第97話 本との邂逅


 人と人の出会いは何とも不思議なものです。全くの偶然の中に必然性を感じさせるものが多分に含まれています。そのことを生涯感じることが出来れば幸せなのではないかと思うのです。


 僕は3月末に日本に出張しました。サンフランシスコから羽田直通の便でしたが、急病人が出てアラスカのアンカレッジに緊急着陸して離陸の目途も立たないまま3時間ほど立ち往生したのです。時間を持て余すと潰そうとするのが人の性というもの。たちまち機内は席が近い人々とのお喋りの場へと早変わり。そこらじゅうで立ち上がってSmall Talkが交わされていました。


「日本人の方ですか?」


 日本語で話しかけてくれたのは隣に座っていた人の好さそうなご年配のご夫婦です。かつて僕の地元に近くに住んでいたことが分かり「It's a small world‼」と打ち解けるのに時間はかかりませんでした。数時間後、無事、飛行機はアラスカの地を離陸し、羽田へと降り立ちました。既に遅刻が決定していた飲み会へと急ぐため、ボーディングブリッジでお別れの挨拶をしたのは3ヵ月前のこと。


 僕は今、サンフランシスコのご夫婦の家でコーヒーとクッキーを頂いてご夫婦とのお話しに花を咲かせています。ぽかぽかとした日の光が窓から射しこみ、手作りのおやつを嗜みながら、ゆったりとした午後の居間には快濶な笑い声が響いています。


 事前に是非お時間を頂けないかと旦那様に連絡を取っていたのです。出張だったので時間も限られていましたが、折角なので、と快くお家に招いて頂けました。


 バスを乗り継いで住所を頼りにお家を探します。お家の近くでお電話しましたが、案の定行き過ぎてしまっており「だから、バス停から降りたら電話頂戴って言ったじゃない」と笑いながら呆れられて、ぺこぺこと頭を下げました。


 お洒落なビクトリア調のお家の中は綺麗に整理された本棚が並び、洋書と和書が入り混じった棚を眺めるとまるで映画の中に来たようで現実味がありません。


 手ぶらで来た失礼な若者にも構わずおもてなしをして頂き、サンフランシスコの街のこと、ご夫婦の日本での旅行のこと、かつての地元での生活のこと、様々な話題に笑いが咲きます。


 素敵な午後のひとときを過ごさせて頂いた後、一冊の本をプレゼント頂きました。

 William Saroyan 「MY NAME IS ARAM」

 ――とても素直な英語ですよ。そう言って、旦那様は笑って差し出してくれました。


 人との出会いは不思議です。この異国の地で、年齢も経歴も異なる人が出会ったのですから。関西で過ごした日々を共有して、一冊の洋書が深い皺の刻まれた手から苦労を知らない手へと渡りました。本との出会いも、人との出会いに例えられますが、どちらとの出会いも同時に経験するなんて、何という僥倖でしょうか。


 カクヨムを始めてから綴られる物語に殊更意識を向けるようになりましたが、こうして繋がることもあるのですね。


 人も、本も、全てが邂逅。


 その不思議さを、素晴らしさを、忘れないでいたい。


 そう思いました。

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