今まで一度も入ったことのなかった建物から、下りのエレベーターに乗った。

長い長い時間の後、扉が開くと、目の前の大きなガラス窓の向こうに海の底が見えた。

歩み寄って触れるとガラスは冷たく、かなりの厚みがあるようで向こうの景色がゆがんで見えた。

上を見るとはるか遠くに水面があるはずだったが、太陽も波も見えず、ただ濃紺の重い水がどこまでも続いているばかりだった。


天井のスピーカーから聞こえる声に導かれるまま白く四角い部屋に入り、すべての衣服を脱いで、開かれたカプセルに横たわった。

少しだけ背中がひんやりと感じたが、自分の体温で温まったようですぐに気にならなくなった。

AIはまるで、新しい家電の使い方を説明するような声で、これから行われる手術の内容を話し続ける。

私は白い天井をずっと見つめていた。

やがてAIの声が消え、カプセルがゆっくりと閉じられ、周囲は真っ暗になった。

麻酔ガスの甘い匂いがして、私は目を閉じた。

私は尾山君と、それから深沢先生の顔を思い出そうとした。

尾山君の真っ直ぐな眼、深沢先生の優しい眼が思い浮かんだような気がしたけど、やがて深い霧が頭の中にかかってゆき、曖昧にぼやけていくのが分かった。

私の全てが眠りの底に落ち、何もかもが無くなった。

私は、魚になる。

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海蘊 藻屑 @thaxree

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