34:生誕祭の日
パシバの街は、生誕祭の夜を迎え、賑やかな様相となってきていた。
ニュクスとラーギラの戦闘により、破壊され廃墟のようになってはいるものの、荒野の街だけあって住んでいる人間はたくましい。
お祭りの雰囲気もさることながら、壊れた街の至る所をうまく改造して人々は祭りに臨んでいた。
俺は祭りの雰囲気を楽しみつつ、荷物を整理して「ある物」を持って街の外れにあるトンネルへと降りてきていた。
最初にラーギラと出くわした場所だ。
「さて……そろそろか」
トンネル内はミスカの戦闘の後、かなり崩れてしまっており、危険な状態となっていた。
今にも部分的に崩れそうな感じで、人の立ち入りは禁止されている。
俺はここで、とある人物と待ち合わせをしていた。
やがて、トンネル内に人の姿が一人現れた。
大柄な男の姿で、分厚い鎧を着ている男だ。
「ボクス。来てくれたか」
現れたのはボクスだった。
彼に故郷を壊滅させられた後に、復讐のため付き従っていたあのボクスだ。
ラーギラが居なくなったため、彼の鎧から黒い色素は抜けており、緑青色のものとなっていた。
「久しぶりだな……相当な重傷だと聞いたが、そのギプスや包帯を見ると完治はまだか? あんな回復魔法が使えるのに」
「生憎、あれはドーピングしてるような状態なんだ。今はただのしょうもない臨時職員さ」
「あのラーギラを倒すほどの力を持ったお前が臨時職員待遇か……リハールというのは、よほど人材に恵まれている領域のようだな。と……それはいいとして、今日おれをここへ呼んだ理由は何だ?」
ボクスを呼んだのは俺だ。
街中で彼を見かけ、もう旅立つ途中であったのだが、用があるといってここへと呼び出した。どうしても、頼みたい事があったからだ。
「2つ。いや、1つになるかもしれないが……お前に頼みたい事があってな。悪いな、もう出ていくところだったみたいだが。お祭りには興味ないのか?」
「……故郷を失くした後、うわついた事にはあまり興味が持てなくなってな」
「そうか……悪い事を聞いたな」
「気にするな。それより、話す前にまず聞きたい事がある」
「ラーギラの事か」
ボクスがその通りだ、と返事をすると俺はあの戦いの顛末を話した。
自分の能力の部分は少しぼやかしながら、自分の能力に覚醒して、それを使って戦った、と。
「……そうか。奴は、死んだか。いや、死ぬことさえできなかったのか」
「さぁな。そこまでわからない」
ラーギラは影の魔王と化した後、純源子の光の中に消えた。
影は世界にそのまま散ってしまったため、純粋に死ぬことが出来なかったかもしれない。だが、奴のやって来た事を顧みれば、相応しい結末であったともいえる。
例えどれだけ過酷な運命を背負ってきていたとしても、やってはならない事がある。
「あいつは最後、ありがとう、と言っていたような気がした。自分を止めてくれる人間を、心のどこかで待ちわびていたのかもしれないな……」
「礼を言う。おれにはとても……ラーギラを倒す事は無理だった。これで亡き父と母も満足して眠りにつけることだろう」
ボクスはいつの間にか、目に涙を溜めていた。
長い間、復讐のために一緒に旅をしていたのだ。
自分の手ではないとはいえ、ラーギラを倒し、そして自由になった感嘆の念は推し量るにたやすい。
「それで……おれに頼みというのは何なのだ? ニュクス。お前は大恩人だ。出来る事なら引き受けよう」
「まず……こいつだ」
俺は懐に持っていたプレートをボクスへと差し出した。
くすんだ緑色に、空のような青色で円が描かれていて、そこに「YK」とロゴがついている。グラン・ユキナリのエンブレムだ。
これはラーギラの肩についていた、装備の破片だった。
「ラーギラの装備か? これは」
「ああ。あいつが虐げられた過去を忘れないように、あえて自分の装備に着けていたものだ。これを……処分して欲しいんだ。俺にはできそうにないから」
「処分……?」
「捨てればいい話なんだが、奴の話を聞くと哀れでな。墓でも作ってやろうかと思ったが、いい場所を知らないんだよ。だから……お前に渡そうと思ってな」
ラーギラは骨すら残る事は無かった。
ただ彼の持ち物と装備の一部は、戦闘後に降ってきたものを手に入れていた。
しかし売ったりするわけにもいかず、どうしようか迷った挙句、俺はボクスに頼むことにしたのだった。
ボクスは少しだけ笑顔になって、言った。
「いいだろう。おれが持っていこう。あいつは……世界を旅したがっていた。だからもう少しこいつと一緒に世界を回って、あいつが一度だけ、心からの笑顔を見せたあの場所へ持っていくとしよう」
「すまない。頼む。それと……もう一つ」
ボクスに鎧の破片を渡し、次に俺は背中に背負っていた革の袋を置いた。
そしてその中身を俺はトンネルの床へと広げた。
石造りの床に、ピンク色の土のような物が撒かれると、一瞬ボクスは怯んだ。
「これは……フィロの残骸か? なんでこんなものを?」
俺が持ってきたのは、フィロの残骸だ。
起きてからすぐにパシバの中央、ラーギラと戦った協会の場所まで戻ってから見つけた。
フィロの残骸は数日たっていたものの、殆ど風化はしておらず、奇跡的に残っていた。
何故こんなものを持ってきたのか? それは……もう一つ残っていたものを使うためだ。
「ラーギラのその鎧の下には、こんなものが入っていたんだ」
俺はボクスに巻物を見せた。
中には見慣れない呪文が描かれており、そこには「変質」の魔法が記されていた。
ただかなりカスタマイズされていて、通常のものとはだいぶ違っていた。
「呪文……? 変質の魔法のようだが、余り見た事が無いつくりだな」
変質は、錬金術などに代表される物質を別の物質へと変化させる魔法である。
例えば木の棒を鉄の串に変えたり、石像を泥に変えてしまったりなどだ。
「これは、生命を作り出す呪文だ。恐らく、ラーギラがフィロを作る時に使った呪文だろう」
「これが……!?」
「携帯用の金庫に入れられていて、かなり厳重に保管されていた。だからあの激しい戦闘でも、焼けてしまう事なく残ったんだ。だが……これは未完成だ」
「だろうな。生き物を一時的に無機物にしたり、その逆もあるにはあるが、完全に生命をゼロから作り出す事など、できるはずがない」
「……これは俺の想像なんだが、ラーギラの持ち物でこれが一番大事に保管されていた。その意味は……もしかして、あいつが本当に手に入れたかったものは、きっと―――心から信じあえる仲間だったんじゃないかと思うんだ」
「……」
ボクスは目を伏せた。
確かに、ラーギラの過去を聞くに彼が一番欲しかったもの。
それは……仲間であり、家族であり、友達だったのだろう。
だがそれを正しく望むには、遅すぎたのだ。
「……? 何をするつもりだ?」
「レギオル、ゼムオル、オワート、ナルト……その瞳が万物の招来を閉ざす時、樹木の声はレザルドの祝福のひとつとなり、慈愛の詩片のひとつを賜り、繋がっていく……」
ニュクスはフィロの残骸の傍に立ち、ラーギラの残した巻物を読み上げた。
かなり経年劣化していたそれは、ニュクスが呪文の内容を読み込み、知識を得ると
役目を追えるように消えていった。
「よし……これで、一回は使えるはずだ」
「使う……?」
「俺の覚醒した能力には、あらゆる魔力を強化する力がある。それを使えば……そして、それは俺の中にまだ少しだけ残ってるから、全力を出せば、って思ったんだ」
ニュクスはしゃがみ込み、残骸の塊に向かって掌を向けた。
そして、呪文を詠唱した。
「物語の開始(ラクモノ・リェセル)!!」
一瞬、虹色の光が放たれ、光がトンネルの中を満たした。
緑に近い緑青の輝きと、ピンク色の蛍が舞い、やがて緑色の生命力の塊がピンク色の残骸を飲み込んだ。
(なっ、なんだこれは……!?)
残骸が宙に浮かび、水の音のようなものが周囲に一定の周期で響いた。
同時に待っていたピンク色の蛍が緑色の球体の中へと吸い込まれていく。
まるでそれは、生命の器に魂が満たされ、世界に散らばっている命の素が注入されたような光景だった。
やがて水の音がゆっくりになると、フィロの残骸は卵型へと変化し、地上へと降りた。
魔法が終わった時、ニュクスは全力疾走したかのように息が切れていた。
「はぁ……ハーッ……つ、疲れた……残りの力を振り絞った、って感じだな」
(な、何をしたのだ……? 全く分からなかった)
薄いピンク色となった卵は、丁度サッカーボールほどの大きさがあった。
大型鳥類は、子供の頭ほどの卵を産むというが、それに近いかもしれない。
ボクスは興味深くそれを見ていたが、やがて卵は揺れ始めた。
そしてヒビが入り、卵は割れた。
「ッ……!! なっ……!?」
卵が割れると、中から大量の液体と共に―――人が現れた。
かなり小さい体躯で、丁度赤ん坊ぐらいの大きさだ。
僅かに緑色の髪が生えていて、外へと流れだすとそれは小さく泣き出した。
ニュクスは持ってきていたタオルで、赤子を包むとボクスへと渡した。
ボクスはその目と、髪の感じに見覚えがあった。
「これは、まさか……フィロ……か……!?」
声の感じ、淡い瞳。そして僅かだが新緑のような髪は、フィロのものだ。
思わず肌を触ってみると、柔らかい弾力で指が押し返された。
それにボクスはさらに驚いた。
(馬鹿な…い、…生きている……!! し、信じられん。作り物では……ない……!!)
「どうやら……成功したみたいだな。俺の力でやれば、うまく行くかも、と思ってたんだが」
「い、一体、どうやったのだ? フィロを……復活させたのか?」
「いや。復活したわけじゃない。たぶん。俺がやったのは―――同じ材料で、同じ意識を持ちやすいようにラーギラがやった魔法を俺なりにアレンジして使っただけだ。なるべく……蘇生と同じような感じになるよう、努力はしてみたが、どうだろうな」
ボクスは少女の幼子を持ったまま、放心したかのように立っていた。
ニュクスは、申し訳なさそうに言った。
「それでボクス。もう一つのお願いなんだが……その、物凄く身勝手なお願いなんだが」
「この子を……おれに育てて欲しい、という事か」
ボクスの問いに、ニュクスは静かにうなずいた。
ボクスは腕の中で自分の指に吸い付いている赤子を見つめた。
そして、僅かに瞼を閉じた後、ニュクスに言った。
「おまえ、もしかしてこの後、おれが死のうとしていた事を見抜いていたか」
「いや、そこまでは……ただもしこの魔法が成功したら、お前なら手が空いてそうだなー、と思ってさ。俺より生活力がありそうだし」
「……」
「いや勿論、無理ならいいんだ。俺が責任をもって育てるから……子供を育てた事なんて一度もないけど、全力で……」
「いや、是非引き受けさせてくれ。この命……使いどころをもう思いつかなくて困っていたんだ」
ニュクスは、その言葉にボクスの顔を見た。
復讐だけを夢見て、険しい顔をしていた剛胆なる男の顔は、柔和な表情へと変わっていた。
「すまん。頼んでばかりで申し訳――」
「ニュクス! どこに居るの! この辺りでしょ!! もう戻る時間よ!!」
トンネルの向こう側から、ミスカの声がした。
それにびくっと身体を跳ねさせると、ボクスが笑って言った。
「お前の連れの魔女か。探しているようだな。もう戻った方がいいんじゃないか?」
「すまねぇ! それじゃ……ああ、あと何かもし困った事があったら、ラグラジュを訪ねてくれ。俺はどこかの宿に寮代わりに泊まらせてもらってるから、探せば見つかるはずだ!」
ボクスはパシバの側へと続く出口へと走っていくニュクスを見ていた。
そして懐に眠る赤子を大事に抱え、その後に同じようにパシバの街へと歩いて行った。
「まさか、おれにまだやる事があるとはな……生き残ってみるものだ」
ニュクス達がパシバを離れた後、しばらくこの周辺で子供を引き連れた戦士の姿が確認されるようになったという。
彼は大事そうに赤子を連れながらも、その強さで様々な仕事をこなした。
そしてある時、とある場所で一人の女性を仲間に加えて、故郷へと帰ったという。
戦士の名は「ボクス」といった。
■
それから少しだけお祭りの街を回り、やがて空に花火が打ち上げられ始めた。
灯台砲のあったあたりに打ち上げ台が設置されており、花火は弾けるたびに
荒野の寒い夜を明るく照らした。
そして、時間になってパシバの街の外れまで来ると色々な人間が待っていた。
「ありゃ? 随分と出迎えが多いな」
俺が言うと、ミスカが言った。
「アンタ宛の請求待ちよ。倉庫屋とか飛行器屋とかが、お金が払われてないって」
「えっ!? どういう事だよ!? 経費で落ちるんじゃ……」
何故か、自分が公官手帳を使って払った代金がうまく払われていないらしく俺はその場で領収書をいくつも切る羽目になった。
「ご苦労様です。ロバンです……が、どうしたんですか? この列は」
「請求書待ち。あのバカ、期限切れの手帳で支払いをやってたのよ。だから領収書が要るって街の色んな人が請求に来てるの」
「期限とかあるんですね」
「あたし達はいらないけど、臨時はバイト扱いだからね。更新なんて殆ど手間がかからないってのに……と、それで、ロバンさん。街の方はどう?」
ミスカが訊ねるとロバンは言った。
「はい。治安の方は今の所、問題なく……元々、ここは建物は荒れ気味だったので、さほど影響は無いようです。復興にはだいぶかかるようですが……リハールの首都や中央より、技術者や防衛部隊の追加要員が来るとの事で、明日から作業が始まるかと」
「ごめんなさい……後処理は全部任せちゃって」
「ははは、魔女どのが謝るとは、珍しいですな……と、嫌味ではありませんよ。街の事については、気にしなくて大丈夫です。それどころか……今回はお世話になりました。あなた方がいなければ、ラーギラにこの街は本当に滅ぼされていたかもしれません」
「あたし達は、大した事はしてないわ。やったのは……あっちの請求書に追われてる方よ。たぶん」
ミスカとロバンが視線をやると、平謝りに頭を下げながら、ニュクスは請求書にサインをしていた。
ガダル達は最初それを笑ってみていたが、レオマリが手伝いに入るとバツが悪そうに手伝いを始めていた。
そして大幅に出発が遅れる事30分。
ついにニュクス達は戻る事となった。
「はー……つ、疲れた……や、やっと終わった……」
「おっ、やっと来たぜー。帰りの便たちがよ」
巨大なバッタのような生き物が3匹やってきて、それにガダル達が騎乗していく。
「ビビラム・ホッパー」という砂漠に生息する巨大バッタである。
数百メートルを飛び、空中を羽根で滑空しながら飛ぶという生き物だ。
主に騎乗に使われていて、砂漠や岩の荒れ地などで力を発揮する。
風を楽しめるという事で人気のある乗り物だが、乗りこなすのは大変なシロモノである。
ガダル達が愛用するもので、荷物は別口で持ってもらい、彼等はこれで移動していた。
「それじゃあな! 落ちこぼれ野郎!!」
「うるせー、余計なお世話だ」
「それじゃ、ミスカさん、レオマリさん。一足先に帰りますんで……」
「報告よろしく。頼んだわ」
ガダルが短い報告を済ませると、グラフトンとシエーロを含め、三人はあっという間に夜の空へと消えていった。
そしてその後に、巨大な車と大型のハトのような生き物が近くへと降り立った。
これは魔法使いが使う飛行器の大型版である。
馬車を馬が引き連れているように、大きな貨車に荷物を積んで「浮遊」の魔法で浮かせ、それを大型の鳥型クリーチャーで動かす、という方式のものである。
引いている鳥は「バルファビジョン」という夜行性の鳥で、休まず空を飛べるタフな生き物だ。
貨車には空を飛ぶための専用の箒が足の部分についており、まるでお神輿のような形状をしていた。
「さて、帰るか……」
「帰りましょ。疲れたわ。結構戦ったし」
「帰りましょう。ラグラジュの星粉のオムライスが恋しいです!」
三つに分かれた馬車のそれぞれに俺たちは乗り込み、貨車はそのまま空へと飛びあがった。
パシバの街の生誕祭を盛り上げる花火は、クライマックスを迎えていた。
空にたくさんの花火が撃ちあがるのを窓から眺めながら、俺は自分のルールブックを見ていた。
そして、最後の自分の物語のクリアページを見て、思わず声が零れた。
「……マジかよ」
そこにはこう記載されていた。
クリア条件は―――「ハッピーエンドを迎える事」と。
「ふああ……寝よ寝よ。とりあえず帰ったら……」
本当にこの世界が現実へと繋がっているというのなら、一度帰ってみよう。
そんな事を考えながら、俺は眠りについた。
X.Y.Z ―マジック・ワールドRPG― trias @trias
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