第9話 星宮桜乃⑧

 家の中に鳴り響くインターホン。

 しかし少年は出ようとしない。

 桜乃の死を受け止めきれずにいる。


 「桜乃・・・ 」

 「呼んだ?? 」


 えっ??

 後ろを振り向くとそこには、自分の見知った顔がいた。

 

 「え、 嘘。 だって・・・ 」

 「待て待て。言いたいことは分かる。うん、 非常に分かる。

  けど一旦落ち着こう。 」

 「生きていたのか? 」

 「あー、 それはないない。 私死んだもの。 

  さっきだってインターホン鳴らしたのにでないんだもの。    

  驚かせようと思ったのに! だからすり抜けてきちゃった。 」


  桜乃は、 いたって明るく振舞っていた。

 

 「何で・・・ 何でそんな明るく振舞っていられるのさ!

  死んだんだぞ!? 何で、 劇じゃあ何事もなかったじゃんか・・・ 」


 「まーた、下をむく! そういうの良くないと思いまーす! 」


 「だから、 どうしてお前はそんなに他人事なんだよ! もう会えないんだぞ!

  死んだらどうでもよくなるってか!! 」


 「・・・ どうでも・・・ どうでもいいわけないじゃない。 」


 ここで初めて彼女は震えた。


「じゃあどうしろってさ! もう死んでるのに! 生き返らないのに、どうすればいい  ていうのさ! 私だって嘆いたよ!死んだんだもんそりゃあ泣くよ! けど泣いた    ところで誰も助けてくれるわけがないじゃない! 死んでるんだもの!!

 私だって本当は生きていたかった!もっと皆と一緒に過ごしたかった!

 学校だって卒業したかった! まだ沢山・・・沢山やりたいことだってあったのに

 もうどうしようもないじゃない!! 」


 彼女は堪え切れなくなった涙を瞳から零しながら、

 声を荒げていた。

 もちろん、この声は誰にも届かない。

 目の前にいる少年以外には。

 桜乃は更に言葉を荒げて続ける。

 空は静かにそれを聞いていた。


 「私だって本当は苦しかった! 辛かった! 治らないと知ってて生きているのが辛   かった! 」


 ・・・知らなかった。

 桜乃は桜乃でこんなにも苦しんでいたなんて。


 「どうして、 話してくれなかったのさ。 」

 

 「言えるわけないじゃない! こんなこと言って治るんだったらとっくに話してい   るわよ! 同情の目で見られることが私は一番嫌なの! 何も出来ないくせに心配だけされることがどれほど辛いのか分かる!? 」

 

 「ごめん。 桜乃がそこまで追い詰められていたなんて知らなかった。 」


 「別にもういいよ。死んじゃったのは仕方ないし。どーせもうす・・・って何で空   が泣いてるのさ! 」


  自分でも気づかなかった。

 知らない間に涙が頬を伝っていたのだ。

 

 それは止めようとすればするほど、どんどん溢れていく。


 「あれ、何で、止まらない。 おかしいな、こんなはずじゃないんだけどな 」

 

 涙が溢れる度に胸の奥に引っかかっていた思いが言葉になって口から出てくる。


 「俺だって・・・もっと、もっと桜乃と一緒にいたかった! どうして桜乃が死な   なきゃいけないんだよ! まだ一緒に話していたかったし、告白だってしていな   いのに! 」

 

 「えっ? 告白? 」


 ほんの一瞬。

 桜乃は、その言葉を聞き逃しはしなかった。


 「あぁ! そうだよ! 俺は桜乃が、星宮桜乃が好きだ! 」


 その言葉を聞いた瞬間、桜乃は再び泣き出した。


 「・・・遅いよ。バカ。何でこのタイミングで告ってくるんだよぉ 」


 「遅いって・・・もしかして 」


 「ずっと待ってたんだから。 私だって空のことが好きなの! 辛くてもそれを悟ら   せないようにしてたのは、変な同情で空に心配をかけたくなかったから。

それよりも貴方と楽しい時間を過ごしたかった。

だから私は日常を演じ続けたの。

まぁその必要も無くなっちゃったんだけどね。 」


  涙を溜めながら悪戯っぽく彼女は笑って見せた。

 

 「っと。ごめんね、そろそろ時間みたい。」

 「なっ! ちょっと待ってよ! まだ話し足りないのに、

  急にお別れ何て出来るわけないだろ! 」


 「そんなこと言われても、私にはどうすることも出来ないんだよ。

  ってまた泣いてる 」


 段々と桜乃の身体が薄くなっていく。


 「なんで、くそっ! なんでだよ! 神様お願いだ! 彼女を救ってよ! 」


 「もう死んでるんだし無理だよ。 空、消える前にもう一度言っておくね。」


 —―やめてくれ。 別れの言葉なんて聞きたくない。


 耳を塞いだ彼には不意打ちだった。

 

 彼女は彼の頬に両手を添えて優しくキスをした。

 

 触れられるはずがない。

 

 でも確かに彼女は彼に触れていた。

 それが神様が与えた最後の機会なのかは誰にも分からない。

 

 しかし確かにその瞬間、二人は触れていた。

 優しくて甘やかな最初で最後の彼女のキス。


 時間にして、ほんの数十秒だったが彼にとっては

 とても長い時間のように思えた。


 「私は君が好き。心から愛してる。だから・・・だからもう泣かないで? 」

 彼女は彼の涙をそっと拭い、優しく微笑むと

 静かに消えていった。


―――――――—―


 四月上旬、高校入学式。

 桜が鮮やかに咲き乱れる通学路を女の子が歩いていた。


 「ねぇ、 お父さん見て! 綺麗な桜! 私みたい! 」

 

 「 いや、私みたいって。似てるの名前だけだろ。

  って、そんなに急いだら危ないぞ!」


 「大丈夫だもーん! 」


 少女は満面の笑みで答え

 元気よく学校へ向かう。 


 「ふふっ。誰に似たのかしらね。 」


 「全く。 活発なのは間違いなくお前に似たな。 」


 

 

 


 


 

 

 


 

 

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そして演者は静かに眠る 夜月 祈 @100883190

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