悪霊との対決

 オークの群れとの闘いはあっさりと決着がついた。人数は私たちのパーティより多かったが、英雄の戦闘能力を持つ私たちにとっては多少の負傷を覚悟すれば問題なく倒せる相手だった。

 いまやオークたちは全員が死体となってぴくりとも動かない。けれど私とつむぎはこの中の一体が再び動き出すことを知っていた。


「みんな!オークたちの死体から離れて!危険だから!」


 私が叫び声をあげると隆史君たちは怪訝な顔をしたが危険と言い切ったせいか素直にオークの死体から距離を取ってくれた。


「どうしたんですか麻友さん。オークの死骸から離れてくれって。見た限りもう危険はなさそうですけど……」

「……これから危険になるんだよ。そうだよね、澄川月子さん」

「!!」


 澄川月子の名前を出した瞬間、亜紀の顔色が変わった。隆史君と正雄君はさらに怪訝そうな表情を浮かべる。つむぎは亜紀たちには興味を示さずじっとオークたちの死体を見張っていた。


「おいおい麻友ちゃん一体何言ってるんだよ。月子っていったい誰? どういうことか説明……」

「いいから動かないで!オークの死体がこれから動き出すから!」


 私の警告で隆史君は歩みを止める。一瞬、沈黙が走り、皆が金縛りにあったように動きを止める。誰も動かない。生者も死者も。

 時間だけが流れ、まさか澄川月子は現れないのか? と思い始めたとき、一体のオークがのそりと立ち上がった。頭を割られ、左腕を切断され本来なら動くはずのないオークの死体が。


「お前、一体何者なんだ? なぜ私の名前を……、いや私がお前たちを攻撃しようとしていることに気付いていた?」

「うわぁ、死体がしゃべった!」


 隆史君と正雄君はオークの死体が動き出し、言葉を発したことに動揺していた。亜紀は何も言わないが顔色は真っ青になっている。つむぎは落ち着いてはいるが、澄川月子に関しては私に任せるつもりだろう。


「はじめまして、澄川月子さん。私は猫岸麻友。このパーティの一員で、十五歳になったからこの冥宮の試練場にやってきたの。の存在に気付いたのは私が霊感体質だから。これで私の事情は話したから、あなたのことを話してくれるかしら」

「……霊感体質だと? それで私の名前までわかるっていうのか? まあいい。そんな霊感があるのならこの女が私にどういうことをしたかは知っているだろう?」


 そう言ってオークの死体に憑いた澄川月子は亜紀の方を睨みつける。亜紀は怯えた顔をしていたが、やがてきっとオークの死体を睨みつけた。


「私に何をしたかですって……。何もしてないでしょう。私は身の程をわきわまえず私に逆らったアンタに制裁を加えただけ。あんたが自殺したのもあんたが弱いからでしょう。逆恨みもいい加減にしなさいよ」


 亜紀の表情は今までに見たことのない醜悪なものに変わっていた。隆史君と正雄君も亜紀を見てぎょっとした表情に変わっている。


「月子、お前なんかが私に敵うはずがないんだよ!」


 亜紀は拳銃を構え弾丸をオークめがけて発射する。弾丸は全弾命中し、右足、腹、頭にダメージを与えたが、オークの死体は何事もなかったように亜紀に近づき持っていた偃月刀で亜紀の腹を切り裂いた。苦痛に満ちた悲鳴が亜紀の口から漏れる。


「まだまだ簡単には殺さないよ。お前は絶望を味わってから死んでもらう」

「あんたなんかにこの私が……」


 亜紀は再び銃を構えた。しかし銃を発射するより早くオークの牙が亜紀の右手に食い込んだ。食いつかれて亜紀は再び悲鳴をあげる。そしてさらに甲高い悲鳴が上がった後、亜紀の構えた銃は右手首ごと地面に落ちた。


「亜紀! 今助けるぞ!」

「待って! 私たちじゃあいつには勝てない!今の動きを見たでしょう!」


 私は飛び出そうとする隆史君を止める。ここで隆史君が殺されたらリブートしてたどり着いた意味がないのだ。隆史君は歯噛みしていたが、敵との実力差があることは今のオークの動きを見て実感したのだろう。素直に後ろに下がってくれた。


「ねえ亜紀、私には霊感があるからこの幽霊があなたに対して大きな恨みをもっていることはわかる。けど、あなたの方はこの人に対してどう思っているの。それを私は聞きたい」


 霊感なんて口から出まかせだが、亜紀を含めて私たち全員が助かるには澄川月子の霊を鎮めるしかない。亜紀が少しでも澄川月子の死を悼むような態度を見せれば月子の霊も亜紀を見逃してくれるのではないだろうか。


「どう思ってるかって……。こいつは弱い奴だから自殺した。ただそれだけでしょう。身分と実力をわきまえないコイツが愚かだった。ただそれだけのことなんだよ!」


 ダメだコイツ、と思った瞬間、オークは大口を開け亜紀に噛みつこうとしていた。ヤバい、亜紀が殺される、と思った瞬間オークの動きが止まった。

 オークの体は糸でぐるぐる巻きにされている。つむぎがアリアドネの力を使ってくれたのだ。


「麻友!今のうちに!」

「わかってる!」


 私はダッシュして二人に近づいた。そして袈裟懸けに亜紀を叩き切った。


「えっ!」

「なんで亜紀ちゃんを?」


 隆史君と正雄君は唖然となっている。オークにとり憑いた澄川月子も驚きの表情を浮かべていたがつむぎだけはよくやったというようにウインクしてくれた。


「澄川月子さん。あなたと亜紀の間に何があったか詳しいことは私にはわからない。けれど今の亜紀の態度を見る限り、理はあなたにあると私は判断した。その上で私はあなたにお願いしたいんだ。亜紀の命だけは助けてほしいって」

「なんだと……」

「あなたが自殺して命を終わらせてしまったことは悲しいことだしやるせないことだと思う。でも世界の姿は変わってあなたは幽霊になって亜紀に復讐するチャンスを手に入れた。だからさ、亜紀にもチャンスを与えてほしいんだ」

「チャンスだと……。どうして私がこんな奴に……」

「私は亜紀とはわずかな時間しか過ごしてないけどさ。あんまり悪い奴だと思えないんだよね。あ、もちろん月子さんが悪いと思ってるわけじゃないよ。あなたたちの間に起こったことは巡り合わせの悪さが呼び寄せてしまったことなんじゃないかって。だから、あなたは亜紀と関わらないことが一番いいような気がするんだよ。ここで亜紀を殺したら悪霊になるだろうし、巻き込まれた私たちだって悪霊になってあなたに復讐するからね」

「それじゃあ私の気持ちはどうなるんだ……」

「だから亜紀は今私の手で半殺しにした。これでダメなら私にダメージを与えてほしい」


 私は巴御前への変身を解除した。


「正気なのか気様、生身でダメージを受けるつもりなのか?」

「うん、自分の我を通そうとしてる以上、覚悟はちゃんと示すよ」

「ちょ、待って麻友! そんなことをしたらマジで殺されちゃうよ!」


 私とオークに憑いた澄川月子はずっと睨み合いになっていたが、やがて月子のほうが目を逸らした。


「なんなのよアンタ、アニメのヒーローにでもなったつもりなの。バカすぎる。でも……亜紀と関わらないのが一番っていうのはその通りかもね」

「えっ、じゃあ」

「退いてあげるよ。っていうかアンタが亜紀を薙刀でぶった斬るのを見て妙にスッキリしちゃったしね。憑き物が落ちたような気持ちだよ」

「月子さん……」

「確かにあんたらに罪はないし怒りの感情に任せてあんたらを殺したりしたら私も亜紀と同じ外道に堕ちてしまう。そうなったら私の残りの幽霊人生も後ろめたいものになっちゃうだろうしね」


 良かった。復讐はいけないなんて思わないけど、怒りと殺意の連鎖が続くことは間違っていると私は思う。それを月子さんは悟ってくれたのだ。 

 亜紀は月子さんに謝罪したりはしないだろうが、それはもう仕方ないことだ。五人そろってこのダンジョンを出る。それが一番の目的なのだから。

 これでつむぎのリブートに頼らなくても済む。終わったよという気持ちで私はつむぎの方を見た。しかし何故か彼女の顔は青ざめていた。


 一体どうしてと振り向くと、オークの背後で亜紀がごそごそと何かやっていた。左手には小さな矢のようなものを持っている。どこかで見たような気がすると思って、それがジョニーさんからもらった破魔矢だと気づいた。そして亜紀の手の中で破魔矢が弾丸へと姿を変える。そして亜紀の手に拳銃が出現し弾丸は弾倉にセットされる。

 破魔矢は悪霊を消滅させる力を持っている。亜紀は拳銃を構えオークの後頭部に狙いを定めた。

 どうして亜紀があの破魔矢を、と思う間もなく私は駆け出しオークにタックルを食らわせた。オークは態勢を崩し弾丸を回避できたが、その弾道の先にあるのは私の顔面だった。

 右目が突然熱くなる。弾丸が命中したのだ。

 自分が銃で撃たれてもうすぐ死ぬことを悟る。このままでは今までの努力が無駄になる。亜紀の本性が露わになった以上、つむぎはさらなるリブートを許可しないだろう。

 だがそれでは隆史君と正雄君が無駄死にしてしまう。

 どうしたらいい。

 冥宮で自ら死を選んだ者は上級アンデッドとして転生できる。

 ジョニーさんの言葉が頭をよぎった。

 

 私は覚悟を決めて月子の説得に挑んだ。前向きに生きるために。この結果は前向きに生きた証だ。だったら私はきっと。


 そう思いながら私は意識を失った。



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