第4話 車椅子インマイハウス
話は一週間前に遡る。
「兄さん、僕来週の水曜日に退院するから」
「お、おう…」
病院の侑麻から、電話があった。
全ての治療を終えたとの報告だった。事故の経過から約一ヶ月程度の事である。
先の事故で頭を打ち、その検査におおよその時間を費やしたが、その他は奇跡的にも無事だったらしい。後部座席というのも幸いしたしいとのこと。
ちなみに、両親の意識はいまだ回復していないらしい。
全ての話が『〜らしい』となるのは、俺があれから病院に行っていないからだ。
否、訂正しよう。行けていないの間違いだ。
本当は侑麻の検査結果を聞くことも、両親のお見舞いにも行きたいのだが、あれ以来また引きこもっている。
今は玄関に立つだけで足が震えてしまう。本当にあの時、外出できたのが不思議でならない。
あれが火事場の馬鹿力というやつなのだろうか。
一度も現れないままの俺に、さすがの弟も察しが宜しく。
「タクシーで帰れるから、大丈夫だよ」
「そ、そうか悪いな…」
「気にしないで。ただ一個だけお願いがあるんだ」
「え?な、なんだよ」
「車椅子を持って帰るから、タクシーから降りた後のサポートをお願いしたいんだけど」
は?車椅子?
何だそれ、そんな大事な事全く聞いてないぞ。
身体は何もなかったって言ってたじゃないか。
「おい、侑麻!何だそれどういうこと‥」
「詳しいことはまた当日に。じゃあね兄さん」
質問には答えずに電話が切られた。
俺は訳がわからず、受話器を握りしめたまま立ち尽くすしかまかった。
それが丁度一週間前の出来事である。
今日は、約束の水曜日。侑麻の退院の日だ。
午後には家に帰ってくると言っていたから、約束通り玄関先で出迎えなければならない。
ーーーきた。
ドアの向こうでかすかに車が停車する音が聞こえた。
玄関で正座待機していた甲斐があったな。これは自室じゃ絶対的に聞こえない。
恐る恐る少しだけ玄関を開けると、タクシーのドアが丁度開いた。
「兄さん」
侑麻は俺を見つけると笑顔で手を振った。
車のドアが開いているのに降りてこないのは、まぁ、そういうことなんだろう。
玄関のドアから少し顔を出しただけの俺が何もしないでいると、見兼ねた様に運転手が降りてきて、荷台の中から車椅子を取り出した。
侑麻を車椅子に座らせる。
あ、これ俺がやらなきゃいけないやつじゃん。
そこでやっと我に返った俺は、母さんのつっかけで侑麻の元へ向かう。
運転手に、小声でお礼を言い一瞬だけ顔を見た。心なしか冷たい目で見られた様な気がした。うぅ、つらい。
「あぁ、一ヶ月以上ぶりの我が家だ」
嬉しそうに言う侑麻の車椅子を押し、家の中に入った。
引きこもってガリヒョロに成り果てた俺だったが、弟1人の体重を乗せた車椅子位は押せる力は有るようで、めっちゃ安心した。
また、ギリギリのところで兄の威厳を保てた気がする。
それも束の間、第一難関が現れた。
玄関の框の段差だ。古い家だから三十センチくらいあるし、無理矢理に押しては通れない。
車椅子を持ち上げないと絶対に無理だ。
一旦侑麻を段差に座らせておいて、車椅子だけ持ち上げよう。
「侑麻、申し訳ないけど一回降りてくれるか」
俺がそう言うと、侑麻はキョトンとした顔で見た。
いやいやいや、こっちがキョトンだわ。俺のこのなまっちょろい細腕で車椅子ごとお前を持ち上げられると思ってんのか。
それにしても、人を一人乗せたり降ろしたり…苦ではないが、結構な労働だ。
いずれ家の中をバリアフリーにしないといけないのかな。
うへぇ、幾らくらいかかるんだろう。
それに家の中には俺がいるからいいとしても、俺は家から出ないし、侑麻一人では外出も難しい。
課題が降っては湧く。
「なるほど!段差ね。そう言うことか」
「あぁ、だから一度車椅子から下ろすな」
「あーいや、大丈夫だよ兄さん。ちょっと待って。よいしょっと」
「え?は?えええっ?!?」
侑麻が何かのボタンを押した瞬間、車椅子から足が生えた。
いや、もう一度ちゃんと言おう。六本の脚が生えた。
生えた六本脚は器用に段差を踏み締め登っていく。
登りきったところで、カサカサカサっと小刻みに脚を動かしてこちら側に振り向いた。
呆気にとられる俺を見据えて、侑麻は何故か照れ臭そうにしている。
「いやぁ、本当は二足歩行型にしたかったんだけど、安定感が悪くてね。やっぱり昆虫モデルが素晴らしいね。」
「あ、あぁ‥蜘蛛みたいだな」
「兄さんめっちゃ引いてる」
「引いてるって言うか驚いているんだよ!」
あと、やっぱキモい。
なんかこんな動きの機械の動画見たことあるな。蹴られても倒れない凄いやつ。凄いんだけど、結局キモいって叩かれてたな。
呆気に取られている俺をよそに、侑麻は脚を仕舞った。
先程のものは夢だったかの様に、普通の見た目になった車椅子がそこにはあった。
「なぁ、もしかして脚以外にも他にも機能とかついてるのか?」
「そうだね。ある程度の事は自分でできると思うよ。腕も出るし」
「腕」
「うん、腕」
そう言うと、腕を出して見せてくれた。
腕の先には手らしきものがついていて、指で物を掴める仕様になっていた。
うん、遠くにあるリモコンとかを取るときにマジ便利そう。
「僕の足が使えなくっても、兄さんは心配しなくていいんだよ」
そうだった。こいつは引きこもりの俺になんか頼らなくても生きて行ける天才なんだった。
勝手に心配事を並べて、俺は何を驕っていたのだろう。
「ははは、やっぱり凄いな」
事実を改めて目の当たりにして、嬉しい様な、悲しい様な。
一つ言えることは、俺がすぐに引きこもりに戻れそうだということだけだ。
「でもね、兄さんにお願いしたいことが一つだけあるんだ」
「お前が?俺に?」
「うん、兄さんにしか頼めないんだ」
そんなこと世の中に一つもなさそうだけど。
でも少し嬉しいのは事実。顔が自然とにやけてしまう。
「な、なんだよ。試しに言ってみろよ」
「さすが兄さん。まぁお茶でも飲みながらゆっくり話そうよ」
「ああ」
こうして俺たち兄弟は、一年ぶりに顔を突き合わせて会話をすることとなった。
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