魚印章

安良巻祐介

 魚の形をした木彫りの小さな印鑑を、かわず池のほとりで拾った。

 つまみ上げたそれを、掌に乗せて眺めてみる。

 その辺りは冷たい夜露でしっとりと湿っていたが、印鑑は不思議にきっぱりと乾いていて、小さいながらに凝った造りをしている。

 何の魚だろう、鯉だろうか、鮒だろうか、と、ためつすがめつしていると、「ウグイ」と しゃがれた声がして、ぬるりとした手が、印鑑を掌から摘まみとっていった。

 あっけに取られて見やった目には、とぶんという水音を伴ってかわず池に広がる大きな波紋だけが映った。そして鼻先には、ひどく生臭く青い風が……なるほど、河童の認印とはあれのことかと、一人で納得しながら帰ったのである。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

魚印章 安良巻祐介 @aramaki88

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ