再度の挑戦
気が付くと私は広いホールでパイプ椅子に座っていた。周囲には私と同じ年頃の男女がずらりと座っている。振り向くとつむぎと目が合った。
つむぎはこくりと頷いたが、その表情はどこか不機嫌そうだ。私は立ち上がるとつむぎにホールを出るように促した。
出口からすぐのところにあるソファに私たちは腰かけた。
「……麻友、どういう状況で死んだかは覚えている?」
「うん、コンビニに入る前にゾンビドッグの攻撃を喰らって私は殺された。例の澄川月子のとり憑いた、ね」
「なぜあんなところであの悪霊に出くわしたかわかってる?」
「うん、一回目のときと別のルートを辿ったからかな。それにちょっとトラップとかで時間を使ったからあの悪霊がしびれを切らせてコンビニまで来ちゃったのかも」
「私の考えも大体同じ。だから悪霊が出現するタイミングがズレたんだと思う。結果として麻友はまた悪霊の手にかかって殺されたというわけ」
「じゃあ、今度は最初の時と同じような行動を取らないとダメってわけか」
「……麻友、前のリブートの時に言ったよね。あのパーティを救う試みは一回こっきりだって」
「待ってよ、確かに言ったけどさすがにあんな不意打ちを受けたらナシでしょ。悪霊と交渉するチャンスさえなかったのに」
「そもそも交渉する必要なんてないんだよ。亜紀たちを見捨てれば私たちは生き残れる。それだけの話なんだからさ。そうでしょ?」
……確かにつむぎの言うとおりではある。亜紀と一緒のパーティにならなければ私たちは彼女に恨みを持つ悪霊に襲われることはない。他のパーティに入っても危険はあるだろうけど、あの悪霊、澄川月子のように戦って勝てない相手と出くわすことはまずないだろう。
「確かにそうだね。私たちにはあの悪霊と戦って勝てるだけの力はない。あいつと出くわさいようにするのが一番だっていうのもわかるよ。亜紀たちを救う力がないならあきらめるしかないっていうのもわかる」
だったら、と顔をほころばせたつむぎを私は手で制した。
「けどね、このまま何もしないで後ろめたい思いを抱えていくのも私は嫌なの。それに……、時間を巻き戻せるあなたがこの全滅の運命を背負ったパーティにいたってことには何か意味があるような気がするの。お願いつむぎ、あと一回だけチャンスをちょうだい」
私はじっとつむぎの目を見た。つむぎは目を逸らさなかった。が、素直に私の言うことを聞き入れる気はないようで、じっと黙ったままだ。
「ねえ、つむぎ。あなたの時間を巻き戻す能力には回数制限があったりするの?」
「……わからない。今まで百回以上はリブート能力を使っているけど、能力が衰えたりする兆しは今のところないわ」
「じゃあマジックポイント切れで積んじゃうとかそういう可能性はないんだ」
「わからない。ずっとこの能力は使い続けられるような気もするし、突然打ち止めが来るのかもしれない。直感的には回数制限は『ない』ような気がしてるわ」
「だったら」
私はつむぎの肩をがっと掴んだ。華奢な体つきだな、と改めて思う。
「もう一度くらい、亜紀たちのパーティに付き合ってみてもいいんじゃない?何回もリブート能力が使えるんならさ。このパーティで冥宮を突破する可能性をもうちょっとだけ追求してみてもいいんじゃない?」
「……あの悪霊は私たちの実力ではまず排除できないわ。二度襲われて実感したでしょう? 油断とか不意をつかれたから敗北したなんてレベルじゃないことを」
「それはわかってるよ。でも、私には亜紀が人をいじめ殺すような人間とは思えない。隆史君と正雄君も犠牲にしたくない。だから、あの悪霊と話をしてみたい。それでどうしようもないならあきらめるよ」
「わかった。じゃあ、あと一回はあんたの提案に付き合う。それでまたリブートする羽目になっても、何か成果があったなら、またパーティを救う試みを続けてもいい。けれど、あの悪霊に対して成す術がないようなら、残りの三人は見限って別のパーティを模索する。それでいい?」
私は頷いた。十分な譲歩だ。私は亜紀たちを救いたいけれど、能力不足なら諦めるしかない。ただしつむぎは私に対しさらに条件をつけてきた。
今度の冒険は出来る限り一回目の冒険と同じ行動をすること。二回目の冒険では一回目と違う可能性を模索した結果、悪霊にいきなり襲われるという結果になってしまった。
一回目の冒険のように悪霊と会話できる状況まで持っていかないとお話にならない。私は素直につむぎの提案を受け入れる。
「じゃあ、会場に戻ろう。今度はちゃんと上手くやるからね」
「ちょっと期待してる。あの悪霊をどう説得する気なのかね」
つむぎの口元は笑っていた。少しだけ私に期待してくれている。そんな気がした。
そして会場に戻った私たちはソロモン王による英雄召喚に関する講義なんかを聞きながら、別会場でパーティを組む時を待った。何かの拍子に亜紀たちが私とつむぎ以外の人をパーティに入れてしまうことがあるんじゃないか、なんて心配もしたけれど、それは杞憂だった。
「じゃあ、この五人で冥宮に挑むパーティを結成しましょう!」
亜紀が高らかに宣言する。隆史君と正雄君がそれに応えて頷く。私もよろしくお願いします、と挨拶した。つむぎは妙におどおどした態度を取っていたが、ぺこりと頭を下げた。
「よ、よろしくお願いしまう。わ、私ってけっこう人にいじめられたりするタイプなんで、み、皆さん、お手柔らかにお願いしますね」
「おいおい、こんなか弱い女の子をいじめたりしねーよ」
「そうですよ、いじめなんてアホのすることですから」
男子二人はつむぎの言葉に笑顔で応えた。問題の亜紀はどうだろう。私は思わず彼女の顔をじっと見てしまう。
しかし、亜紀の表情には特に反応はなかった。
「会ったばかりだから無責任なことは言えないけどさあ。ここにいる人たちみんないい人だと思うよ。だからビビらなくって大丈夫だって」
そう言って亜紀はつむぎの手を握る。
「あ、ありがとうございます」とつむぎは大げさに感謝の表情を浮かべる。もっとも内心では「そう簡単には本性出すわけねーか、この女ギツネ」とか思ってるんだろうけど。
だが、つむぎの行動で私の方針もなんとなく決まった。試練の冥宮を探索する間に西須亜紀という人間を観察する。そしてあの悪霊に対してどういう態度を取るか決める。
一番いいのは全員が揃って冥宮から脱出することだけど、最悪の場合は亜紀たちとは別のパーティに入って私とつむぎだけが助かる道を選ぶしかない。
どうやったら私たち全員が助かるのか。あの悪霊と戦えば私たちは必ず死ぬ。だったら、あいつが現れる前に脱出してばいいのではないか。そんな考えをそっとつむぎだけに話すと彼女は呆れ顔で「それは無理」とため息をついた。
「悪霊は私たちがこの冥宮が入ったと同時に西須亜紀の存在に感づいているはず。そしてこちらがどんな動きをしているかはある程度把握できるし、急いで逃げ出そうとすれば間違いなくすぐに私たちを襲える距離までワープしてくるはずだわ」
「そうか、厄介な相手なんだね、幽霊って」
「ドラゴンとか人食い鬼みたいな強いだけの相手なら近づかないって手もあるんだろうけど、こっちを殺す気まんまんの悪霊にその手は聞かないから」
やはり悪霊を説得して交渉する。それ以外の手はなさそうだ。他に何かいい手段があればいいのだけれど、そんな都合のいい手段は思いつかない。どうしたらいいんだろうと思っているうちに、私たち五人のパーティが冥宮に潜る時間が来てしまった。
「さあ、どんな敵が出てくるか楽しみだぜ」
「隆史君、必要がなければ無理に敵と戦う必要はないんですよ」
「敵のことはいいから、まずどんな風に進むか決めようよ」
転送装置で試練の冥宮の入口に送られた私たちはどのルートで出口まで向かうか話し合う。前回は西のルートを選び宝箱と格闘していたら、あの悪霊がしびれを切らして襲ってきたせいで全滅、という間抜けな結果になってしまった。だから私は最初に選んだ北のルートで冥宮内のコンビニ、「セーブポイント」を目指そうと主張する。
私の意見に対して反対意見は出なかった。私たち一行はコンビニを目指して北へと向かう。
コンビニに着くまでに起こったことは驚くほど最初の冒険と同じだった。つむぎが罠感知を使って怪しいルートを避けて進んだこと。地底から骸骨兵の攻撃を受けて隆史君がパニックになったこと。もっともこの遭遇は既に知っていることだったから私とつむぎは大して驚かなかったけど。
そしてコンビニに入る前にゾンビドッグの襲撃が起こるが、元々苦労した戦いじゃないし、私とつむぎはゾンビドッグがコンビニの屋根で待ち構えていたことは知っている。
一瞬、前の時間軸で襲ってきた悪霊憑きのゾンビドッグのことが頭をよぎる。いや、この世界では私たちは前の時間と極端に異なった行動は取っていない、はずだ。それに仲間たちにゾンビドッグの存在を教えたところで前の世界と大きな差が出ることはないだろう、と判断して私はそれとなく亜紀たちにゾンビドッグの存在を教えた。
私たちがコンビニに近づくと屋根にいたゾンビドッグたちは素早く襲い掛かってきた。けれど、私たちはその存在を知っているから不意打ちにはならない。むしろ亜紀の拳銃で敵に先制することが出来た。
飛び降りて地上に着く前に腐りかけた手足に銃弾を撃ち込まれ動きを制されたゾンビドッグの群れは私たちの敵ではなかった。私の薙刀と隆史君の日本刀二刀流が次々と腐った犬の胴体を切り裂いていく。つむぎと正雄君も一応援護の機会を伺っていたが出番はなかった。辺りを見回すと行動可能なゾンビドッグはいなくなっていた。
私たちは勝利したのだ。
「じゃあコンビニに入りましょうか」
正雄君が先頭に立って自動ドアの前に立つ。しかし自動ドアは開かずに少したってから派手な格好をした金髪の店主のおじさんが現れるのだ。前々回はそういう展開だった。
しかし、今回はあっさりと自動ドアが開いた。
そして店の奥から出てきたのは奇妙な仮面を被った男だった。
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