其の8

 貴家と天野響子の関係はその時点を境に決裂し、仏御前は住まいであるいまのオフィスから出て行くことになったので、貴家は慰謝料として1億ほどの金を彼女に渡し試合までの1週間高級ホテルのVIPルームを与えてやった…。代わりに仏御前の住居には妓王稚絵が住むことになり…、というよりもダメージがあまりに深刻で稚絵が自力で自分のマンションに帰れなかったためであるが…貴家は彼女が住んでいる期間特別に周一にも一緒に住むことを許可した。では何故稚絵が社長権限で自分で許可できなかったのかと言えば、確かに会社の経営権は稚絵に移ってはいたけれども、オフィスを賃貸を出費しているのは貴家であるので、彼女と言えどもその点に関してはどうすることもできなかったのである。

 周一は口を酸っぱくして身体の具合を医者に診せるよう何度も妓王を説得したが、彼女は彼女なりのプライドあってか頑としてそれを拒否した。しかしベッドプレイは可能で彼女のほうから求めてくることが多く、周一が損傷を気遣ってその身体にやさしく触れようとすると妓王は怒りを顕著に顕した。また周一のせせこましい視野での観察によれば、稚絵は頻繁に仏御前のイメージを脳内ヴィジョンに投写させているようであり、その最中にある時彼女自身の温度は他の部位に比べて明らかに高いように感じ取られ、またヒアルロン酸が如き芳しい粘液を僅かに分泌していること等を彼は鋭く発見した。周一はこの発見を勿論彼女に伝えるべきではないと自重し、内心ドキドキしながら、当たり前の観点から見てもそれが彼等男子の感じる性的むらむら感と同種のものであるとピンときたので、妓王が仏御前との戦いを前に或る種性的衝動を覚えていることについて、非常に奇妙な脳内葛藤を起こしたことはもちろんであるが、また反面(あの仏御前に対して性的むらむら感の入り混じった敵対心を妓王が燃やそうとは!)とある種の頼もしさを感じたのもまた事実であった。彼は新たに見いだした稚絵のこの奇妙な頼もしさから分け入って、それを手掛かりに何とか妓王が仏御前を倒す手立てのヒントに辿り着かないものかと、躍起になって自分の下腹部を激しく弄り回しながら脳内予行演習を繰り返すことで稚絵との共同生活を送ったのだった。

 その間貴家は巧妙な告知ビデオを制作してネットに発信していた。『女子究極の闘い。妓王系VS仏御前系!!驚異の7000万再生回数を記録した前作『SAKURAタンが稽古つけてあげるから穂香ぶつかっておいで~♡』を遙かに凌ぐ本作『チータンが稽古つけてあげるから響子ぶつかっておいで~♡』は、何と生身の女子による本物の妓王系と仏御前系の命を賭けたリアル肉弾戦!!女子同士の闘いにおいて、もはや本物の妓王系と仏御前系との命を賭けた大死闘に勝るものなし、並ぶものなし!!他の系の勝負なんぞ退屈で見てらんないったら。一世を風靡した『SAKURAタンが稽古つけてあげるから穂香ぶつかっておいで~♡』ですらこれに較べたらチャチなまがい物。もうあなたこの一週間ネットからいっときも目が離せないぞ!一週間のうちいつ始まっちゃうかわかんないからね、風呂にもトイレにも行けやしない。さあ、みんな、みんなこの世紀の大一戦を見逃すな!!そして、いよいよ本作に出演するハリウッド女優も顔負けの驚異の美貌の二人だけど、それが実にこの女子たちだっ…!!』ジャパネットタカタを彷彿させる禍々しい口上の後に写し出されたのは、妓王と仏御前、つまり加川稚絵と天野響子のプロフィルで、ここにも仏御前の絶対無比の強さを強調した後で、妓王の一見基礎体力不足で危うく見えながらも、しかし背景や効果音、カメラアングルのマジックによって(おっ!もしやこれはいい勝負になるかも!?)と思わせて、観る者の妓王寄りの性的むらむら感を極大にまで持って行こうとするせせこましい工夫が随所に施されていた。次に二人の武人のこれまでの活躍という名目でそのアクションシーンをスライドショー的にピックアップした動画に切り替わり、これは実物と以前周一がスキャンした萠えキャラたちを3D合成により戦わせたものであるのだが、もちろん仏御前が一斉に襲い掛かる萌えキャラたちをまるで巨人がコビトどもを蹴散らかす如き勢いでバッタバッタと倒していく無類の強さに対比させて、妓王のほうはといえば前の敵を攻撃している間後ろから蹴りを入れられたり、腰をかかえられてひっくり返されたり、大勢で寄ってたかって袋叩きにされる場面等々を入れるなどして、そうした心臓を逆撫でされる危うさの中にこそ逆に凜々しさを際立たせ、やはりこれも観る者の胸キュン♡感と性エネルギーを無制限に爆発させようという魂胆で満ち溢れたものに仕上がっていた。

 そして彼等の目論見通りに肝心の生中継がまだであるにも拘わらず、彼等のサイトのアクセス数は脅威の上昇を見せ、三日目には既に一日のアクセス数だけに限ってみても前作の再生回数と同等の7000万にまでも達してきたのだった。このうちプロモーション動画のダウンロード数が一日1000万増の率で増加しつつあり、つまり一日1000万増の勢いでで妓王VS仏御前対決の噂が全世界に流布しているということになるわけで、このままいけばそのアクセス数はねずみ算式に増していって1週間後のライブ中継の時点では何と世界の全人口の2割か3割ほどの人間が彼等のサイトにアクセスしているという途方もない計算になるのであって、さすがの彼等ももう小便をチビるほどビビりまくったのだった。

 五日ばかり経ったある夜のこと、周一がコンビニに夜食を買いに行った時、何やら店内から(妓王たる者その生涯に一片の悔いなし!!)(女子対決の冥利は妓王VS仏御前に始まって、妓王VS仏御前にこそとどめを打つべし!!)等と微かな呟き声が聞こえてきたので、耳を疑って声のした方を見やれば、何か相撲取りのように太ったオタク風の根暗デブが、「しゅふぅ~しゅふぅ~!!」と奇怪な呼吸をしつつそれらの独り言を呟きながら18禁雑誌コーナーで立ち読みをしていたのであった。デブの外見から判断して(多分これは彼等の動画の一般的なファンというよりか、むしろ例外的な異物に属する者ではあるだろう)との見当を周一はつけたのだが、それにしても妓王VS仏御前の宣伝効果が実にこれほどまでに市井の隅々にまで行き渡っていることを、具に実感できる目撃談であった。

 しかし周一が一番心配したのは稚絵の受けた深刻な身体的ダメージであって、そのダメージは一週間後に試合するのは絶対不可能であろうと百人いれば百人がともに共感するほどの明らかなものであったのだが、妓王の回復力は彼の想定を超えて目覚ましいものがあり、何と対決の前日までには立ったり歩いたりするどころか形だけながらシャドウで回し蹴りを放ったりフィギュアのスピンができるほどまでに回復を見せていたのだった。妓王のこの驚異的な回復力は彼の下腹部に春にそよぐ風が爽やか気に撫で掠める如き心地良さをもたらしてくれ、以前彼が仏御前によって受けた心の痛手を癒やされた経験などともにオーバーラップさせながら(この心地よさを有する者こそ、人類に於ける強者なり!)(愉快なほどに爽やかなそのオーラ、仏御前の大いなる闇を駆逐せり!)(宇宙に最強者ありとすれば、それは何をさておいても妓王に他ならぬであろうぞよ!)などのフレーズを次から次へと発せずにはいられなかったのである。この驚異の回復スピードにさらに岬の天才的メイク技術も加わって、稚絵の外見は既に以前とまったく変わらぬものになっていた。

 周一はもうそれこそ歯を喰いしばって彼女の快復力を絶賛することで、時折沸き上がって来る例の悪い予感を封じ込めるのであったが、それでも一つ二つ程度の悪夢が絶賛の目をかいくぐって時折噴出してしまうことがあり、その中の一つについ目を凝らした拍子に何かとても気になる霊感に囚われてしまった彼は、貴家にどうしてもと頼み込んで例のスタンガンを貸して貰ったのであった。

 稚絵には内緒でレンタルしたそのスタンガンを持って早速トイレに入った周一は、ズボンを脱ぎトランクスをズリ下ろして蒼ざめ緊張した面持ちでしばらくの間自分の下腹部とスタンガンを交互に見詰めていたが、やがて決心したようにスタンガンのつまみをMINにして自爆テロの決意で自分の局部に押し当てた。ブブー…ンブブブブブブブーーン……と局部から体内に流れ込んできた低圧電流は彼の想定を何倍も上回る激烈なものであって、あまりの驚きに彼は(だあああああああああ熱ちっば、馬鹿!ぶああああああああああああああああああああ熱ちいいいいいいぞっ…!!)と悲鳴をあげてスタンガンを放り投げ気違いのようにのたうち回った。(ぶああああ苦し苦し、痛っ痛っ、馬鹿馬鹿………、熱っ熱っ!!)涙を流し無謀な行為を後悔しながらもいまのショックの体感度合いから、これを1分以上押し当て続けたならば己の生命にかかわるとスタンガンMINのパワーを直感した周一は「よし、これならいける!」と何故か確信したように呟くのであった。MINの微弱な電流すらも彼にとっては生命を脅かす最大MAXと同じこの上ない脅威のものであったので、その後もう一度バスルームの中で両脚を限界まで開脚した姿勢のまま局部に20秒間押し当てることを試したところ今度は下半身の感覚が2時間ばかりなくなってしまって浴室から出ることができなくなり、そうした中で彼はこの思わず発見した電流の副作用に今度の対決中に自分がやるべきまたとない役割を見い出したのだった。

 彼は妓王VS仏御前の観戦に専念したいことと、技術の習得がまだ不十分であることなどの理由からカメラワークを外してくれるように貴家に頼み込んだが、貴家は(撮影には妓王系VS仏御前系の本質性を完全に把握した者の視点が必要不可欠)とどうしても首を縦に振らず、それならば社長の稚絵にと矛先を変えて頼んでみたものの同様の理由から最初は承諾を渋っていたのであるが、そこは恋人同士の強みもあって、カメラワークに長けた塚本に貴家が集中講義を施すことを以てどうにか承諾を得たのであった。また別のアングルから試合の模様を撮影するサブカメラマンがどうしても必要となり、それには天才的直感によって自分がいまなすべきことを瞬時に判断できる岬をその任に当てた。これで周知は心ゆくまでスタンガンを弄んでの妓王VS仏御前を観戦できる立場を得たわけであり、当日に至るまで彼の意気込みと歯の食い縛り方たるや並ならぬものがあった。

 対決6時間ほど前くらいから彼等のサイトのアクセス数が4億と8億の間を凄まじい勢いで行ったり来たりするようになったので、あまりのアクセス人口の多さにさしもの周一たちも腰を抜かすようにビビりまくって、当日の朝はリアルタイムでアクセス数を示すPC画面下部の表示バーの、目にもとまらぬ上下運動に目を釘付けにしたままであった。

「これについては、我々の告知した期限の正午まで余すところいくらもなくなりましたので、始まるその瞬間めを絶対に見逃すまいとアクセスが一気に急増したために起こった現象であると思われます。4億より下らないのは、サイトに接続しっ放しの人間がもちろん4億人いるためで、その他の4億は頻繁にライブ中継の開始を確認している人口であると思われます。またその4億の者が一斉に同タイミングで接続と切断を繰り返しているわけでは無論ありませんので、実際にはその4,5倍ほどの人間が点けたり切ったりを繰り返しているという状況になっているはずであります…つまり20億以上の人間が……!」

 貴家の言葉通りアクセス数の推移は時間とともに4億と8億の間から6億と10億の間へ、9億と12億の間へ、16億と18億の間へと上限下限共に増加していき、またその上限と下限の間の差は次第に縮っていきつつあるのだった。これは刻限が迫るに従ってこまめにサイトチェックを繰り返していた者たちが接続しっ放しの状態に移行していっていることを示していて、まだ接続したままにはしていない残りの人間もサイトチェックの頻度を急激に増やしているがための現象なのであった。

 開始1時間程前になるとアクセス数は22億と23億の間を推移するようになって彼等は顔面蒼白になりながらも、いや、こうしてはいる場合ではない…とばかりに準備のために立ち上がり、香港風ニンジャの巣窟ばりにセットし直したオフィスを再点検したり、カメラの配置とか進行手順などを念を入れて確認したり、その隅にパーティションで仕切った加川稚絵と天野響子の選手控え室を覗いてスタートがもうすぐなことを告げたり等々…と目を血走らせながら目覚ましく動き回るのだった。

 まず稚絵が地下洞窟に造られた岩肌剥き出しの忍者道場風のセットの中央に、もうすぐ登場するであろう地上最強の格闘技素人キャリアウーマンの新弟子を迎え撃つ道場の師範代という設定で静かに佇み開始の刻を待っていた。その細身の身体に付けているものは胸と腰に巻かれたさらし布のみで、そのうっすらと小麦色がかった括れた腹部やスラリと伸びた手脚等は、柔らかそうでありながら適度の絞まりがあり、目を凝らして見れば思った以上の身体能力と筋力があることを感じさせるものであった。

「加川社長、いいですか…くれぐれも途中までは台本通りに演じることを忘れないでください。そして喧嘩が始まったならば、それこそもう死に物狂いでむちゃくちゃ闘うことも忘れないでください。いいですか宜しくお願いいたします!!加川社長」本来指揮をとるべき妓王がこれから命を賭けた喧嘩をするために、ライブ中継の指揮は貴家が執っていた。塚本と岬がカメラを構えて仏御前の登場を待ち構え、周一はといえば股を165度…というかそれが彼の精一杯なのだが…開脚して自分の局部にスタンガンを当てがった姿勢になった…と思った刹那いよいよ貴家がスタートのキューを振った。

 開始から5秒ほどがしてアクセス数は25億を示した所でピタリと止まり、一瞬皆その数字に思わず目を向けたが、直ぐに自分が果たすべき使命に舞い戻りその仕事に埋没した。

 燕脂色の袴と本藍の胴着を身に纏った仏御前天野響子が悠然とカメラアングル内に入ってきて、セットの反対端に五間ほど離れて立ち妓王加川稚絵と静かに対峙した。仏御前は気力、体力共に最高潮に充実しきっているようで、その申し分のない身体のバランスは太からず細からず、スピードとパワーを明らかに兼ね備えているもので、霊長類女子最強者ありとせばまずこの体型以外にあり得ないと誰もがそう納得するほどの絶対的圧力に満ちていた。周一は仏御前から慌てて目をずらし妓王の小ぶりで柔らかそうな尻の山に視点を固定すると、165度開脚を保ったまま穴でも穿つレーザーの如き勢いで以てそれを凝視しているうちに何だか彼女のスリムな尻と同化したような心地良さが開脚した股の芯から急速に体内に入り込んできて身体中を縦横無尽駆け巡るような軽やかな気分になり、その股肉の軟化がトリガーになったのか165度開脚からガクンと175度まで一気にタガが外れ落ちてしまい、彼はいままで経験したことのない突然の限界超えの角度に心地良さの一方でハラハラドキドキと大いに慄のくのだった。ストレッチを日々の習慣にしている彼のこれまでの長い経験から鑑みても開脚165度が股関節の構造上の自身絶対限界であるはずが、それを10度超えしてなお内股の筋に鈍痛がありはするものの、それを上回る心地良さがそこに覆い被さっておるという事実は、いかほど稚絵のコンパクトな尻への同化が深いものであるかを如実に物語っていた。このままいけばあの180度開脚の念願の達成ももしや可能ではなかろうか?と彼は己の身体感覚に耳を澄ましてそう判断したが、さすがにそれには恐怖が先行したし、まだライブが始まったばかりの段階でその状態に移行するのは早急すぎると、思い留まった。

「ふふ…あなたが当道場に入門してきた天野響子ちゃんだね。あなたの娑婆での強面の噂いろいろと聞いているよ。なるほどなるほど、なかなかいいガタイしているじゃない。でも所詮は素人、私から見たらあなたまだまだ甘ちゃんで可愛い子猫ちゃんだわ。あたしがいろいろ教えてあげるからね子猫ちゃん」稚絵が貴家が作成したシナリオ通りの台詞を読み上げたが、彼自身何度も読み返して熟知しているにも拘わらず、見た目いかにも危うい稚絵がヴィジュアル的人類最強の仏御前にその台詞を吐くあまりのちぐはぐな物凄さに、周一の175度開脚の中心部にある物はモクッモクッと湯煙を上げながら海蛇のようにのた打ち回るのだった。

「ふふ…チータンが稽古つけてあげるから、さあ、響子ぶつかっておいで~♡」

 周一が悲鳴を上げる暇もなく、気違いの如く髪を振り乱した仏御前が全力で稚絵に重戦車のようなタックルを喰らわせた。その怒りの凄まじさは1週間前のそれをも上回るもので、この地上の何人たりともそれを食い止めること恐らく適わじと、多分これを観守る数十億人の全員が確信するであろう程のものだった。 

(さあ!いまこそ我が念願成就の時来たれり!!、待ちに待ちし妓王VS仏御前の対決ついに、我が人生初にしてここ我が目の前にていま奇跡とばかり宇宙のここに成就せん!!ごあああああああっもはや我全身全霊を傾けて神仏生命の限り、この結末をば南無妙の心を持って是非見届けんと欲するものなりぃ~~!!ごあああああああああああああああああああああああっ!!)すかさず周一はいまかとばかりスタンガンを己が下腹部に押し当てて、激烈な微弱電流を開脚中心部から流し始めた。かすかな電流が怒濤の如く彼の全身を駆け巡って体内の全細胞が悲鳴を上げながら狂ったように陰陽反転の発光を繰り返した。(ぶああああああああっ!!)既に全く感覚の失せてしまった両脚を、眼を妓王の臀部に釘付けにしたまま一気に180度開脚にまで持っていき、股関節がどうにかなってしまった如き深刻な肉体からの警告を、妓王の尻から周一の股の芯まで吹きそそぐ一陣の心地良さでもって打ち消し、真に妓王VS仏御前の観戦に酔いしれながら電流を股間に注ぎ続けるのだった。

「らあっ!!らあっ!!らあっ!!」

 前回の教訓から、仏御前突進の対応ができていた妓王はすかさず激突の際防御の態勢を取ったので、蹴鞠のようにライナーを描いて一直線に飛ばされることはなく、かなり飛ばされはしたものの直ぐに体勢を立て直して「らあっ!!らあっ!!らあっ!!」と一厘の野花を思わせる如きソプラノ声で腰高の華麗な回し蹴りを仏御前に向かって放つのだった。室内の固体液体気体を問わずあらゆる分子原子類を脅かす咆吼を上げながら、響子が大木もねじ倒すビンタを2,3発繰り出すと、彼女は白目を剥き意識が飛んだようにそのまま棒状に倒れかけたが、白目を剥いたまま何とも切な気な顔で体勢を立て直し「らあっ!!らあっ!!らあっ!!」と凜々しく腰高の回し蹴りを放つのだった。その有様まるで薄紙でよった紙縒りでもって巨大なサンドバッグを叩くようで、僅かばかりでもその天野響子の身体にダメージを与えているようには感じ取ることはできず、代わりに仏御前が過度に重厚な回し蹴りを唸りを上げて放ったならば、妓王は宙を回りながら素っ飛び落下した後も床の上を凄い勢いで回転しながら滑っていくのだった。しかしすかさずヘナッと死人のように立ち上がって土気色の切ない顔で「らあっ!!らあっ!!らあっ!!」と腰をヘタらせながら凜々しく回し蹴りを放つ姿何とも健気であった。ちょうどその時の両者の回し蹴りの際の股の付け根を比較するならば、力強く重厚なのに加えて緊密さすらをも感じさせる仏御前のそれに対して、妓王のそれはもしハイキックを放ったタイミングで同時にそこを蹴り込まれたならば風船が弾ける如くサラサラした分泌液を霧状に噴射しながら四方八方に飛び散ってしまう何とも希薄な様相に感じられた。勿論周一もちょうど同じタイミングでもって180度開いて千切れそうな自分の股の芯にさらに怒濤の如き微弱電流が流れ込み(ぶぶっ…ぶぶっ…)と堪えている最中であったので、彼女の股の希薄なイメージを己が股の如くリアルに感じ取ることができ、(心地良い希薄さこそは実際緊密さに勝れりぃっ!!)(いまにも四散する如き危うきものこそ難攻不落を凌駕せりぃその世界実にすてきぃっ!!)と奥歯を折れそうなほど力一杯噛み締めながら、壮絶な脳内思考を繰り返すのだった。

「おおっ…た、堪らんっ!!」周一ばかりでなく、貴家もまた完全に自制を失ったのか、目前の光景に血走った眼を釘付けにしながらズボンの上から己が下腹部を最大握力でもって握りしめておるようだった。

 ボキッと石灰組織が砕ける大きな音が響いたかと思えば、太く重厚な仏御前の回し蹴りとスリムで軽やかな妓王の回し蹴りとが、脛の辺りで絶妙の角度とタイミングで以て激突した音であった。そして次の瞬間「きゃひあっ!!」という稚絵の悲鳴とともにその脛があらぬ角度に折れ曲がったように周一には見て取れた。

(ぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷっ…)と塞がった喉を震わせながらスタンガンのつまみを一目盛だけ動かして通常の男性でも30秒程で値を上げてしまいそうな電流に稚絵への力一杯の想いを込めて耐え、血管の浮き出た眼球を皿のようにカッと見開いて稚絵のその部位を凝視したところ、折れたように見えた稚絵のその部位は何かの拍子に元に戻ったようでもあるようでないようでもあり、彼がその不可解さを不可解と認識するかしないかの内に、妓王はその折れたか折れてないかわからぬ脛で以て仏御前に回し蹴りを叩き込んだのだから、周一はもうたまげてしまって身体を大きく仰け反らせその拍子に何かゴリッ!と股関節の外れる大きな音がしたが、いまの彼はそんな激痛すら感じる余裕もないほどにその闘いに全身全霊で没頭していたのである。

「かっ、亀山君、いまのはど、どっちかね?どっちが、ええっ!?い…いまの折れたかね?亀山君、妓王の脛ったら…もう折れてないよねえええええええええええっ!!」あの冷静沈着な貴家もいまは完全に猛り狂って眼を真っ赤に血走らせながら自分の局部を野獣のように抓り捲っているのだった。

「うぷぷぷっ…その世界すてきぃうぷぷぷぷぷっ…!!その世界実にすてきぃ!!」勿論いまの彼が貴家の問いなど聞こえようはずもなく、ただぼんやりと(稚絵の脛が折れてないとすれば、さっきの音は仏御前の脛が折れた音か?だったらばもう仏御前の脛が折れた世界だったらってホントすてきいいいいぃぃ!)と思考を半ば自動的に展開させながら、とても折れたようには見えない仏御前の脛と妓王の脛を椎間板が外れてしまうほど首を激しく左右にブルブル振って気違いのように見較べるばかりだった。

 しかしそれほどに健気な稚絵の反撃のハイキックすらも凌辱するかのように、仏御前が凶暴さではち切れんばかりの太腿によって繰り出す渾身の回し蹴りをジャストミートさせると、稚絵は突如生物から無生物に変化したような死の気配とともにゆっくり頽れていき、それを見て周一は(はぷぷぷぷっ…はぷぷっ…はぷぷぷぷぷ…もうはぷぷぷぷぷぷぷっ…!!)と鼻血を噴水のように噴き出して、また折れた奥歯が頬を突き破って飛び出るほど噛み締めながら、放電中のスタンガンでもって自分の股間を死ぬほど叩きまくった。

 すると死んだかに見えた妓王が、豆腐のように全く力の入らぬ足腰に懸命に力を入れてへろ~んへろ~ん、ぽへろ~ん~と、もうまるで完全に死体の顔になりつつも健気に立ち上がり、「きゃひあっ!!きゃひあっ!!きゃひあっ!!」という断末魔の絶叫のような気合いと共にスピードもすっかり鈍ってしまった弱々しい回し蹴りをしかし形だけは凜として腰高に放つのだった。既に半分はあの世に旅立ってしまっていると見えて弱々しい回し蹴りがますます弱々しく危ういものになっていき、仏御前の一発一発に死の危険に満ちた回し蹴りを死ぬほど喰らい捲って酸欠にあっぷあっぷと悶えながら、それでも何十発に一発かは「きゃひあ~~~っ!!」と実に切な気に微弱な回し蹴りを放つ姿、心なしかもうこの世の絶景に喩えるほどの美があった。

「…これは殺戮だ!!……これはもうただの一方的な殺戮だぁ!!」サブカメラ担当で比較的余裕のある岬がいたたまれなくなったように喚くと、貴家がそんな岬を狂ったように蹴飛ばして、自分の股間をダーツで突っつきながら怒号を飛ばした。

「亀山君!妓王が勝てる見込みはあるかねえっ?亀山君ったら…、妓王が勝てる見込みはありますかあ!!亀山君ったらあああああああああああああああああっ!!」すると周一は妓王と仏御前に目を釘付けにしたまま貴家のダーツを夢中でひったくり、死闘に目を釘付けにしたままで貴家と同じように己が局部にズダダダダダダダダダダダーンと突き立て、右手のスタンガンと左手のダーツを交互に180度開脚の股の芯にマシンガンのように突き立て続けるのだった。「わぷぷぷぷぷぷぷぷぷぅぅぅ!!妓王が勝てる見込みある世界すてきぃ!!この世界妓王が勝てる見込みある世界いいいぃすてきひいぃ!!この世界すてきひああぁぁぁっ!!」

「こ、これは殺戮だ…、もうた、ただの一方的な殺戮だぁ…!!さささ殺人だあっ!!」岬は小声でそう叫びながら、PC画面に表示されるアクセスバーをそわそわと覗いたり、周一と貴家のおぞましい格好を見て目を剥いたりしていたが、窓の外を眺めてふと或る異変に気付いたようだった。

「あの、は…あの貴家さん、何か外でけたたましいサイレンが鳴り響いてるようですが…何か警察みたいですがね…。そして何かこっち入って来るみたいですが…うわっ、沢山の警官パトカー降りて何かこの建物入って来てますよう!!ま、まさか…もしや!!」

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