ジョニーとの再会

 私はコンビニから出てきた人物を息を呑んで見つめていた。

 こいつは一体何者なんだ。前々回の冒険では自動ドアのはずの扉はなかなか開かず、しばらく経ってから金髪のおじさんがのそのそと現れた。けれど今回出てきたのは奇妙な仮面を被った男。これは一体何を意味するのだろう。

 私たちは前々回の冒険とさほど変わらない行動をとってきたはずだ。なのにどうして。どこかで私たちは未来を変えるような行動をとってしまったのだろうか。

 なんてことを考えていると謎の人物は突然仮面を外した。

「よお、いらっしゃい、お坊ちゃんお嬢ちゃんたち。セーブポイント試練場支店にご来店頂き誠にありがとうございます。俺は店長のジョニー・ライデンだ。ごゆっくりお買い物をお楽しみください」

 仮面の下から現れたのは前々回の冒険で出会った店長ジョニーさんだった。よく見ると服装も前に見たのと同じボロボロの革ジャンにジーンズ、ゴテゴテしたシルバーアクセという前にあった時と同じ服装だった。


「そこのお嬢ちゃんは一体どうしたいだい?スゴイ顔で俺のこと睨んでるみたいだけどさ」

「い、いや。なんかインパクトのある仮面を被ってたんで驚いただけです」

「そうか。この仮面はなんとかってアフリカの部族の仮面なんだよ。欲しいなら売ってもいいぜ。四千円でいいけど買うかい?」

 

 いえ、遠慮しておきます、と私は即座に断るがジョニーさんは特に気を悪くした様子はない。そこで私はジョニーさんになんでそんな仮面を被っていたんですかと尋ねてみた。


「まあ暇だったから、だな。君ら冒険者がやって来ることはわかってたけどいつ来るかはわからないから仮面を被って脅かそうかな、なんて考えてたんだよ。もうちょっと暇な時間が続いてたら居眠りでもしようかと思ってたけど」


 そうか、と心の中で私は呟く。私たちは前々回の冒険よりもスムーズに冥宮を踏破している。だから前よりも早くこのコンビニに着いた。そのためにいたずらを考えていたジョニーさんに出会ったのだ。前は時間がかかったためにジョニーさんは居眠りモードに入っていたのだ。些細な時間の差でも結果に違いが出ることがある。私はそのことを肝に銘じた。

 私は前と展開が違っていた理由がわかってほっとしていたけど、私とつむぎ以外のパーティメンバーは警戒した様子でジョニーさんを睨んでいる。特に縫合の後がはっきり残っている首のあたりを。


 ジョニーさんは普通の人間ではなく冥宮内で「死にぞこない」……、いわゆるアンデッドになった人だ。冥宮内で殺された人間はふつう肉体だけが冥宮の瘴気に反応し死体の状態によってゾンビやスケルトンといった下級のアンデッドになってしまう。しかし冥宮内で「みずから死を選ぶ」ことを選択した人間は知性を保ったまま上級アンデッドに転生するとジョニーさんは教えてくれた。

 そして冥宮でジョニーさんは状態異常攻撃のエキスパートであるグールに転生したのだった。


 ということを前の冒険で私とつむぎはジョニーさんから聞いているが、亜紀たちにとってジョニーさんは初対面の人でしかないのだ。しかしジョニーさんはニヤッと笑った後、前の冒険でそうしたように自分がグールに転生した経緯を教えてくれたし、ホットスナックや飲み物をおごってくれることになったのだった。

「じゃあ、店の品物でも見ながら待っていてくれよ。探索に役立つアイテムもあるから真剣に見た方がいいぜ」


 そう言ってジョニーさんはレジカウンターに入って私たちが注文した食べ物を用意していく。私たちもせっかくだからと店の品物を色々と物色していく。

 店内の半分は普通のコンビニのような食品や日用雑貨が並んでいるがもう半分は何に使うのかわからないアイテムがずらと並んでいる。これらは冥宮での戦闘や探索で使う道具なのだろうということは見当がつくが、ほとんどの品物には商品の説明がろくについていないし、値段もけっこう高い。とりあえずアイテムを見るのはいいかと思った後で、あの悪霊に対抗する手段がないかと思いつく。

 アイテムの外見から幽霊をお祓いできるできる道具はないかと売り場とにらめっこしていると「何を探しているんだいお嬢ちゃん?」とジョニーさんが声をかけてきた。


「えーと、悪霊とかそういうのに効くアイテムがないかな、って探してるんですけど」

「悪霊?そんな凶悪なゴーストこんな練習用の冥宮には出てこねーぜ。せいぜい小さな子供の残留思念が表出したポルタ―ガイストがたまに出るくらいなんだが」

「でも万が一ってこともあるじゃないですか。将来また冥宮に潜るときのためにアイテムの知識を身につけておきたいし」

「ほお、勉強熱心なんだな。ならいくつか役に立つアイテムについて講義してやるよ。そこの瓶は悪霊除けの聖水だ。向こうにあるお守りは……」


 ジョニーさんは対悪霊用のアイテムについていくつか説明してくれたが、どのアイテムも悪霊を足止めするか近づけない程度の効果しかない。それに加えて値段もかなり高く所持金の大半を吐き出すことになってしまう。私はジョニーさんに礼を言ってすいませんが買うのはまたの機会にしますと断りを入れた。


「そうか残念だな。だが、勉強熱心なお嬢ちゃんに免じて個人的にこいつをやるよ」


 そう言ってジョニーさんは商品棚の下にある引き出しから大きめのぽち袋を取り出して私のてのひらに置いた。促されて中を見ると小さな矢のようなものが入っていた。


「これは……破魔矢ですか?」

「ああ、そうだ。これを幽霊に当てればけっこうな大ダメージを与えられるシロモノだ。並みの霊力の悪霊ならたぶん一撃で倒せる。ただし命中率はあまり良くないけどな」

「いいんですか、こんなものをもらってしまって」

「構わないさ。あまり売れないしな。それに使うアテがあるんだろ?」


 見透かすようにじっと見られて私は目を逸らしてしまう。しかしジョニーさんはそれ以上追求せず肩をすくめて「まあ幸運を祈るよ、巴御前ちゃん」」と手を振った。


 それから私たちは店内の飲食用のテーブル席でおやつタイムを楽しんだ。その流れで私たちがちょっとした将来について語り合ったこともだいたい前と同じ……って、思った時つむぎが話しはじめた。


「……私は冥宮を探検して暮らしていくつもり。特殊能力が重宝されると思うし」


 へー、すげーなー。冥宮探検で食ってくつもりなのかよーと皆が囃し立てる中、私はつむぎが前に言ったのと全然違うことを言っているのに気付いた。この試験の後も冥宮での冒険をしたいと言っていたけど冥宮の最深部のさらに先を目指すとか言ってなかった?

 とはいえなんで前の世界と違うこと言ってるの?なんてことを皆の前で言えるはずもなく私は黙っていた。

 そして、私は祭喜堂つむぎという人間のことをほとんど何も知らないんだなと不意にそう思ってしまった。


「ところで麻友ちゃんさあ、あの店員さんと話し込んでたけど一体何の話をしてたわけ?」


 不意に亜紀が私に話を振ってきた。私はどんな風に答えるか少し考えた。


「別に大したことじゃないよ。冥宮内で使うアイテムについて色々聞いてただけ。幽霊に会った時に役立つアイテムとかがあるかどうかって」

「えっ、この冥宮に幽霊なんて出るの?」

「いや、この試練場では出たとしても弱いポルターガイストくらいだってさ。でもね」


 私は思わせぶりに言葉を切った。


「けどね。強く人を恨んでる幽霊はこの冥宮にも平気で入ってくるし、冥宮運営サイドもそういうのに関しては黙認してるんだって」

「マジかよ! まあ俺は人に恨まれるようなことしてないからいいけどさ」

「本当ですか? 隆史君はいじめのリーダーとかやってて人に恨まれそうなタイプに見えますけど」

「おい正雄、ひでえ偏見だな。俺はむしろいじめを止めようとした側だぜ。そのせいで俺もクラスでハブられたりしたんだけどよ。あの経験のおかげで人を見る目が磨かれたような気がするぜ」

「そうなんですか、意外ですね。僕は人に恨まれるようなことはせず波風立てないことをモットーにしてきたしクラスで大きないじめとかもなかったですけど、人間どこで恨まれるかわからないですからね」

「幽霊は正当な恨みを持ってこそ強い力を持てるようになる。逆恨みの場合大した力は出せない」

「本当かよつむぎちゃん。でも幽霊か。俺は会ったことないけどゾンビが町中をうろついてる世界なんだし幽霊が出てきても不思議じゃないよな」

「まあ、でも悪いことをしてなければ問題ないんだし、私たちは大丈夫だよ。ね、亜紀?」

「うん、もちろんだよ。私は全然悪いことなんてしてないから」


 話を黙って聞いていた亜紀に私はあえて話を振ってみた。彼女に動揺している様子はない。これは一体どういうことなのだろう。やはりあの幽霊が一方的に亜紀のことを逆恨みしているというのだろうか。いや、もしそうでないとしたら。


 私は西須亜紀とあの幽霊に対してどう対処するか、ほぼ決断し終わった。


 そしてジョニーさんからおごられた食事を済まし、お礼代わりに多少の買い物を済ませた後、私たちはコンビニ「セーブポイント」を後にした。

 前の冒険よりだいぶ長くコンビニで過ごしてしまったような気はするが大丈夫だろうか。あの幽霊はオークとかゾンビドッグに乗り移って私たちを襲ってきた。

 この後、前の冒険では私たちの前に腐肉喰らいとオーク鬼の群れが現れた。強敵腐肉喰らいを倒した後、襲ってきたオークの群れをあっさり返り討ちにした、と思ったらオークの死体が動き出し私たちは全滅した。

 あの幽霊がしびれを切らせて腐肉喰らいの方にとり憑いたらやっかいだなと思いながら先に進む。すると前の冒険と同様に腐肉喰らいが現れる。顔面にイソギンチャクみたいな触手の生えた体長五メートルほどの巨大な芋虫。何度見ても気持ち悪い怪物だ。

 隆史君と正雄君が「こいつがラスボスかな」と盛り上がる流れも同じ。亜紀だけが妙に大人しいのが前とは違う流れ。これは私の「挑発」のせいだけど。

 あの幽霊、亜紀からのいじめで自殺したという澄川月子が腐肉喰らいに宿っていないか不安にかられつつ私は腐肉喰らいに薙刀を叩き込む。


 腐肉喰らいとの戦闘は時間がかかったもののさほどダメージを受けずに終わった。前の戦いで思わぬダメージを受けた尻尾の一撃も警戒していればかわせないものではなかったし、触手による麻痺にもかからずに済んだ。

 やったな、もうすぐ地上だな、と言葉少なに私たちは勝利の喜びを分かち合うがおしゃべりなはずの亜紀は言葉少なだ。

 じっと腐肉喰らいの死体を観察していたが、動き出す様子はない。やはり澄川月子が襲ってくるタイミングはオーク襲撃の後なのだろう。私たちは出口目指して歩いていく。


もうすぐ出口にたどり着ける、というタイミングでどたどたと複数の足音が聞こえてくる。前回通りのオークの軍勢だった。こいつらには苦戦せずに勝てる。だが、本当の戦いはその後にはじまる。私は薙刀の柄をぎゅっと握りしめた。


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