情は聞いてきたの?」

「それだよ!!そ、それっ!!」突然周一は彼女の肩を力一杯掴んで揺さぶりながら喚き散らした。「そこがポイントなんだ!!いいか稚絵!!ボクは警察で事情聴取されている間中、刑事に何度もそのことを質問したんだ。つまり森川真琴は何故殺されたのか?また森川真琴はどうやって、どんなふうに殺されたのか?ってどっちが刑事かわからないくらいボクはしつこく繰り返しそのことを根掘り葉掘り刑事に尋問したんだ。身を乗り出してペッペペッペッ!!ってけたたましく唾を飛ばしてね。だけど刑事たちは頑なに口を閉ざして、『森川真琴は貴家親麿呂と天野響子によって殺された』『森川真琴は無残な殺され方をした』の一点張りで、結局肝心なこは何も教えてくれなかったよ。ねえ稚絵、稚絵は妓王として、妓王の見地からどう思う?稚絵は妓王の見地から、刑事は何か事件について隠したがっていると、思わないかい?稚絵は刑事は事件の真相が外部に漏れることを恐れていると、もう妓王の見地から思うよねえ!?」

「そりゃあ…誰だってそう思うでしょう。そこまで隠されればね…。この事件の裏には何か途方もなくおぞましい秘密があるわ。でも、それにも増してそこまでむしゃぶりつくようにしてその秘密を知りたがる周一が私とても怖い…」

「稚絵、ボク思うんだけど、ボクたちの『時おり裏本プレミアム黄金倶楽部』って面白い本を出す企画があるだろ?だから次の企画で警察が徹底的に隠蔽しているその秘密をとことん追求して、本の形にして世間に暴露してやったら如何かなものかと思うんだ。稚絵はこの案についてどう思う?ボクとしてはそりゃあ妓王VS仏御前戦の映像化ほどの股の間むらむら的興奮には欠けるものの、これはこれで蛇のような粘着性でもって喰らいついておぞましい秘密をいやらしく世間に暴露してやる期待感に満ち満ちていて、ボクとしてはまずまずのやり甲斐を感じるわけ」

「周一、その案いいかも!!森川真琴さんの弔い合戦の意味でも、ひとつその秘密とやらを会社の次のプロジェクトとして立てて、とことん追及してやるとしようか?」ふと稚絵は何か思い付いたのか、「…それにしても当時の新聞やTVでは、この事件のことをどんな形で報道したのかしらね?案外刑事が周一に教えてくれなかっただけで、既に事件の内容は世の中に報じられていた可能性だって考えられるし。仕事に取り掛かる前に念のために当時の新聞を調べてみる必要はあると思うよ」

「稚絵!それはもう調べた。もう既にね」突然周一はどうだと言わんばかりに自慢そうな顔をした。「稚絵っ!!ボクはねぇ既にここまでの会話のやり取りとほぼ同じ内容のことを、脳内で警察署を出た瞬間に素早く演算してね、ここに来る前に途中図書館に立ち寄って事件発表当日の新聞をすっかり全部調べて来たんだ!!」

「ふうん、そしたらどうだった?」

「驚くなかれ稚絵!!どの新聞にもねえ、『先日国土建設省と地元住民側との対立で休止されたままになっている山梨県のダム工事現場で無残な他殺体となって発見された若い女性の遺体は、東京のアパレルメーカーに勤務する森川真琴さん(27)のものと判明。警察は凶器に使われたと思われる2台のパワーショベルと数本のワイヤーロープを押収し、また現場に落ちていた別の女性のものらしき毛髪と1台のパワーショベルの運転席に付着していた男性の体液などを手掛かりに、事件に強く関与していると推測されるその二人の行方を追っている』とどれもこれもほとんど同じことが書いてあるばかりなんだ。つまりどの新聞も事件の具体的な手口については一切触れていない。恐らく警察はマスコミにも事件の詳細を漏らしていないんだよ!!」

「ふーん、どの新聞も『森川真琴は無残な殺され方をした』の一点張りで、遺体がどのように無残だったかは一切報道していないってわけなのね…。凶器のパワーショベルとワイヤーロープってのが、何かすごいヒントになりそうだけど…、これ、ちょっと想像しただけで、途轍もなくおぞましいことが出てきそうで私怖いわ。周一、これについて暴露本を出したら絶対バカ売れするね!それにしたって…マスコミも世間の人々も、遺体がただ無残だったってだけの記事で納得しちゃたのかな…?どこがどのように無残だったか?ってことには疑問を持たなかったのかな…?」

「いや稚絵…、実はボクたちの他にもそのことに疑問を持った人物がいるんだ。それは渡辺雄一郎というフリージャーナリストでね、彼は独自にその事件の調査を続けて半年後の『週刊ガスト』に自ら追求した事件の概要を寄稿しているんだよ。その記事によると、遺体発見現場付近の地面に三脚が立てられていた跡と思われる小さな穴を、彼は発見したようなのだ。しかもその穴は三カ所に分散してついていて、彼の推論によると、犯人は森川真琴殺害の過程を恐らく三カ所に設置されたビデオカメラから撮影していたのではないかと見ている。また2台のパワーショベルについても、1台を男…つまり貴家のことなんだけど…が操作し、もう1台を共犯者の女…天野響子のこと…が操作していたのではなく、1台を貴家が操作してもう1台はどうもリモコンで遠隔操作されていたのではないか?と推測している。というのは、1台からは男の体液や指紋などがたくさん検出されているのに、もう1台のパワーショベルからは人の乗った何の痕跡も見つからなかったからだ。また共犯者の女の毛髪や衣服が地面に擦れた時に出た繊維屑などは、ちょうど2台のパワーショベルがあった真ん中あたりの地面で遺体とともに発見されているんだ。このことから渡辺氏は、犯行時刻頃共犯者の女は被害者と共に身体がそれこそ密着するくらいの至近距離にいて、ビデオ撮影の被対象になっていたはずだとこう結んでいる。またリモコンがパワーショベルの運転席で発見されていることからも、男は1台のパワーショベルを操作しながらもう1台をリモコンで操作するというとても器用なことをやってのけていたらしいんだ。と同時に運転席には男の体液が付着していたことを考えてみると…女性にはない男だけの体液ってもうひとつしかないから!…この犯罪にはとても強烈な性犯罪の匂いがするという含みを残して記事を締めくくっているんだ。だけど渡辺氏にしたって、この犯罪が具体的にどうやって行われたのか、発見された時の遺体の状況がどうであったのか?までの肝心なヴィジョンまでにはどうも辿り着いていないんだよ。あっ、それと……あと言い忘れたけど…ワイヤーロープの先端には金具が取り付けられていて、その金具の形状というのが、その、何ていうのかな……人間の足首くらいの太さのものを固定するのに適したものだったらしいんだよ。ワイヤーロープ…、金具…ねえ稚絵、これらがもし凶器として使われたものだとしたら、その殺人の手口って一体どういうものだったんだろうね?」

「ふうん…、2台のパワーショベル…、数本のワイヤーロープ…、その先端に取り付けられた足首をとめるのに適した金具…渡辺氏はたった一人で随分詳しいところまで調べたわね。兎に角そこから先の捜査は我々の仕事ってわけね。ねえ、周一、渡辺氏は折角いろいろ調べてくれて豊富なデータを持ってるのだから、これを利用しないって手はないよ。キミ、その渡辺氏とやらを、私たちの捜査プロジェクトの一員に迎えてみたらどうだろう?まあ捜査の指揮は私が執るとしても、これからは渡辺氏と協力してやっていこうじゃないの!!」

「ああ稚絵…、ボクはいますごい充実感を感じてる!!そりゃあ勿論妓王VS仏御前の対決に取り組むにこしたことはないけど、だけど妓王殺しの真相を解明するために、キミである妓王といっしょにその真相究明に取り組めるなんて…これはこれでもう、夢かと思えるほどのボクにとって幸せな世界だよ!おまけにその妓王殺しの真相には、どうも妓王VS仏御前の対立が絡んでるぽくて…稚絵、ボクは頑張る。ああ…キミである妓王と一緒に妓王殺しの真相解明に取り組む…こんなほのぼのとした幸せがまたとあるであろうか……」

「やる気満々だねっ、周一。頼もしいぞ」

「ところで事件に使われた2台のパワーショベル、数本のワイヤーロープ…、その先端に取り付けられた足首をとめるのに適した金具などのアイテム…、また妓王が殺された時身体が密着するほど仏御前が間近な位置にいたことなどの諸状況を考慮すると…、ぼ、ボク、或る一つの途轍もなくおぞましい殺され方が否応なしに浮かんでくるんだけれども……」

 唐突に稚絵は言いかけた周一の口をぴしゃりと塞いだ。

「周一ストップだ!!捜査は地道な裏付けの積み重ねなんだよ。安直な想像は禁物だ!!それ以上言ったらダメだからねっ!とにかく、せっせと地道にデータを収集することから始めましょうよ…いいね周一」

 彼は疲れ切ったように窓のほうに歩いて行くとその窓枠に肘をもたせかけて外をぼんやりと眺めた。遠くのほうにスカイツリーとその陰に隠れるように小さく東京タワーが見えていて、その間を国際便と思われる大きな旅客機がゆっくりと飛び過ぎて行った。機体は少しづつ高度を下げていっており、間もなく空港に着陸すると思われた。目的地に静かに向かうその国際便の姿は、何かいまの彼等の状況と何だかオーバーラップしているように彼には感じられた。2台のパワーショベル…、数本のワイヤーロープ…、その先端に取り付けられた足首をとめるのに適した金具…これらのことから森川真琴がどんな殺され方をしたかが実は彼には手に取るように想像できたのだけれども、それは事件が実際に解明する日までは軽々しく口にしてはならぬことであると、彼は稚絵の言葉を固く肝に銘じるのであった。

    

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妓王 菩薩@太子 @kimchi

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