第112話 クジラはなぜ空を飛ぶのか


 疑問に思いませんか。なんでクジラは空を飛ぶんだろう。これは比喩では無くてですね。幻想的ファンタジー世界ではクジラは空を飛ぶんです。Pixivやゲームなんかで、クジラそのものだったり、クジラ型の船が空を飛んでいるのをよく目にする気がします。「クジラ 絵」とかでググってみて下さい。多分、クジラ飛んでます。


 考えてみると4つほど理由が見つかりました。なので、つらつらと語ってみたいと思います。


 まず一つ目、大きいから。

 クジラは世界最大の動物です。(※1) その上、海生生物です。34mにも達するその体躯は畏怖と畏敬の念を呼び起こすほど巨大で他に例が無い。この大きさは重要です。生物学的にはイルカもクジラも区別は無いですが、イルカは空を泳ぐよりも空高くジャンプする軽やかな瞬発性を想起させます。これはひとえに大きさの違いからではないでしょうか。対してクジラは暗い海の中に浮かぶ巨大な闇。ただ大きいだけで根源的な恐怖を呼び起こす存在です。そんな生物が空を飛ぶ。なんて幻想的で、浪漫的でしょうか。空に流れる雲のスケール感からしても、この巨大さが類比アナロジーを生み出しているように思うのです。


 二つ目は、習性。

 クジラはブリーチングと言われる大ジャンプを海面で行います。白い水飛沫を巻き上げて、海面を割る光景は圧巻。しかし、その目的は未だ解明されていません。人は理由が分からないと恐怖する生き物ですからこう考える人もいたのでしょう。「クジラは空を飛びたいんだ。真っ暗な深海で雲がたなびく空への憧憬を持っているのだ」と。トンデモ理論ですが、想像力を刺激するには十分な習性だと思いませんか?


 三つ目、神格生物だから。

 クジラは高い知能を伺わせる行動と、人間の生活に密接に関わりあった生態から日本を始め、各地で神と崇められています。日本では恵比寿と呼ばれ(※2)、七柱の一角を担っています。「そりゃ、神だったら飛んじゃうよね。飛ばしちゃえ!」みたいなふざけた遊び心が想像できます。え、そんなんで飛ばしちゃっていいの? と思いますが、アニミズム信仰が強く残る日本なら納得できちゃうのが面白いところ。


 そして四つ目。これが上記に比べて最も影響が大きいと個人的に感じています。特に戦後の日本人にとって、でしょうか。


 クジラが空を飛ぶのは「イメージ戦略の賜物だから」です。


 さて、思い出してみましょう。ピカピカのランドセルを背負って、ドキドキわくわくしながら登校したあの日を。真新しい紙の匂いが残る教科書を取り出すと、そこには不格好なひらがなで自分の名前が書いてあります。教科書をめくると青色のイラストと子供達が目に飛び込んで来ます。


 天まで とどけ、一二三。


 皆、大きな声でこのフレーズを繰り返します。


 天まで とどけ、一二三。


 そこには、青い空を悠々と泳ぐ、白いクジラがいるのです。



 もうお分かりですね。

「くじらぐも」

 小学校一年生の国語の教科書に載ってあるお話です。掲載が開始された1971年から実に50年近く読まれ続けてきました。これこそ、クジラは空を飛ぶものだと想起させる種なのです。

 いわば、日本政府の陰謀。クジラを空に飛ばし、空飛ぶクジラを小学生の幼心に刷り込ませる秘められた計略。このお話を覚えていなくとも、みな、心のどこかで空飛ぶクジラを飼ってしまっているのです。


 なるほど、クジラが空を飛ぶのは教育の成果なのだ。見事なほど巧みなイメージ戦略だと思いませんか。子供たちの無意識に埋め込まれるクジラ。これが成功したからこそ、僕たちは幻想的なクジラのイラストを楽しめるんですね。


 ……じゃあ、もしかすると他の生物も行けるのでは?!

「チベットスナギツネぐも」とか、「スベスベマンジュウガニぐも」とかどうでしょうか。


 天まで とどけ、一二三。

「もっと たかく とばんと、とどかへんで」

 チベットスナギツネは、びみょうな ひょうじょうで、おうえんします。


 天まで とどけ、一二三。

「あ、とどいてもええんやけど、おれ めっちゃ どくあるねん」

 かぜが、みんなを 空へ ふきとばしましたが、みんなは ひっしに にげました。



 ……全く微笑ましくありません。第一、名前が長い。そして、関西弁の時点で教科書に載せられない。

「みてー、おかあさん。あのくも チベットスナギツネみたい!」

 これは微笑ましいのにね。おかしいな。


 やっぱり、クジラじゃないと駄目なようです。クジラが空を飛ぶのは必然のようですね。






※1 クジラは世界最大のですが、最大のではありません。答えはこちらをどうぞ。

https://kakuyomu.jp/works/1177354054888425664/episodes/1177354054889874534

性格は変わんねー、という記事の中でちらっと書きました。


※2 クジラ=恵比寿 (コトバンク 日本大百科全書(ニッポニカ)より引用)

『日本の漁村では、クジラがえびす(恵比須)として信仰の対象となっている場合が多い。それは、クジラをとる立場からではなく、クジラがイワシやそのほか群集性の魚を沿岸に追い込んでくれ、それが漁民に大漁をもたらすからである。』

https://kotobank.jp/word/%E3%82%AF%E3%82%B8%E3%83%A9-764405

やたら詳しい解説で読んでいて面白かったです。ちなみに、チベットスナギツネは3行でした。

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