第96話 行き止まりを楽しむ
僕は今、UC Berkeley(※1)に来ています。世界有数の超一流大学のキャンパスは広く、ノーベル賞受賞者しか停められないParking Lotがあったりと全てのスケールが大きいことに驚きます。
サンフランシスコは前情報通り、朝晩はジャケットが必須なほど肌寒いですが、お昼はぽかぽかと温かく、絶好のお散歩日和となっています。
朝方に空港に降り立ち、その足で
ゴロゴロとキャリーケースを引きずりながら、
坂の上からの一望は素晴らしいに違いない、登れるところまで登ってみよう。僕は息を切らして、うんしょと荷物を運んでいきました。
ずいぶん登ってきたでしょうか。どこに行くにも坂だらけになってきました。古くてお洒落な図書館の如き
斜面ではいくつものタンポポが綿毛をつけ、とかげが道の縁でひなたぼっこしていました。僕が近づくと、とかげはちょっとだけ逃げます。道に沿って逃げるので、追い付いては逃げ、追い付いては逃げ……を繰り返しました。なんだか一緒にぽてぽてと散歩しているようで、楽しくなります。しばらく肩を並べて歩きましたが、ついにとかげは草の影に潜り込んで見えなくなりました。
しばらく登ると道路は大きくカーブを描いて折り返します。歩道はカーブの始まりで途切れ、ショートカットするように木製の階段が折り返し先に続いています。ここまで来たんだしな……。足に少し疲労感がありましたが、荷物を持ち上げて階段を登ります。
よしもう少し……。と階段の終わりに差し掛かった時、僕は道の先に道路を遮っている厳重なゲートを見つけてしまったのです。
……ここまでか。守衛さんに見つかる前にそそくさと階段を数段おりました。僕は進退
遠くで
しばらくなにもせずにそこに座ってぼんやりしていると、ふと、ひらひらと何かが視界の端で揺れます。視線を落とすと、そこには茶色の小さい蛾が頼りなく、でも自由に羽ばたいています。
――広がる緑と青の下で、鮮やかな蝶が舞っていたら絵になったのにな。
僕は目の前の中途半端な眺めと、薄茶色の蛾に苦笑し、自分の無計画性と馬鹿さの帰結に現実を知るのでした。
――でも、なんだかこの景色は忘れない気がする。
同時にそうも感じているのです。行き当たりばったりなんて
時々通る車の主人はみな不思議に思ったでしょう。こんな辺鄙な場所で大きな荷物に腰掛けた東洋人がぼんやりしているのですから。道に迷い、往生した哀れな旅行者と写ったに違いありません。しかし、僕はその時階段に佇み、取るに足りない景色を目一杯楽しんでいたのです。
※1 UC Berkeley
カリフォルニア大学バークレー校。世界最高峰の大学の一つ。マンハッタン計画に携わる等、原子力開発に大きく貢献。赤茶けた
◆後日談
その翌日、先輩の研究室に連れていて貰えることになりましたが、僕の行く手を阻んだあのゲートはまさかの研究所への入り口でした。昨日、息を切らして歩いた道をすいすいと車で上り、ゲートを通った時はなんとも言えない気持ちになりました。山の上からみた景色はとても綺麗でした。
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