33:夜明けの朝に

ニュクスとラーギラの戦いが終わって少し経ってから

ミスカは目を覚ました。


「ん、ん……んん……?」


ひどく長い夢を見ていたような感じで、身体が重い。

そして自分の目の前には何かが立ち塞がっていた。


「なにこれ……あれ、今あたしどこに居るの……?」


手で目の前をまさぐっていると、突然、目の前の暗闇が欠けた。

そして欠けた部分から光が入ってきた。


「ま、まぶしっ……」


「あ! 居た! 居ました隊長!! 最後の公官の方が見つかりました!」


ミスカの目の前が崩れると、そこから街の防衛部隊の人間が手を伸ばしてきた。

それに掴まって、ミスカは地上へと引っ張り上げられた。

どうやら地下のほうに埋まっているような形になっていたらしく、捜索されていたようだ。そのままミスカはパシバの壁の方へと連れていかれた。


(これ……パシバの街なの……?)


ミスカは担架の上から見たパシバの街に驚いた。

そこには建物らしい建物はほとんど残っておらず、残骸が何とか気合だけで建っているだけのような破壊されつくした街の光景が広がっていたからだ。

まるで戦争でも起こった後のようだった。

パシバの街の北側にある大きな城壁の下部には、臨時の滞在施設が作られていた。

そこに街の住民の大部分は集まっているようで、普段とは打って変わって賑やかな状態になっていた。

ミスカは壁の内部に設けられた医療施設に運び込まれ、治療を受けた。

そして昼を過ぎたぐらいになって、ようやく一息つくことが出来た。


「入ります。ミスカ殿」


「ん……あなたは……確かロバンね。街の防衛部隊隊長の」


重傷者の治療を行うため、魔法陣の上に設置されたベッドに寝たまま、ミスカは言った。

ロバンは疲れ切った様子で、傍の椅子に腰を下ろした。


「そうです。いやぁ……もう少しで事後処理が終わりそうです。やっと一息つけそうで……疲れました……」


「お疲れ様。それで……ひとつ聞きたいんだけど。あの後、何が起こったのか、話してくれない?」


ミスカは皆が忙しそうにしているので、中々あの後の事を聞けなかった。

やっと事情をある程度把握している人間がやってきたので、訊ねたのだった。


「あの後、と申しますと……我々が二手に別れた後の事で?」


「なるべく最初から話して欲しいわ。お願い」


「わかりました。あの後……二手に分かれ、あなた方公官らが潜入した後。我々は街の外側からじりじりと中の方へと進軍しました」


目立つためにわざと街の外から防衛部隊は侵入した。

当然ながら、操られている街の人間とすぐに衝突する事となった。

相手は武装していないため、大したものではないと思われたが……。


「ですが相手は街の住民です。殺害するわけにはいかず、防戦一方となりました。そして思った以上に体力があるようで、しばらくすると我々の方が逆に街の外側に押され始めたのです」


このまま無理をしてでも注意を引き付けておくべきか。

それとも一旦撤退するべきか、とロバンは決断を迫られた。

そんな時、街の中から一人の男がこちらへとやって来たのだという。

男は格好から、すぐにラーギラの仲間の一人であったボクスだと判明した。


「我らは警戒しましたが、ボクスは武装を解き、近づいてきて言いました。我々に頼みがある、と」


「頼み……?」


「街の人間を操っているのは、ラーギラの能力の一端で、解除するには水が必要だ、と。そしてもうすぐ公官が雨が降らせるから、なるべく街の外へと人々を誘導して連れ出してくれ、と」


「雨が降るから……? 何を言ってるのよ?」


「えっ? ミスカ殿が降らせたのではありませんか?」


「あたしはやってないわ」


「てっきりミスカ殿が降らせたかと……我々も最初は信じられませんでしたが、ミスカ殿が降らせるというのなら、というのと、このまま無理をしていても全滅するだけであると説得され、渋々その作戦に乗る事にしたのです。その時かなり押されていて、こちら側も危険な状態でしたから」


念のため、罠である可能性を考慮し、部隊を二つに分けた。

そして、それぞれで街の住民をなるべく街の外へと誘導した。

ボクスが言うには「もうすぐ街全体が戦闘エリアになるから、可能な限り離れろ」との事だった。

そして実際に街の住民をパシバから引き離した辺りから、凄まじい攻撃が始まった。


「街の中心部から、色々なものが見えました。巨大な火の柱や、稲妻の雨、滝が逆向きになったような水の柱……かなり遠隔から街の様子を見ていましたが、遠くまでも伝わってくる強烈な地震と轟音……見る見るうちに街の建物は崩されて、形状が変わっていきました」


「どういう事……!?」


ミスカはその時、ちょうどラーギラの能力で操られてしまっていたぐらいだ。

自分はもう戦う力がなく、もはや完全に死んだような状態だった。

ニュクスに自分にトドメを刺せ、と言っていたような記憶もある。

という事は、誰とラーギラが戦っていたのか?


「その後位に、急に空が雲で満たされ、雨が降ってきました。それで、ボクス殿が言った通り、街の人々から次々に植物の芽のようなものが出てきたので、それを引き抜くと無力化できました」


「植物の、芽……」


確かラーギラはそのような能力を使って人々を操っていると言っていた。

自分が途中で彼の傀儡とされてしまった時も、掴まって確か植え込まれてしまった。

どうも水を使えば、簡単に引き抜くことが出来たらしい。


「我らは街の住人たちをその場で介抱しながら、あなた方の戦闘がどうなったのかを見ていました。すると……街の中心部から強力な光が見えました。遠目でもはっきりと見える虹色の光です。で、それが何度か激しく明滅した後……急に消えて夜の空に漆黒の色が広がっていきました」


「漆黒の色……?」


「何かはわかりません。ただ、夜空を全て飲み込む様な真っ黒なものです。何もかもを塗りつぶすような……恐ろしい光景でした」


戦闘らしいものは、その後も10分ほど続き、やがて決着の時が来た。

数度、虹色の光が空へと放たれた後、空が歪むようにしてうねった。

最後に小さな光弾が空へと発射され、凄まじい光が空を満たすと、漆黒の闇は消えていた。

ただ夜空が広がる元の光景に戻っていた。


「凄まじい光……って?」


「わかりません。ただそれまでのものとは桁違いのものでした。空に巨大な光の爆発が起きて、まるで太陽が地上に召喚でもされたのかと思いました。そうですね……確か、30分ほどは昼間のような明かりが続いていたと記憶しています」


その後、街へと戻るかどうか迷った挙句、朝方に戻る事となった。

夜が明けて戻ってみると、街の光景は一変しており、街中を捜索するとガダル達とレオマリを発見。

そしてミスカも発見され、治療されたのだった。

全員、身体はボロボロの状態で、相当な重傷であったという。


「3日は安静って言ってたけど、そんなに悪かったの……」


「ガダル様、グラフトン様、シエーロ様、レオマリ様。そしてミスカ様。あなた方は全員、身体の至る所を骨折しており、内臓も痛めております。その上、魔力の使いすぎで魔力欠乏症にもかかっています。しばらくは絶対安静です。無理をして動くと本当に死んでしまいますよ」


「ニュクスと、ラーギラはどうなったの? あとその……フィロって子は……」


ミスカはラーギラと会っていたので、フィロの末路を知っていた。

だが、悪い夢ではなかったのかと思わず訊ねた。

あの場に居たのはニュクスとラーギラだけであったので、聞かなければ変な感じがする事もあった。


「ラーギラと、ボクスと共に居たフィロという少女は、いまだ見つかっておりません。町中をくまなく探したのですが……恐らくは逃亡したかと。ボクス殿にも行方を尋ねましたが、自分にはわからないと申しておりました」


「……ニュクスは? あのちっちゃい臨時の公官」


「あの方は……一番重傷です。灯台砲のある建屋のすぐ外で気を失って倒れておりましたが、全身の骨という骨が折れておりました。その上内臓破裂も起こしていて、魔力欠乏症も一番ひどい状態となっておりました。今は、軍医が付きっきりで診ております」


ミスカはニュクスのダメージを聞いて、一瞬眉をひそめたが、同時に確信した。

あの後、ラーギラとニュクスが戦い、そして彼の方が勝利したのだと。


「なんでも医者が言うにはあと30分収容が遅れたら死んでいたのではないか、と……幸い、本人の生命力が強いのでこのまま行けば命に別状はないだろう、と言っておりました」


「みんなに会いに行きたいんだけど……」


「無理です。あなた以外、まだ誰も目を覚まさないのですから。それに今のあなたは立ち上がれないと思いますよ」


ミスカはその言葉にムッとなり、ベッドから身体を起こそうとしたが

上半身だけを起こした所で、すさまじい腰と背中の痛みに思わず身もだえした。

身体をまた寝かせ、身体をさすって痛みを何とか逃がす。


「~~~……っ!」


「でしょう? 下手したら命を落としている怪我ですよ。大人しく寝ていてください。これから街の生誕祭まで、我々が責任をもって警戒を行いますので」


街の生誕祭? こんな状況でお祭りをやる気なのだろうか、とミスカは訊ねようとしたが

面倒な仕事が終わったように、ロバンはさっさと部屋を出ていってしまった。

ミスカは動くこともできず、かといって無理に起きたとしても他の面々は全て寝ているという事で

気乗りしないものの、久しぶりの惰眠をむさぼる事にしたのだった。



ニュクス達がパシバの街の防衛部隊に回収され、4日が経った。

パシバの街の生誕祭。その日の朝方に、ようやくニュクスは目を覚ました。

ベッドから起き上がると、体のいたる所に包帯が巻かれていた。


「う~む……こ、ここ、は……?」


「あっ! 起きた! 起きましたよ先生!!」


俺が目をこすると、目の前には涙ぐむレオマリの姿があった。

彼女が部屋の外へと声をかけると、入り口から白く角ばった服装をした女性が入ってきた。

街の防衛部隊の服に似ているが、医者を現す白衣の意匠をしたチョッキをつけている。要するに軍医だ。

彼女はレオマリと共に自分を診療してくれた。


「おはよう。君がニュクス、でいいのかな?」


「はい。リハール国家魔法執政官……の臨時職員のニュクスです」


「だいぶ傷は良くなったようだ。施療の回復魔法陣の力とはいえ……あの重篤な状態から、よく安定したものだ」


「そんな危なかったんですか?」


俺が訊ねると、レオマリが代わりに答えた。


「あと1時間治療が遅れてたら確実に死んでいましたよ。ホントに……治ってよかった」


「アドパルドさん。あなたも彼ほどではないにしろ、全身打撲に胸骨骨折の重傷だったのですよ。余りはしゃがないでください」


軍医の女性の言葉に、俺は思わずぎくりとなった。

確か、自分はラーギラの力で操られている彼女を止める為、首を絞めて気絶させた。

恐らく、その時のダメージなのは間違いない。

かなり手加減はしたし、命に別状がないまでは確認したが、怪我の程度までは見ていなかった。

俺は思わず訊ねた。


「骨折って……大丈夫なんですか?」


「三日ほど施療を受けたから完治しているよ。後遺症も無いだろう。ただ……何にああされたんだ?」


「えっ?」


「凄まじい力で首のあたりを絞められていた。大蛇か何かでもいたのか? 胸骨、鎖骨、肩甲骨の全てが割られていたよ」


「……せ、戦闘が凄かったので、何かのはずみでそうなったんだと思います……」


自分がやりました、とはとても言えず。

俺はただ後ろめたい気持ちで答えをはぐらかしていた。

他の公官について訊ねると、ガダル達はもう回復し、街のポーションカウンターにたむろしているらしい。

そしてミスカの事を聞こうとすると、丁度部屋へと彼女がやってきた。


「あ……大丈夫だったのか?」


「ええ、なんとかね。そういえば……レオマリ。今日は街の生誕祭だから、まだ夜じゃないけど出店が出始めたみたいよ」


ミスカが言うと、レオマリ達二人はその話に興味が出たようだった。


「えっ、本当ですか?」


「そういえばもうそんな時間か。今日の昼は食べ歩きをしてもいいかもしれないな」


「ニュクスさん、すみません! わたしちょっと行ってきます!」


レオマリが行くと、軍医の女性も同じように後に続いた。

彼女は部屋を出る前に、短い警告を残して出ていった。


「ちょっと私も出るとしようか……ニュクス殿、君ももう出歩いても構わないが……必ず腰のコルセットと今つけている身体のサポータ-は外さない事。いいね? 君の身体はまだズタボロだ。よく気を付ける事だ」


軍医の女性が出ていくと、ミスカだけがその部屋へと残った。

俺は、彼女が言いたい事に何となく想像がついていたので、あえて先に訊ねた。


「で……何が聞きたいんだ? 二人に席を外させてよ」


「あの後、どうなったの? ラーギラと戦ったのはあなたね?」


流石にミスカにはある程度は話さないわけにはいかない。

俺はあの後、自分の能力に覚醒し、奴と戦う力を運よく持つことが出来た、とだけ話した。

そしてラーギラが辿った末路についても、おおまかにミスカに伝えた。


「自分の、能力に飲み込まれて、死んだの……?」


「ああ。死んだというよりは化物へと変わってしまった、という感じだった。理性も何もない、文字通りの怪物だ。俺に……あいつを倒す以外の選択肢は無かった」


ラーギラが影の魔王の姿へと変わってしまった後、もう理性は残っていなかった。

あれはもう、ただ本能と自分の欲望のままに動く怪物だった。

猛獣と同じ、いや獣ならばまだ分かり合える可能性がある分マシかもしれない。


「なんか……話を聞いてるとラーギラの能力、物凄いけど、あなたの覚醒した力ってそれを上回るぐらいなの? どういう能力を修得したのよ」


「それは……悪いが今は秘密にさせてくれ。それに、制限がかなり大きいから大したものじゃない」


純源子を使って戦うことが出来る、というのは恐ろしく強力ではあるが制限も大きい。

この能力は少し使い方を考えなければならないだろう。


「何よ! 気になるでしょ! 話しなさい!!」


「今は……勘弁してくれ。気持ちがまいってるんだ。いつか必ず話すから」


ミスカは最初、無理やり話を聞こうとしていたが、しょげた姿の自分を見て途中で手を離した。

事実、俺はラーギラをどうにもできなかった事と、フィロが砕かれた光景。

そして闇に落ちたラーギラを仕方なかったとはいえ、自分の手で消滅させたので沈んた気分のままだった。


「……わかったわ。なんか凄くまいってるみたいだから、今度にしてあげる。でも隠し事は許さないから! あたしだって召喚者だって話したんだから」


「ああ。わかってるよ。いつかな」


「あたしもレオマリ達と外行ってくるわ。あんたも後から来なさい。今日は生誕祭だから花火が上がるわ」


ミスカはそう言って部屋から出ていった。

しかし、すぐに扉から顔を出すと、驚くべき事を口走った。


「あ、そうそう。ちょうど生誕祭が終わったぐらいで街を離れるから、荷物の準備をしておきなさいよね」


「はいはい。荷物の準備……街を離れる? どういう事だ?」


「あたし達の任期は今日までなの。あんたもついでに呼び戻されるみたいだから、ラグラジュに戻る準備をしときなさい、って事。詳細はベッドのそばに書類があるから、見ときなさい」


「なっ……!?」


ミスカは「行ってくる」と手をブラブラさせてから外へと出ていってしまった。

俺は慌ててベッド傍のテーブルを見た。

そこには新聞のような大きな用紙が置いてあった。

これはエンダーレンス・シートというもので、文字だけが流れていく紙である。

スマホの用紙版というとわかりやすいかもしれない。


「なになに、ラーギラの発見、そして捜索の完了を持って……」


そこにはラーギラを取り逃がしはしたものの、発見した事。

そして戦闘で大きく街を破壊してしまったが、奇跡的に犠牲者が出なかった事による働きへの謝辞と雲誕の魔術式を取り戻した事による功績を称える報せが記載されていた。

末尾にはパシバの生誕祭の日程を持って任務の期間終了とし、戻ってくること、とあった。

また協力者であるパシバの臨時職員についても同時に派遣の任を解き、次の仕事は首都ラグラジュにて新たな職務が下されるまで自宅にて待機する事、とあった。


「って事は、ホントに俺のここでの仕事は終わりか~……」


長かったような、短かったような複雑な感覚に、ついノスタルジックな気分になってしまう。

だが、そうと決まれば帰る準備をしなくてはならない。

俺はパシバで使っていた自分の部屋を片付けるべく、医務室を後にした。

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