第98話 影響を受けやすくて困る


 僕はすぐに影響を受けます。現実の人物の在り方よりも心情的なことですね。特に音楽、漫画、科学書籍、エッセイ、アニメなどありとあらゆるメディアでよく震えます。映画やドラマも良いのですが正直あんまり見ません。所要時間的に見るのに気合がいるから敬遠してしまいます。勿論、好きな映画はいっぱいありますけどね。最近は機内で見た「Green Book」がガチっとハマりました。


 黒人ピアニストShirleyが白人ドライバーTonyと、差別意識が残るアメリカ南部を公演して回る実話です。音楽も良いですし、頑固で礼儀に煩いShirleyと粗暴なTonyの掛け合いが面白い。そして、真に迫るこの台詞。


 ――So if I’m not black enough, and if I’m not white enough, and if I’m not man enough, then tell me Tony, what am I?!


 綽然しゃくぜんとして紳士なDr. Don Shirleyの悲痛な叫びは何度聞いても心が動かされます。こんな人々がいた、そして今もいることを考えました。興味があればトレーラーだけでも見て下さい。3分もかかりません。(※1) 機内では英字幕Verしか無かったので、会話は殆ど理解出来ていませんが、それでも感動しました。そんな浅い鑑賞体験でも感動できる自分のツボの浅さにも感動しました。アホで良かった。


 話がズレましたね。さて、影響を受けやすい人は容易く考えが染められます。恋愛作を読んで恋愛をしたくなったり、社会不適合者の奮起を見て発奮したり、興味深い学説を手放しに受け入れたり……。内容は多岐に渡りますが、数日は読後ロスというのか、感動の残響が宿り、感傷を引き摺り、それに伴って行動し、何かが変わったような錯覚に陥ります。


 ただ、困ったのは一貫性がないこと。影響を受けるのは良いのですが、その後、他の影響も受けるので目移りが激しい。良いなと感じると、以前の行動と辻褄が合わなくとも実行に移します。短絡的で衝動的な欲望に抗えないんですよね。馬鹿の一つ覚えのように感動したことをトレースしようとします。最たるものが大学生の最後の夏休みでした。


 以前、『信じれば夢は叶うなんて馬鹿の言うことだ』と書きました(※2)が、そこで言及したように、僕は羽海野チカさんのファンです。「ハチミツとクローバー」もしきりに読んでいました。大学生真っ只中、大学が舞台の恋愛漫画を読む。自殺的ですね。


 漫画世界の虹色の生活を眺めると憧れは無駄に増幅し、バラ色の大学生活とは程遠い現実を際立たせ、その自傷的な行為に一種の甘美さえ感じていました。この物語では主人公の竹本くんが好きです。これほど回りの人間より才能に欠けていて、ヒロインとも結ばれない恋愛漫画の主人公を知りません。でも、恋愛模様の中でほんのり光っているんですよ。


 そりゃもう、多感な大学生は行動に移しちゃうんです。恋愛漫画なんて読んだらいてもたってもいられませんでした。皆さんもありますよね、そんな若き日の軽佻浮薄けいちょうふはくな振る舞いも。


 という訳で僕はすぐに思い立ち、4回生の夏休みにある計画を立てました。





 関西から北海道の宗谷岬まで自転車で行こう――と。





 

 

※1 Green Bookトレーラー 英語版の方がオチが笑えるので好きです。

公式トレーラー| https://www.youtube.com/watch?v=uC-_Gon2p9M

日本版    | https://www.youtube.com/watch?v=awUd_khNEcc


※2 信じるだけで夢が叶ったら訳無いですよね。

https://kakuyomu.jp/works/1177354054888425664/episodes/1177354054888793400

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