第12章 最終未解決 ~あるいは始まる秩序~

 12月29日、月曜日。今日は年内最後の部活動の日。先週はジョンが傷んでいたため部活がなく、その分を取り戻すべく朝から体力づくりと発声練習、即興までしっかりやった。3月のコンクールに向けた改善点も話し合って、それから和やかにお昼になだれ込む、はずだったのに。

「おかしいわね」

 綾がわざとらしい困惑顔をする。

「わたしはコウから『鶏の唐揚げが食べたい』って聞いてたけど?」

 部室中央、みんなが囲んでいる長机に、大皿にテンコ盛りの鶏唐揚げを綾が並べたのを機に、舌戦がその火蓋を切った。

「わたしは、だし巻き卵でした」

 そういって久美が風呂敷を広げると2段重ねのお重が姿を現す。蓋を開けると、中にはだし巻き卵がみっちり。

「幸太郎……」

 佳織の冷たい視線に幸太郎は汗をかき始めた。

「なんでこんなことになったのか、説明して」

 そう、そもそも綾から『各自持ち寄りのお弁当以外にみんなで食べるものも何か作っていくけど、何がいい?』と聞かれたんだ。だから鶏の唐揚げと答えた。次に同様の質問が来た久美にはだし巻き卵を注文。でもって佳織にも声をかけとこうと思ったら、綾から話が通してあるはずって聞いてたのに。

 そして現下の問題点をジョンがしれっと指摘する。ナギサお手製の弁当持ちなので、幸太郎の隣に座っているのにもかかわらず、彼はこの騒ぎの傍観者。その眼は楽しそうに笑っている。

「ていうか、どう考えてもコウの弁当がでかすぎじゃね?」

 食べすぎだろ、これ。幸太郎の前に置かれた佳織お手製のお弁当は、どこでこんなサイズのを見つけてきたんだという器に肉から野菜から卵から色とりどりの料理が並ぶ、どこぞのグルメレポーターが関西弁で狂喜乱舞しそうな一品だった。

 これプラス唐揚げとだし巻き卵。スーパーサイズ・ミーに比べればヘルシーかな。

「ま、そこは正妻さんに泣いてもらえばいいし」

 綾が腕組みをして背をそらし、実にイイ目つきで横に座る佳織を見る。佳織はもう涙目だ。

「正妻ってなによ! 幸太郎の彼女は私1人でしょ? そうでしょ、幸太郎?」

「もちろん――「そしてここでボクのターン!」

 いきなり部室の戸を開けて、メアリ参戦。

「ハーイ! コータロー先輩、平民の女どもなんかほっといて、ボクと『デュバリエ』のランチを食べるのです」

「帰れ」「メアリ、邪魔」

 綾と久美の迎撃など意に介さず、メアリは幸太郎の対面に着座すると、手に提げてきたバスケットから次々と皿やカトラリーを出し始めた。

「待って待って待って待って!」

 佳織が目を怒らせて立ち上がり、周りをねめつける。

「綾、どういうつもりなの」

「ん? まあほら、やめたのよ。佳織に遠慮するの」

 机に頬杖付いて、綾はサラリと宣戦布告する。ジョンは興味深そうに久美に尋ねた。

「ていうか、クミちゃんはなにゆえ?」

「自明の理、です」

 久美はジョンにすまして答えた後、幸太郎のほうを向く。

「棒術の稽古をつけた以上、わたしが師匠で、コウ先輩は弟子です」

 そして、久美はみんなが今まで見たことのないとびっきりの笑顔で、お重を幸太郎に差し出した。

「2ヶ月前のわたしにとっては不本意ですが、師匠が弟子にご飯を食べさせるのは、当然です。さあ、召し上がれ」

「クミちゃん、それ、シショウの言葉遣いでも義務でもないと思うぞ」

 ジョンのツッコミをにっこりとかわした久美は、メアリのほうを向いた時には、もういつものすまし顔に戻っていた。いや、その眼にほのかな憤りの色が見えるのは、幸太郎の気のせいか。

「で、メアリ? あなたは?」

「うふふ、種の存続のため、よ」

 久美に答えたメアリは胸の前で指を組み、幸太郎を見てうっとりとした顔をする。

「変態だとは聞いてたけど、まさかケモナーだったなんて」

 違う違う違う、と叫ぶ幸太郎の反応は、佳織と綾にいらぬ刺激を与えたようだ。

「幸太郎、ケモナーって、なに?」

 自らつついた薮蛇に、流れ出る汗の量をさらに増やして鎮静化にこれ勤める幸太郎。その対岸では、1年生女子同士の砲火が交わされていた。

「メアリ、向こうの彼氏はどうしたの?」

「もうメールすら来ないわよ。家臣の子だもの、父様の意向に逆らえるわけないし」

 メアリは取り合わず、逆襲に転じた。爛々と輝いているその眼はまさに獲物を狙う狼のよう。

「あなたこそ、変態呼ばわりしてる先輩に懸想するなんて、それこそ不本意の極みじゃないの?」

「け、懸想って」

 久美が色艶のいい頬を朱に染め、そっぽを向く。

「わたしは師匠で、先輩は弟子で――」

「あぁ、そういう格差に興奮するんだよね、クミって」

 メアリがにやりと笑う。

「変態」

「ぐ…っ」

 久美は攻撃されて痛む胸を押さえ、反撃の糸口を探すべく口を開いた。

「入学当初は『父様に島流しにされたの』ってめそめそしてたくせに」

 黒歴史をバラされて、メアリの眼が吊り上がる。

「あ、それ言っちゃうんだ? いいの? クミ。このあいだ送った写真、みんなにバラまいちゃおっかなー?」

「その写真って、これのこと?」

 久美は糸口を見つけたようだ。手に掲げたスマホの画面には写真が映し出されていた。 メアリが撮った、あのバス車中での居眠り写真だ。

「待ち受けにしてるし……!」

 唖然とするメアリに、知った風な口でとどめを刺す久美であった。

「秘密はね、隠すから付け込まれるのよ?」

「コウ」

「なんだよ、ジョン」と焦りまくる幸太郎だったが、

「もげろ」

「嫌だよ!」

「こ う た ろ う……」「こ う……」

 幸太郎が突如自分の名を呼ばれて振り向くと、そこにはぷるぷる震えている幼馴染が2人。てっきり写真のことかと泡を食う幸太郎だったが、2人は久美など眼中になかった。

「ケモナー、って、ケモナーって……!」

 律儀な佳織が携帯で用語検索をしていた。隣でのぞいていた綾とともに汚物を見るような目で見下げられて、幸太郎はさらに嫌な汗が背中に吹き出す。

「いやいやいやいや、違うから」

「ま、ケモナーかどうかはともかく、コータロー郎先輩はボクを選ぶと思うんだな」

 メアリは全女子部員を敵に回すことを選択したようだ。

「なんで?!」「なんでよ!?」「なぜ?」

「だって、それこそ久美の言う、自明の理じゃないですか」

 そう言いながらメアリは、その豊かな胸の下に両の二の腕を潜り込ませ、ぐいっと持ち上げると腕ごと机に乗せた。ただでさえたわわな2つのふくらみをセーラー服越しに強調させて、メアリは艶やかに幸太郎を見つめる。

「いつ育つか分からない小盛りと、今ここにある特盛り。おっぱい星人ならどちらを選びますか? 先輩」

「コウ――」

 本能と恋情の狭間でフリーズしている情けない親友に、ここでジョンから叱咤の声。

「愚問だろ? お前にとっては」

「ジョン……」

 持つべきものはやはり親友だ。そう感激した幸太郎だったが、残念ながらジョンのそれは演技だったようだ。きりりとした顔はものの数秒と持たず、ニヤニヤが始まる。

「特盛りだろ、ここは」

「なんでだよ!」

「まあ、いいわ」

 綾がまとめようと、手をパンと打ち鳴らす。

「正妻さんがしっかりしてれば問題ないわけだし」

「綾、さっき言ったことと矛盾しない? 遠慮しないんでしょ、私に」

 佳織が綾をにらむが、吹っ切れた女は鼻で笑って返す。

「ええ、遠慮はしないわ。でも、今のところ“配慮”はしてあげる。じゃないと」

 綾は、びくっと震える幸太郎を見据える。細められた眼が本当に楽しそう。

「クビになっちゃうじゃない? モニター」

……

 クリスマスの夜に弓子から来たメール。それは、幸太郎とジョンのモニター続行の知らせだった。いや、人体実験の拡大というべきか。アプリ収集の続行、戦闘への参加が改めて指示され、さらに追加の提示があったのだ。

 幸太郎とジョン、美鈴への報酬が増額され、さらに、現在彼らが持っているアプリのオリジナル――佳織、綾、久美、メアリ、ナギサ、幸太郎――には、データ提供料やキャラクター使用料等が支払われる。

 さらに、汎用アプリへの転用に成功したらという条件付だが、量産される予定の端末へのインストールの際、1件につき報酬が支払われる予定とのこと。

 だが、幸太郎と佳織を驚天動地に陥らせたのは、次の一文だった。

『そして幸太郎君はそのハーレムを維持し、できれば拡大すること。』

 慌てて掛けた電話の向こうで、弓子は上機嫌だった。

『ええ、非常に面白いケースになったって、関係者一同大喜びよ! いま4人だけど、できれば間接攻撃系のアプリが欲しいわね。でね、大学に行ったら、本物のハーレムにしちゃってもいいわよ? そうね、あたしとは月1回の割り切った関係でいいからね?』

 女の子たちにも同じ内容のメール、送っといたから。弓子は最後まで上機嫌だった。

……

「モニターとか、この際関係ないの! 幸太郎に近づいたら、絶対許さないから!」

 椅子を蹴倒して立ち上がり、眼を血走らせてまでした佳織の無慈悲な打撃予告だったが、覚悟完了の方々に通じるわけもなく。

「ごめん、無理」

「それでは稽古がつけられません。師匠として、不本意です」

「コータロー先輩が本能のいざないに耐えられないと思いますよ、ボク」

 三者三様に首を振られ、佳織は幸太郎の腕にすがりつく。

「幸太郎? あなたは私だけの彼氏だよね?」

「あ、当たり前じゃん」

 混迷を極めるこの状況に終止符を打つべく、幸太郎が首肯したその時、彼の携帯がメールを受信した。

「ちょっとごめん」

 携帯を取り出し、受信したメールを読み出した幸太郎の顔が青くなり、そのまま固まる。何事かと集まった部員たちの目に映ったのは、『セツナサ・グラフィティ2』からのリアクションメールだった。

『 From:美鈴 To:幸太郎さん

 両親が、初詣に幸太郎さんと一緒に行きたいと言っています。

 わたしも、行きたいです。

 リアルで。                        』

「! ああ、窓に、窓に……!」

 廊下側の窓を見たメアリの悲鳴にも似た――でもどことなく楽しそうな――声を聴いて幸太郎が振り向くと、そこには窓枠に取り付いた美鈴の潤んだ右目があった。幸太郎と同じく振り向いて目が点になっている部員たちなど、文字通り『眼中にない』ご様子。

 なぜだろう。幸太郎の頭の中で、戦闘種族の王子様が冷や汗をダラダラ流しながら漏らしたセリフが駆け巡る。

『本当の地獄はこれからだ……』

 ――ま、とりあえずメシ食ってから考えるか。

 幸太郎は廊下の美鈴に中に入るよう声をかけると机に向き直り、弁当の肉じゃがに箸を伸ばした。



※あとがき

 最後まで読んでくださって、ありがとうございました。

 『Final Resolution2!!』は鋭意執筆中です。公開が決まったらお知らせします。

ではまたいずれ。

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