第125話 僕は旅で何を探しているのか
僕は旅で何を探しているのでしょうか――。
スイスではとあるご夫婦のアパートに二泊させてもらいました。ホスト同居型の民泊です。最初はお宅までの行き方をAirbnbアプリで説明してくれていたのですが、何とバスの停留所までご主人のマイクが迎えに来てくれるとのこと。初めてのもてなしでした。利用者は全て顔写真を登録するので、こちらも安心ですし、何よりこのような時に役に立つ。
マイクは停留所で「Askew?」と声を掛けてくれました。無事に合流できたのですが「他にもアジア人に声を掛けて不審がられた」と教えてくれて後に笑ったのも思い出です。
トラム、バス、鉄道の乗り方を教えて貰いながら、家へと向かいます。家では奥さんのレイラが待ってくれていました。お二人とも50代ほどでしょうか。ドイツにお住まいの二人の息子さんがいるそうです。
お二人は旅行者には慣れたもので「この時間ならオペラ座に行ったら良い。横にある夕焼けの湖が綺麗だよ。今は映画祭りをやっているからスターに会えるかもね」とオススメしてくれました。
早速、僕はお言葉に従い、夕方の街の散策に出かけたのです。夕陽が沈んで
家に帰ると、お二人はお食事を済ませ可愛らしいダイニングでゆっくりされていたのですが、僕の顔を見るなり「おかえり!!」と迎えてくれました。
「お腹は減っていない?」
夕方に着いて来てから何も食べていないので、素直に「お腹減りました」と伝えると「じゃあ、用意するね」と言って、当然のようにご飯の支度をしてくれます。
その日の晩御飯はロールキャベツ。
「さぁ、どうぞ。日本語ではこういう時なんていうの?」
「『召し上がれ』ですかね?」
「めすぃ、あがれ?」
「そうそう、『召し上がれ』」
(笑顔で)「めし、あがれ!」
そう言ってくれることが嬉しくて、ロールキャベツも美味しくて、この旅で一番思い出に残った食事かもしれません。早々に食べ終わってご馳走様をしたのですが、レイラは続けます。
「足りないでしょ? まだまだあるから食べてね」
普段から体重を気にして余り食べないようにしている僕の胃は既に結構一杯になっていたので「いやいや、お腹いっぱいだよ。大丈夫」と伝えました。
「何言ってんの、シャイなのね。遠慮せずに、ほら」と薦められます。
一瞬、頭の中でピッコロ事件(※1)が再来したのですが、せっかくなので美味しいロールキャベツをまた頂きました。何度食べても美味しく、目の前でその光景を眺めているお二人に何だか涙が出そうになります。
次の日も朝からチューリッヒの街の散策へと出かけました。陽も沈んできたころ、レストランを探していましたが小雨が降り始めたこともあり、僕はお得意の甘ったれな性格を発揮しました。お二人のご厚意に縋れるか期待したのです。
家へ帰るとお二人がミートソーススパゲティを食べていました。
「ただいま!」
僕が挨拶するや否や「おかえり、街はどうだった? お腹は空いていない?」と矢継ぎ早に聞いてくれます。僕は無遠慮に甘えて「お腹空いた! ご飯貰っていい?」と聞くと「もちろん!」とスパゲッティをよそってくれました。
そして、僕は今日一日どんな所に行って、何を食べたのかをお二人に話すのです。
そこで気付きました。
僕が一人旅で探していたのはこんなことなのです。
僕は家を、両親を、今でも探しているのかもしれません。姉がもうすぐ彼氏がいるカナダに遊びに行くとのこと。僕は実家を出て久しいですが、それでも実家はありました。しかし、姉が日本にいなくなったら、日本にいても誰かと結婚したら、僕には実家が無くなります。帰る場所が無くなるのです。
でも、この世には、一日会っただけで僕の帰りを待ってくれる人がいる。
また来てね、いつでも待ってるからって言ってくれる人がいる。
学生の時は、帰る場所があることの有難さを旅に出て感じていました。
今は、帰って来ても良いと思えるような経験を、場所を探している気がします。
「おかえり」と言ってくれること。
「ただいま」と言えること。
それは当たり前じゃないということ。
いつまでも続くものじゃないということ。
それでも今は幸せなのだということ。
それを何度も確認するために、僕は旅に出ているのかもしれません。
※1 ピッコロ事件
旅先で僕は一度だけピッコロになりました。良い感じに締まったのに最後にこの注釈を付けざるを得ないのは未熟さを感じます。しかし、この話から読んで頂いた読者にも楽しんで欲しい。その一心から付け加えました。
https://kakuyomu.jp/works/1177354054888425664/episodes/1177354054890424195
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