暴走する麻友
気がつくと私は先ほどと同じ冥宮の通路に立っていた。さっきまで澄川月子や亜紀と揉めていた場所だ。
一応、月子を説得するのに成功してそれからどうなったんだっけ?と考えて、やけになった亜紀に銃で撃たれたのだと思いだす。
けれど、彼女に撃たれて潰れたはずの右目は普通に見える。というか英雄の力なしでは眼鏡でも作ろうかな、と思っていた視力がやけに良くなっているような気がした。
辺りを見回すとつむぎや澄川月子が憑いたオークを含めて皆が怯えたように私の方を見ている。
「あわわ……。一体何が起こったんだよ。死んだ人間が生き返るなんて……」
「冥宮で死んだ人間が再び立ち上がったってことは……。ひい!」
「麻友……、あんたひょっとして」
「うん、つむぎの予想通りだと思うよ。私は上級アンデッドに転生したんだと思う。どんなアンデッドに転生したのかはわかんないけど」
「あ、アンデッドですって? 麻友、あんたはもう人間じゃないっていうの?」
亜紀は銃を構えて私に弾丸を撃ち込んできた。英雄巴御前への変身が解けた生身の体でカラミティジェーンの弾丸を食らったらひとたまりもないはずだ。
最初の一発が私の胸に命中する。かなり痛い。一瞬動きが止まる。けれど、これが致命傷だという感覚はまったくなかった。
そして私はここでようやく弾丸への対処を開始する。それは飛んでくる弾丸を両腕でガードするというお粗末なものだったけれど、残りの弾丸はすべて私の頭を狙ったものだったから、前腕部でガードすることに成功した。やはり痛かったけれど、骨が折れたり砕けたという感覚はない。ちょっと力を入れると腕からポロポロと弾丸がこぼれ落ちる。
これ以上攻撃されるのも嫌だから私は亜紀に近づき拳銃を取り上げた。ひっと悲鳴をあげた後、亜紀は地面にへたり込んでしまった。
「な、なんなのよ、あんたは一体なんになっちゃったの……?」
「私にもわからないよ。けど、たぶん……」
亜紀に近づいた途端に私は自分が何になったのか理解した。亜紀の喉に手をかけ爪を食い込ませる。そこから私が求めるもの、血液が流れはじめる。私は亜紀を抱き上げた。
「ひいい……。お願い、私が悪かったから……。月子にも謝るし、あんたのお守りをこっそり盗んだことも謝るから……。だから、こ、殺さないで……」
「別に殺したりはしないよ。ほんのちょっと血をもらうだけ」
そう言って私は亜紀を抱き上げ、その喉に牙を突き立てた。
※※※
祭喜堂つむぎは目の前で起こっている光景を呆然と見つめていた。どうしよう、リブートの力を使うべきだろうか。麻友は悪霊である澄川月子の懐柔に成功し、パーティは全員無事地上に帰還できる、はずだった。
西須亜紀が多少抵抗することは予想済みだったが、どうせこの冥宮から出たら二度と出会わない相手だ。喧嘩別れになってもかまわないと思っていた。
それなのに目の前で起こっていることは一体なんだ。
つむぎは隆史と正雄の方をちらりと見る。二人とも呆然として武器を構えてさえいない。想像を超えた事態にこの二人は対応できないだろう。麻友と亜紀の方を見ると、麻友は亜紀の首筋に牙を突き立て血をすすっている。
亜紀の銃弾を生身の右目に食らった麻友は本来ならば死んでいるはずだ。しかし麻友は人ならざる者、死にぞこないとして蘇った。
冥宮内で自ら死を選んだ者は死にぞこないに転生できる。冥宮コンビニの店長ジョニーはそう言っていた。麻友は亜紀の手で殺されたが、死の覚悟を決めたことで冥宮の意志は麻友を闇の眷属として受け入れたのだろう。
「それにしても、よりによって吸血鬼なんて奴に転生するなんてね。ほぼ最強クラスのアンデッドじゃない……」
つむぎは澄川月子の憑いたオーク鬼の方に目をやった。彼女(見た目はオークだが)も今起こっている事態に対応できてないようだ。
「ね、ねえアンタ、一体何が起こっているというの?」
あろうことか困惑した月子はつむぎに意見を求めてきた。
「何が起こってるって……。麻友はアンタを守るために亜紀の銃弾を受けて死んだ。けれど死に立ち向かう意思を持っていたから上級アンデッドとして転生した……。そういう状況なんだけど」
「あ、亜紀はどうなるの……?」
「さあ、吸血鬼に血を吸われた人間は同じ吸血鬼になる……のかな?」
といっても完全に血を吸いつくさない限り犠牲者は人間のままでいられるだろう。亜紀にお灸をすえてこのまま地上に戻ればめでたしめでたし……なのだろうか?
つむぎは自問する。麻友はいまのところ自分以外でリブート現象が起こる前の記憶を共有できている唯一の人間だ。いや人間だった。しかし吸血鬼と化した人間がリブートの記憶を保ち続けられるだろうか。いや、それ以前に吸血鬼となった人間が以前の人格を保ち続けられるものなのか。
そんな不安にかられる中、不意にごきりという鈍い音が響いた。音がした方を見ると麻友がぐったりとした亜紀を抱きかかえている。
「えっ……」
麻友の腕の中にいる亜紀の姿を見てつむぎは思わず声をあげてしまった。
亜紀の首はありえない方向に曲げられている。その目に生命の光はない。一体何が起こったのか。いや、考えるまでもなかった。
麻友が血を吸った亜紀の首の骨を折って殺害した。それ以外の可能性はない。
「ねえ、月子さん。アンタ死んだ人間にとり憑けるんでしょう? だったらコイツの体に入りなよ。たった今コイツは死んだんだし、放っておくとゾンビになっちゃうよ。アンタが亜紀に自殺に追い込まれたんならさあ、亜紀の肉体を奪って新たな人生を生きるっていうのは割といい落としどころなんじゃない?」
そう言って麻友はにやりと笑った。亜紀の血で汚れた唇が三日月型に歪む。月子は困ったようにつむぎの方を見る。
あたしに意見を求めるなよ。復讐の覚悟を決めたんなら亜紀の体を乗っ取るにせよ、ゾンビになるに任せるにせよ自分で決断してくれ、とつむぎは心の中で舌打ちする。
「ねえ、つむぎ。あなたはこの冥宮を最下層まで探索して冥界にまで行くつもりなんでしょう?だったらこの悪霊も仲間に入れた方が強力なパーティが作れるでしょう? ついでに隆史君と正雄君も私の眷属にしてしまおうか?」
そう言って麻友はちらりと隆史たちの方を見る。男子ふたりはひぃっと悲鳴をあげて後ずさった。そんな二人の様子を見て麻友はゲラゲラと嗤う。
「ねえ……あんた一体何者なの。亜紀に悪霊がとり憑いたとでもいうの?」
「悪霊? 悪霊ならそこのオークにとり憑いてるでしょ? 私は正真正銘アンタと一緒に冒険してきた猫岸麻友だよ。ただし吸血鬼に転生してちょっとばかり価値観が変化してはいるけどね。」
「人間をやめたらバケモノになっちゃったってことか」
「バケモノとは失礼ね。今の世の中、人間はいずれゾンビになるかアンデッドのエサになるしかないどん詰まりの種族でしょ? だったら上級アンデッドになって新たな人生を生きるのがあるべき人生だと思わない?」
もっともアンデッドだから人生終わってるけど、と言って麻友はまたゲラゲラと嗤う。
なんてこった、とつむぎは心の中で舌打ちした。もうコイツは自分の知っている麻友とは完全に別人だ。こんな奴と一緒に冥宮探索なんてできるはずがない。
「もうコイツは自分の知っている麻友とは完全に別人だ。こんな奴と一緒に冥宮探索なんてできるはずがない、なんて思ってたりする?」
耳元でそう囁かれてつむぎはギョッとする。麻友とは五メートル近く離れていたはずだ。いつの間にこんな近くに近づかれたというのか。
「お、おい!つむぎちゃんに手を出すんじゃねえ!」
武蔵の二刀流で隆史が、紀貫之の変身能力でカラミティジェーンに変化した正雄が銃弾で麻友を攻撃する。
しかし麻友は隆史の日本刀を胴体で受け、武器が刺さったことで動きが止まった隆史の頭に右拳でパンチを叩き込む。その一撃が頭蓋骨を破壊し、隆史の頭から脳漿と血が飛び散り左の眼球が飛び出す。
英雄に変身しているとはいえこれだけのダメージを食らえば本体ごと即死だ。隆史はその場にどさりと崩れ落ちる。隆史が倒れる間に正雄の銃弾が麻友の眉間と左胸に命中したが、麻友は態勢を崩しただけで平気で動き続けていた。
「英雄の力で生み出された弾丸とはいえ、使い手のレベルが低ければ上位のアンデッドには全然通用しない……ってところかな。結構痛かったけど」
麻友は正雄の方にゆっくりと近づいていく。正雄は銃弾を次々と麻友に撃ち込んでいくが、どれだけ喰らっても麻友の速度に変わりはなかった。
「うふふ、無駄無駄無駄……」
あと数歩で正雄を攻撃できるというところまで来て麻友は動きを止めた。その胴体にはいつの間にか大量の糸が絡みついている。言うまでもなくつむぎの放ったアリアドネの糸だ。
「何これ、こんな糸で私を縛れるとでも思ってるの。ちょっと力を入れればこんな糸……」
「おっと、意地でも拘束させてもらいますよ」
アリアドネに変身した正雄がさらなる糸を麻友の体に巻き付けた。
「麻友、大人しくして。あんたはどうかしちゃってる。悪いけどここでリブートさせてもらうよ」
「そうはいかないわ。アンタには私と一緒に冥宮のさらに奥まで進んでもらう。この悪霊も私の手下になってもらう。けれど……」
麻友は二人分の糸による拘束をあっさりと力技で引きちぎってしまった。そして素早く正雄のもとに駆け寄る。正雄が防御する間もなく麻友の拳は正雄の頭を叩き割っていた。
「さあ、つむぎ私と一緒に……」
麻友が振り向いたとき、つむぎはすでにリブートの力を発動していた。
アリアドネリブート @nightvision
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