二回目の冒険
冥宮に挑むパーティを組むまでの流れは前回とほぼ同様だった。私と隣の席の亜紀がなんとなく話すうちに仲良くなって、その後に模擬戦闘で苦戦しているつむぎを助けて、会食の時間に隆史君と正雄君が合流して五人パーティが結成される。
「それじゃあ、こんな試練とっととクリアしちまおうぜ」
押しの強い隆史君がリーダーを務めるのも同じ流れ。そして私たちは転送装置で冥宮に送り込まれた。
区画の東南の端に転送され北と西に通路が伸びているのも前回と同じ。
「どっちに進むのがいいでしょうかね。北の方がなんとなく目的地に近そうだし、コンビニに寄るのも北に行ったほうが近いですね」
地図を見て皆がなんとなく北へ行こうという雰囲気になっている。これもまた前回と同じ流れだ。
「そうだね。けどさ、あえて西の方に行ってみない? 一見遠回りな方に宝箱があったりするのってRPGの定石でしょ」
「現実とRPGとは別物だと思うけど」
口を挟んだのはつむぎだった。無理やり亜紀と一緒のパーティに入ることを承諾させたせいかずっと機嫌が悪い。隙あらば私に突っかかってくる。
「でもさ、案外麻友の言うとおりかもね。罠があったらつむぎのスキルで感知できるんでしょう? だったらとりあえず西に進んでみようよ」
亜紀の一声で男子二人はあっさり同意した。私はじっと亜紀の顔を見る。ちょっときつそうな顔立ちではあるけれど、今まで話してみてそんな悪い奴だとは思えない。こいつがいじめの主犯だったというのは本当なんだろうか。むしろ気さくでいじめがあったらやんわり止める子なんじゃないかな、ぐらいに感じる。
亜紀と目が合うと一瞬きっと睨まれた。ちょっと驚いたけれどすぐに亜紀は笑顔になる。
「どうしたのよ、私の顔になんかついてる?」
「いや、亜紀って誰かに似てるな~って思って。気に障ったならごめん」
「へぇ~~。誰に似てるの?芸能人とかアイドルとかじゃなくて?」
「あはは違うよ、小学生の頃の同級生で亜紀に似た子がいたような気がしたんだけど勘違いだったみたい」
「そういうのってあるよね。私も麻友って誰かに似てるなあって思ってたんだけど」
「誰に似てるの?」
「うちの飼い猫」
そう言って亜紀はスマホを操作するとアルバムを立ち上げて飼い猫の写真を皆に差し出した。
「へえ、可愛い猫ですね」
「可愛いっちゃ可愛いけど……」
デカい、太りすぎ、という言葉を皆グッと飲み込んでいたと思う。確かに私は背は大きいし、決して痩せてはいないけど……。ひょっとして私いじめられてる?
困惑する私を見て亜紀は微笑む。いや、悪意はないよね、たぶん。
猫の写真を見てリラックスした私たちは西に向かって歩き始めた。つむぎの罠感知には反応はないけれど、前の冒険の時みたいに地中から骸骨兵が襲ってくるなんてことは十分にあり得る……と思っていると足元に違和感を感じた。
骨ばった、いや骨そのものの手が私の右足首を掴もうとしていた。
「みんな!足元に気をつけて!地下から敵が来たみたい!」
私の叫び声で皆が地面に目を向けた。
「おわっ!地下から襲ってくるって反則だろ!」
隆史くんがオーバーアクションでのけぞったが、前の冒険の時みたいに無様に地面に転げたりはしない。顔を出した骸骨兵の頭に日本刀の一撃を食らわせる。
私と亜紀も問題なく攻撃を喰らう前に一体ずつ骸骨兵を片付けることが出来た。地面からさらに二体の骸骨兵が湧いて出てきたが、こちらの戦闘要員は三人。私の巴御前と隆史君の宮本武蔵が一体ずつ引き受けてさらに亜紀の援護射撃がある。力量においてもこちらの英雄の方が強い以上、私たちが勝つのは当然だし、幸いなことに傷ひとつ負うこともなかった。
「不意打ちとは驚きましたが、麻友さんが冷静に対応してくれて良かった。助かりましたよ」
「そうだな、麻友が敵に気づかなかったらパニックになるとこだったぜ、ありがとな」
戦闘が終わると男子二人が私のことを口々に褒めてくれた。そんなことないよ、たまたま足元を見てて敵に気づいただけだよ、と謙遜したけれど、褒められるとやはり嬉しい。
「しかし背後と天井はそれなりに気をつけてたけど、下からも敵が来るなんてね。麻友が下を見ててくれて助かったわ。これからも警戒よろしく」
亜紀の言葉に頷くと私たちはまた先へと進んでいく。少し歩いた後で広い空間に出た。
「うわあ、何だよアレは」
「見ればわかる。アレは宝箱だ。ちなみに思いっきり罠の反応がある」
「あからさまに罠っぽいよね……」
広い空間の中央には大きな宝箱がぽつんと置かれていた。大人がうずくまれば中に入れるくらいの大きさで蓋に付いた掛け金には鍵がかけられている。
「盗賊のスキルのある英雄ならコレを開けられるんだろうけど……」
「どんな罠があるかわからないからなあ……」
私たちは宝箱を前にして考え込んでしまった。
「ねえ、つむぎ。あんたの罠感知ってどんな罠が仕掛けられているのかはわからないわけ?」
「わからない。わかるのは罠があるということだけ。罠の解除の仕方もわからないし、どんな罠が発動するかもわからない」
「正直あんまり役に立たない能力よね、それ……」
「そんなことはない!罠を避ければ安全!罠にわざわざ近づくのは愚か者にすること!」
「まあ、確かに罠がある以上スルーしたほうがいいんだろうけど、宝箱がある以上は開けてみたいよな?」
隆史君の言葉に皆が頷く。ちなみにつむぎも頷いている。あんたも結局宝箱の中身に興味津々なのかい!
「罠があるといっても全滅するような怖い罠があるとは限らないよな。ちょっとダメージを受けるだけかもしれないし」
「この試練はあくまではじめて冥宮に入る初心者向けの試練なんだし、そこまでタチの悪い罠はないんじゃないかな」
だんだんと皆が宝箱を開けようという方向に傾いていく。
「宝箱を開けるのはいいけど罠は置いといて鍵かかってるよコレ」
私がそう言うと皆がはっとした顔になったが亜紀だけがニヤニヤと笑っている。
「私の獲物は拳銃だよ。弾丸で蓋をぶっ壊せば鍵がかかってても問題ないでしょ?」
「それに遠距離から撃てば罠にかかるリスクも減らせますしね」
宝箱を開けることに異議を唱える者はもはやいなかった。亜紀が銃で宝箱の鍵がかかっている部位を破壊し罠が発動するようなら逃げ出し、発動しないようなら宝を取り出す。
それで私たち五人の意見はまとまった。
「じゃあ、やるから何かヤバかったらすぐ逃げるってことで」
私たちが頷くと亜紀は銃を構え宝箱めがけて銃を構え、弾丸を一気に六発ぶっ放した。連続した鈍い金属音が響き、がちゃーんと派手な音が響いた。
成功だ。箱の蓋の一部は破壊され、鍵ごと地面に落っこちた。そして罠が発動する様子もない。
「よっしゃ!早く箱を開けようぜ!」
「待ってください!箱だけに罠があるとは限りません!部屋の他の箇所も調べましょう」
正雄君の提案で私たちは念のため宝箱以外は何もない部屋のあちこちを調べる。しかし床や壁に仕掛けはないし天井にも罠らしきものも見当たらなかった。
「正雄は心配性すぎるぜ。罠なんて引っかかったって大したダメージはねーよきっと」
そう言いながらも隆史君は罠がなくてどこかホッとした顔だ。
「油断はできないでしょ。箱を開けたらドカンってこともありうるんだから」
「そうですね。箱の正面に回らず側面から箱を開けましょう」
横から開ければ箱の中から矢が撃たれたりしても当たることはない。私たちは二手に別れて右と左の側面に回って箱の蓋を持ち上げようとした。
が、その時。
突然、箱の蓋は自ら開き中から触手のようなものが飛び出した。
「え……」
隆史君のつぶやきと共にどさりと何かが落ちた。それは隆史君の右手首だった。
「うわあああああああああああああああああああああああああああああっ!!!」
広間に隆史君の絶叫が響く。
宝箱は大口を開けてげげげげと笑っていた。開いた箱の中からは長い舌が覗いている。この舌が隆史君の右手を切断したのだ。
私たちは慌てながら今や怪物と化した宝箱から距離を取る。宝箱は追いかけては来なかった。移動能力そのものがないようだ。
こいつはRPGに出てくるミミックとかいう宝箱に偽装した怪物なのだろう。宝箱に罠が仕掛けられているわけでなく、宝箱そのものが罠だったのだ。
「うわーーー!!俺の右手がああああ!!!」
「落ち着け隆史、冷静にさえなれば痛みは消える」
正雄君の言葉に隆史君は本当かよ、と言いたげな表情になったが、素直に深呼吸をはじめた。やがて隆史君は目を丸くした。
「本当だ。血は止まったし、痛みもさほどない」
「手を切り落とされても心が折れなければ戦える。それが英雄ってものなんだ」
「それにね、手は取り戻さなくても大丈夫。治療すればまた生えてくるからさ」
「ほ、本当かよ?」
「本当だよ。どこかで治癒魔法をかけてもらえば右手はまた生えてくるし、英雄降臨状態を解除すれば隆史君本来の右手は元に戻る。もっとも今解除しないでよ。魔力がもったいないから」
きっちり英雄の特性についてマニュアルを読み込んでいたらしい正雄君と亜紀は冷静に事態に対応する。すごいな、と素直に感心する。
ミミックはガチガチと口を開け閉めして暴れているが、こちらにはやってこない。移動能力がないのは確実なようだ。近づかなければ無害な存在でしかない。
今の私たちにとってはおそらく勝てない強敵だけど、近づかなければ無害。試験のために用意された罠なのだなと改めて思う。
「これからどうするの?」
「隆史の手のことを考えるとコンビニを目指すべきだと思う。冥宮内にあるコンビニなら回復薬とかも売ってると思う」
と思う、なんてつむぎは言うけれど一回目の冒険でコンビニに冥宮内で役に立つアイテムが売っていることを私たちは知っている。
亜紀たちは不安そうにしながらもつむぎの意見に同意した。コンビニにはゾンビドッグが待ち受けているだろうが、私とつむぎはそのことを知っている。隆史君の右手が使えなくてもあの程度の相手なら十分今の戦力で対峙できるだろう。
その後でコンビニを出て冥宮の脱出口まで来たときが本当の勝負になる。あの澄川月子とかいう悪霊、あいつをなんとか説得する。そして冥宮を脱出する。
大丈夫、私たちはきっとやり遂げてみせる。
コンビニ「セーブポイント」のある広い空間に私たちはあっさりたどり着いた。ここに来るまで幸いにも敵との遭遇とかは起こっていない。
コンビニの建物を見つけて隆史君は走り出そうとする。しかし、私は隆史君を制止した。
「この冥宮、安全そうなとこほどヤバいと思うよ。建物の陰にゾンビとかがいてもおかしくない気がする」
「確かにそうですね。案外屋根の上なんかに……」
正雄君は屋根の上に何かが動いていることに気づいたようだ。続いて亜紀も敵の存在を視認し二丁拳銃を構えた。
「射程ギリギリって感じだけど先制ダメージは与えないとね」
亜紀はためらうことなく弾丸を発射した。
数瞬後、犬の悲鳴が広い空間に響いた。そしてゾンビドッグたちが次々に地上に降りてくる。そこをさらに亜紀の弾丸が狙い撃つ。
距離が遠いせいか弾丸は致命傷には至らないが、亜紀ばかりに活躍させる気はない。私と隆史君はゾンビドッグの群れに突っ込んでいく。
宮本武蔵の剣と巴御前の薙刀が容赦なく腐った犬の体を切り裂いていく。前回通り楽に勝てる戦いだ。そう思った時、一匹の犬が私たちの前に飛び降りてきた。
「な、なんだよこいつ! じ、人面犬?」
目の前に現れた犬を見て私は言葉を失った。
その犬は人間の顔をしていたのだ。それも中学生くらいの少女の顔を。
「あんたらに恨みはないけど、亜紀と一緒のパーティにいる以上生かしておくわけにはいかないね」
人面犬……澄川月子は肉食獣のような笑みを浮かべた。
つむぎの逃げろという叫び声が聞こえた。逃げちゃダメだ。こいつを説得しないと。
けれど口はぱくぱく動くだけで言葉を発しない。
なぜ、このタイミングで澄川月子がやってくるんだ? 進むコースを変えたせいだろうか、なんてことを考えているうちに人面犬は私に反応できないスピードで襲いかかり私の喉笛を切り裂いたのだった。
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