第5話 大切な話

「大切な話の前にね、とりあえず僕の体のことを説明しておこうと思うよ」

「おう」


 いつものリビングテーブル。

 いつも通りなら俺はここに一人きりのはずだが、向かいで侑麻がお茶を飲んでいる。

 本当、一ヶ月前には思いもよらない光景だ。


「僕の足はもう動かないみたい」

「えっ、なんだよ…それ」

「下半身麻痺と言った方が正しいかな。足というより下半身全体だね」

「そんなこと、俺聞いてないぞ」

「うん、今初めて話したからね」


 俺の真剣な表情とは裏腹に、あっけらかんと話す侑麻に調子が狂う。

 たいした事がない訳は絶対にない。

 心配がそのまま表情に出ていたのだろう、侑麻が困ったような顔をして優しく笑った。


「まぁ、ある程度は僕のアビリティで補えるから問題ないよ」


 アビリティ。

 正式には、雇用能力エンプロイアビリティと言う。

 この世界における個人の能力の指標だ。


 全人類は能力を持つ者と持たざる者で分類をされている。

 義務教育を過ぎた頃にワンからナインまで、それぞれナンバーを付けられ判別をされる。

 ワンからファイブまでは能力を持つ者、シックスからナインまでは能力を持たざる者として。


 能力の性質は様々あるが、所謂魔法が使える様な人間はこの世いない。

 歌が上手いとか、運動神経がいいとか、そう言った物が限りなく特化された状態がアビリティであると分類される。

 努力の範囲の代物ではアビリティのナンバー監査対象外である。


 言わずもがな、侑麻は能力者である。

 類稀なる発明の才能がアビリティの監査対象だ。

 家にある全ての発明品や、先程の車椅子の『脚』など、俺が驚いたソレは侑麻にとっては当たり前に生み出せるものなのである。


 そのアビリティがあれば補えると言った彼の言葉にきっと嘘、偽りは無いのだろう。

 能力者の凄まじさは嫌という程よく分かっている。

 何故なら俺は持たざる者だから。


「そ、そうだよなぁ。ハハッ、侑麻のアビリティがあればきっと事故のハンデなんて無いのと一緒だよな」


 複雑な心境にどうしたらいいか分からず、引きつった笑いを浮かべてしまった。

 悪い癖だとは自覚している。


「…それでも、僕だけの力じゃ補えない事が出来てしまったから、兄さんにお願いをしたいんだ。」

「おいおーい、お前に出来ない様な事がこの俺に出来るなんて思っているのか?」

「出来るよ。むしろ兄さんでないとだめな事なんだ」


 やけくそ気味に鼻に指を入れながら返事をしたら、やたら真剣な顔で返された。

 ふざけているわけではないのだろうが、それでもやはり信じ難い。


「…あのなぁ俺はエイトだぞ、そのせいで一年も引きこもってる」

「知ってる」

「下から二個目の立派な無能者だ」

「世間一般ではね。でも兄さんは違うじゃない」

「何言って…」

「面倒見が良くて、頼り甲斐がある。兄さんは僕のヒーローだから」


 椅子から滑り落ちそうになった。

 恥ずかしげもなく、よくそんな事を言えもんだ。


 しかし、そんな感情とは裏腹にニヤニヤと笑いが止まらない。


「ま、まぁ?折角の弟の頼みなんだから、話くらいは聞いてやらんこともないかな」

「ありがとう。きっと兄さんはそう言ってくれると思っていたよ」


 目の前でニコニコと笑う侑麻。

 一瞬口元が歪んだ気がしたが、きっと俺の気のせいだろう。


「兄さん、お願いだ」

「うん」

「僕の代わりに、学園に通って欲しい」

「学校か!学校な!わかった!学校…って、は?!」


 予想の斜め上すぎて、思わず椅子ごと後ずさった。

 そりゃあもう、ズサーッと。


 侑麻が通う(正確には春から入学する予定だった)白日はくじつ学園は、この国で知らない人間などいない超有名校だ。

 アビリティ保有者のみが通える学園で、学園を出た者は安泰な人生が歩める保証が付いている。

 何故なら、今世の中を動かしてる者は全て白日学園の出身者ばかりなのだから。


「ばっ、か!!!お前は何を言ってるんだ正気か?!」

「うん。頭の検査はなんともなかったよ。」

「いや、そういうことじゃなくて…」

「兄さん、僕は至って真面目な話をしているんだよ」


 侑麻が話す雰囲気を変えた。

 いやいや、先にふざけた事を言ったのはお前だろうが。


「実は退院する二週間前に学園の人がお見舞いに来たんだ。僕の病状の話をしたら、今後の話をされたよ。」

「な、なんだよ。まさか、退学とか…」

「ううん。病状が治り次第復学するか、一年休んで来年新入生として入学するか選ばせてくれるみたい。」


 良かった。

 ホッと胸を撫で下ろす。


「それで?お前はどうすると言ったんだ」

「足を治してから、一年後に新入生として入学しますと伝えたよ」

「足を?車椅子のことか?」

「違うよ、車椅子じゃなく、自分の足で学校に通うと言ったんだ」

「だってお前、さっきもう足は動かないって言ってたじゃないか」

「そうだよ。学校の人にも同じ説明をした。兄さんと同じ様に驚いていたね。でも僕にはアビリティがある。一年もらえればアビリティで何とかしますって言ったら、急に感動してたよ。さすが我が園の特待生だ!とか言ってさぁ…」


 くすくすと笑う侑麻。

 何がおかしなことが有るもんか。俺はもうずっと呆気にとられたままだ。

 ここにきて、侑麻が白日学園の特待生なことが新情報として追加されたし。


「残念ながら僕の足はもう動かないよ。でも、僕には兄さんがいる」


 満面の笑みで笑う侑麻の顔は俺を見据えて離さない。


「改めてちゃんとお願いするね。兄さん、僕の代わりに学園に通って欲しい」

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