第6話 エンプロイアビリティ

 アビリティはこの世に最初から概念としてあったものでは無い。

 突出した能力の者が『カリスマ』として崇められて居ただけの時代もあった。


 アビリティという概念が生まれ、それを持つ者が権利を主張し始めた当初にも人権的観点からアビリティ主義反対派は多くいたらしい。

 それ故に、一概に能力者だけが世界の上位にいる様なことは無かった。


 しかし、いざ制度が正式に施行され、人類が二つに分け隔てられると状況は一気に変わった。


 能力者は数十年の間に世界を変え、その権利を確固たるものとして主張、保持した。

 同時に無能力者は居場所を失ったが、もはやその制度を悪として咎めることなど出来ない画一された世の中となっていた。


 アビリティの管理に関しては、政府内に特別な調査機関が存在する。

 アビリティの正式名称が雇用能力エンプロイアビリティというだけあって、調査機関は能力者を早期に判別し成長を促すことが仕事である。

 その為、義務教育の終わりに一斉に監査を入れ、そこで子供達を判別する様になった。


 は、能力者のアビリティに有害だとされる。

 能力者の権利を維持する為、無能力の特技は職業に選択できない。

 目指すことすら刑罰対象となりうることもある。


 ひよこの様に判別され、無造作に告げられる『夢の終わり』

 思春期真っ只中の子供達に告げられるその事実は只々酷である。


 好きで無能力として生まれたわけじゃない。

 世界は不平等だ。



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「絶対に嫌だ」


 腕組みをして、そう答えた。

 完全拒否の姿勢を見せるが、侑麻は全く動じない。


「どうして、こんなにもお願いしてるじゃないか」

「ばかいえ、そんなことできる訳ない。そもそも顔も違うし体格だって違う。俺はお前みたいに優しい顔つきをしていないし、目付きも悪い。それに背だって…高くない」

「そんなの、事故の後遺症でなんとかなるよ」


 んな訳あるか。

 呆れ顔で侑麻を見ると、少し遠い目をした。


「それに、あの人たちが欲しいのは僕じゃなくて僕のアビリティだから。見た目とかは関係ないよ」

「は?んなわけ…」

「ふふふ、そんなわけあるんだなあ」


 真面目な話だなんてとんでもない。ましてや提案とも言えない馬鹿げた話だ。

 俺が、この引きこもりの俺が、優等生の弟を演じるなんて天と地がひっくり返っても無理な話である。

 いっそ転生でもしたらいいのか。

 転生してチートアビリティでも持てば…ってこの話はそんな話ではないのか……


「…侑麻、お前俺のアビリティナンバーは知っているだろ?」

「うん」

「無能力のエイトが、どうやって能力者だらけの場所で生活するんだ。すぐにバレて、追放されるのが目に見えてる。それにナンバー詐称は大罪だから、最悪刑務所行きだ。」

「大丈夫だよ、来年の春までに僕がなんとかする。兄さんはただ僕のフリをして堂々と学校に通ってくれさえすればいい」


 実際、天才領域のアビリティ保持者にそう言われると妙な安心感がある事は確かだ。

 だが、問題はそれを成し遂げるのが最低ナンバーの俺だということ。


「…アビリティを見せろと言われたらどうする」

「大丈夫だよ、私闘制限で一年前から公の場でのアビリティの暴露は規制されてる。脅されたら答えなければいいだけだよ」


 兄さんは引きこもってたから、知らないだろうけど。と、続けられて身も蓋も無い。

 確かに引きこもってから、アビリティに関しての情報は一切遮断してきたので、そんな事は知らなかった。


「…ッ!なんにせよ無理だ!俺には!!」


 バンッと大きな音を立てて机を叩いた。

 言葉で上手く伝えられないもどかしさから、どうしても感情的になってしまう。


「…いっせんまん」

「は?」

「何の金額だと思う?」

「いきなりそんな突拍子もない数字を言われても…」

「父さんと母さんの、一年にかかる入院費用だよ」

「なっ…!」


 さらに追い討ちをかける様に侑麻が続ける。


「それにね、兄さんが引きこもってる間に監査があって、この一年間何も活動してない兄さんは、エイトからナインになったんだよ」


 ナンバーナイン。

 通常の無能力者は、どんなに才能がなくてもエイトまでの順位に着く。

 ナインは犯罪者などに使用される、謂わば無能力者の掃き溜めのようなランクだった。


「ナインの兄さんに、父さんと母さんの治療費が払えるかい?」

「うっ…!」

「僕もこの身体だときっとナンバー落ちだ。それだと二人の治療費が払えない。何としてでも足を治したことにしないと」

「侑麻…」


 よくよく聞くと、ナンバー上級者は国からかなりの補助金が出る…らしい。

 更に両親が入院をしている病院は『白日病院』。

 そう、白日学園の付属病院なのだ。


 学園での待遇も特待生だ。

 学費は無料。それは休学時も同様の様で、この一年何もしなくても、来年にちゃんと入学さえすれば返済など問題はないのだと言う事。


 さらに言えば卒業後もあらゆる就職先から引く手数多だ。

 もし両親の治療が長引いたとしても、生きる術は確保できる。


「頼むよ兄さん」


 侑麻が机に額を擦り付ける程に頭を下げた。

 下げたまま、顔を一向に上げない。

 肩が震えている。まさか、泣いているのか。


 本音は絶対に絶対に絶対に嫌だ。

 こんな無茶なこと、万に一つも上手く行くはずがない。


 約一年前、卒業式の前日に機関から宣告された『エイト』のレッテル。

 アビリティのせいで引きこもったのに、また同じことに悩まされるのか。


 しかしこのままでは、侑麻に保障されていた筈の未来が遠ざかってしまう。

 両親の生命も、同様にーーーーーー


 ははっ、あー、様々な可能性を考えても、最初から俺に選択肢などなかったのかも知れないなぁ。


「…ちゃんと、打つ手は考えてあるんだよな」

「うん」

「学校に通う以外の事はしなくていいな」

「そうだよ」

「完璧なフォロー体制を敷いてくれないと困るぞ」

「もちろんだよ」


 俺は溜め息を吐いた後に、息を大きく吸い込んだ。


「…そうか。わかった。俺、お前を信じるよ」


 俺がそう呟いた瞬間、侑麻が勢いよく顔を上げた。


「兄さん!ありがとう」


 顔を上げた侑麻の目には、涙など溜まっていなかった。


 おいおい。何だか侑麻の手のひらで転がされている気がするぞ‥。

 決断するには時期尚早だったか。

 それでも、嬉しそうに笑う侑麻の笑顔は本物だ。


 まぁ、いいか。

 何にせよ死ぬ気で頑張ってみよう。

 もはや俺には失うものなど何も無いのだから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

叛逆のカンパネラを鳴らせ non @nononon_

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ